第十三話 不穏な影

「まあ! スルダン村でそんなことがありましたの!?」


「リレイア嬢はスルダン村をご存じなのですか?」

「はい。当家とネルイット子爵……男爵家は昔からお付き合いがありますの」


 爵位を言い直したのは、戦前ネルイット家は子爵家だったからである。ただ、降爵される前の方が付き合いが長かったのだろうからと、アルフィーは言い間違いを指摘するつもりはなかった。むろん正式な場であれば許されることではない。


 ところで何故スルダン村の話になったのかというと、彼がズール伯爵家取り潰しの顛末を聞かれたからである。


 メイリンたちのことはぼかして、ほんの少し脚色した上であの大立ち回りを語ったのだ。これが令息令嬢たちの興味をかき立てたのは言うまでもないだろう。


「そう言えばアルフィー様のお父上、国王陛下が竜殺しというのは本当ですの?」

「本当です。本国のお城の敷地内には骨が飾られているし、鱗もたくさんお持ちですよ」


「えっ!? 見たい! 見たいですわ!」


「うーん、骨はお城に来て頂ければ見られますが、鱗は僕ら家族でもなかなかお見せ頂けないから無理だと思います」

「そうなんですの……残念ですわ」


「父上が認めた人はプレートを頂けるみたいなんですけど、僕が知っているのはハルモニア神教のロメロすうきょう猊下げいかくらいですね」


「す、枢機卿猊下ともお知り合いなんですの!?」

「リレイア嬢、といいますか、ローランベルク家もハルモニア神教を?」


「いえ、熱心な信徒というわけではございません。ですが枢機卿と言えば教皇様に次ぐ教団のナンバーツーだということは存じておりますの」


「父上はロメロ猊下とずい分親しいみたいで、緋色のプレートを頂いているんですよ」

「それはもう……凄いなんてものではありませんわね」


「実は僕たちハセミ家の王子王女は成人したらドラゴンの鱗一枚と、プレートを頂けることになっているのです」

「まあ! ではアルフィー様が成人なさってそれを頂いた折には是非!」


「ええ、見せて差し上げましょう。受け取った後は差し上げない限り、どのように使っても構わないと言われておりますので」

「や、約束ですわよ! アルフィー様、約束しましたからね!」


「「「「「「あの……」」」」」」

「「「僕たちも……」」」

「「「私たちも……」」」


「もちろんです。成人の儀が執り行われた後に領主邸に遊びに来て下さい」


 話題はその後、トランプからバーベキューへと移った。


「ばーべきゅー?」

「ああ、ちょっと待って下さい」


 アルフィーはそこで父から教えられたスキル『クローゼット』から、いくつかしまってあったバーベキューセットを取り出した。


「い、今のは何ですの!?」


「僕のスキル『クローゼット』です。ある程度の物はこの中に入れておけるんですよ。で、これがバーベキューセット」

「見たことがありませんけど、何をする物ですの?」


「ここに炭を入れて火をつけましてね、網を置いて肉や野菜、魚や果物などを焼いてその場で食べるんです。美味しいですよ」

「そんな物が!?」


「そうだ、今度皆でバーベキューしませんか?」


「まあ! 楽しそうですわね! 食材は何でもよろしいのですか?」

「焼ける物なら基本的には何でも」


「先ほどアルフィー様は果物と仰っておいででしたが……?」

「リンダリリー嬢、実は果物を焼くと甘味が増すのですよ」

「そ、そうなのですか!?」


「でしたら次のお茶会はばーべきゅー会にしてはいかがでしょう? 食材はワタクシのローランベルク家が責任を持ってご用意致しますわ」


 もちろんリンダリリー以外の他の参加者もこぞって食材の提供を申し出る。


「楽しみですわ。アルフィー様のご都合がよろしい日はいつですの?」

「少し込み入ったことがありますので、ひとまず二週間後というのはいかがでしょう?」


「再来週の日曜日ですわね。皆様はいかがかしら?」


 六人の令息令嬢にも異論はなかった。もっとも彼らには拒否権はないも同然で、仮に予定があったとしても領主(王太子)との交流は最優先事項なのである。


 こうして次回の日程も決まり、各自の時間の許す限り茶会が続く。その最中さなか、ふと不穏な気配を感じたメイリンがそちらに目を向けたが、姿を捉えることは出来なかった。



◆◇◆◇



「どうだ、れそうか?」

「ダメだ。後ろの三人、あれは相当の手練れだ」


「普通のメイドにしか見えんが?」

「ソイツを投げた瞬間に弾かれて苦無くないが飛んでくるぞ」


 ローランベルク領都邸の外から茶会の様子を窺っている二人の男。一方は懐に手裏剣を覗かせていたが、もう一方の言葉でそれを戻した。


「さすがに簡単には殺れんてことか」

「機会はまだあるさ」


「しかしこんな時に呑気にお茶会とは、あの王太子大丈夫か?」

「大国の王子様は護衛を信頼してらっしゃるんだろうよ」


「まあ、お前が言うほどの手練れなら不思議ではないが、若い女に護られていい気なモンだね」

「この国の貴族は全て降爵、領地を切り取られた家もあるってのにな」


「媚を売って 陞爵しょうしゃくや、取り上げられた領地を返してもらおうとでも考えてるんだろうさ」

「あの王子様にそんな権限があるのか?」


子供あれでも領主様だからな。あると思うよ」

「ま、殺されちまえばどうにもならんだろうが」


「まずい、気づかれたかも知れん! 長居は無用、引きあげるぞ」


 メイリンの視線に身を屈め、二人の男は素早くその姿を消すのだった。

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