第十二話 騎士の誓い
これは茶会の話が出る少し前のこと。
「シュタイナー殿、今日もありがとう」
「なんの! それにしても坊ちゃんの上達には驚かされますぜ」
アルフィーを坊ちゃんと呼ぶのは、領主専属の剣術指南役に選ばれたシュタイナー。元はイルドア島に住んでいた二十七歳の兵士で、妻と共にウィロウ元皇后の歓迎祭を楽しむため本島を訪れていて、島消滅の難を逃れたとのことだった。
自身の両親、妻の家族とは今も連絡が途絶えたままなのだそうだ。なお、彼の砕けた口調は特にアルフィーから許されたものである。
「シュタイナー殿は島の消滅がハセミガルド王国のせいだとしたら、王国を恨みますか?」
「はっはっはっ! いくら何でも島一つ消すなんて出来ねえでしょう。それに戦争を仕掛けたのはイルドネシアだったっていうじゃありやせんか。もし仮に島の消滅がハセミガルド王国の仕業だったとしたら、俺が恨むのはイルドネシアの方ですぜ」
そんなシュタイナーの妻は間もなく出産を迎えるという。生まれてくる子供の話をする時、彼は心底楽しみで仕方ないという表情で笑っていた。
「シュタイナー殿、お子さんが生まれたら僕にも会わせて下さいね」
「ぼ、坊ちゃんが会って下さるんですか!?」
「ええ。その時はジルポール領主としてではなく、ハセミガルド王国王太子として会わせて頂きますよ」
「な、なんてぇこった! なら名前も……はさすがに無理ですよね」
「いえ、シュタイナー殿と奥様さえよろしければ、名前も考えさせて頂きます」
「ま、マジですかい!?」
「はい。奥様に許可を取っておいて下さいね」
その翌日、領主邸を訪れたシュタイナーは、妻もアルフィーが子供に名を授けてくれると知って涙を流して喜んでいたと伝えてきた。
「坊ちゃん、俺は坊ちゃんに心からの忠誠を誓いやすぜ」
「なら僕に騎士の誓いを立てますか?」
「えっ!?」
「ただし王国王太子の騎士ではなく、ジルポール領領主の騎士となりますが」
「いや、それでももったいねえですよ! ああ、夢のようだ!」
「では、無事にお子さんが生まれたら、その時に奥様とお子さんの前で叙任することと致しましょう」
領主の騎士といえども、叙任されれば給金は単なる剣術指南役のそれよりもはるかに跳ね上がる。現在シュタイナーが得ている給金も低いわけではないが、夫婦二人が慎ましやかに生活していける程度だ。
そこに子供が生まれれば色々と入り用になるのは明白で、別の仕事も探さなければいけないと考えていたところだった。しかし騎士になればその必要もなくなる。つまり親子三人で過ごす時間を削らずに済むのだ。
シュタイナーは目の前の主に、命を賭けて仕えることを固く誓うのだった。
◆◇◆◇
茶会当日。
「アルフィー王太子殿下、ようこそお越し下さいましたわ。ワタクシ、感激で胸がいっぱいですの!」
大げさに両手を広げてからアルフィーの手を握り、それを自分の胸元に持っていったのはローランベルク伯爵家令嬢のリレイアだった。
清潔感溢れる水色の長い髪は透き通るように輝き、長い
さすがに胸はまだまだ成長途中と言わざるを得なかったが、それでも柔らかさが想像出来るほどには膨らんでいた。また、コルセットで締めつけているわけでもないのにドレスの腰はキュッとくびれており、ツンと上を向いた尻のラインも美しい。
大人の男性でも息を呑むには十分で、アルフィーがこれに惹かれないわけがなかった。だが、決してこの王子はバカではない。
「リレイア嬢、過分なお言葉を頂き光栄ですが、僕はここにハセミガルド王国王太子ではなく、ジルポール領の領主という立場で参りました。お間違いのなきようお願いしますね」
「まあ! ワタクシとしたことが申し訳ございません。では改めまして領主アルフィー様、当家の茶会にようこそお越し下さいました。ローランベルク伯爵家一同、最高のおもてなしをお約束致しますわ」
「ありがとう。共に親交を深めましょう」
他に茶会に参加しているのはローランベルク家とは別の伯爵家令嬢一人、子爵家令嬢二人、子爵家令息三人の合わせて六人だった。この茶会の最大の意図はアルフィーとリレイアのお見合いだったが、他の令息令嬢の合コン的な意味合いも含んでいる。
なお、令息三人はアルフィーには及ばないもののかなりのイケメンで、令嬢三人はまあそれなり。つまり言い方は悪いがリレイアの引き立て役のようなものと言っても過言ではない。
ただし彼女たちの家はいずれも大のつく程の資産家で、令息の方は逆に中級以下。利害が一致するとすればその辺りのバランスだろう。
ところでアルフィー以外の七人には各自一人ずつ付き人が背後に付いている。しかし彼だけは立場上、メイリンの後ろにステラとワクルーも控えていた。
茶会には領主として参加しているとはいえ、アルフィーは一国の王太子である。もちろんこれについてはあらかじめローランベルク家から了承を得ていた。
六人が自己紹介を終えてテーブルに着き、間もなく目の前にティーカップが置かれ紅茶が注がれる。爽やかな香りを楽しんでいると、金魚のような魚が泳ぐ透明の小さな水槽六つがワゴンに乗せられて運ばれてきた。
ワゴンは六人それぞれの横で止められる。
「当家の毒見です。注がれた紅茶をそちらのスプーンで水槽に垂らして
「これは……何と言いますか……」
「人間を毒見役とした場合、その方の命が危険に晒されますでしょう? ですがお魚であれば可哀想とは思いますが人死によりは心が傷みませんから」
「なるほど。メイリン、頼みます」
「はっ!」
メイリンたち三人はあくまで付き人なので、着ているのはメイド服である。ただしハセミ庭番衆はメイドとしての所作も厳しく仕込まれるため、伯爵家の使用人など足元にも及ばないほど動きが洗練されているのだ。
アルフィーに言われた通りにメイリンがスプーンでカップに注がれた紅茶を水槽に垂らすと、用意されていた撹拌棒で軽くかき混ぜた。もちろん、魚の泳ぎに異変はない。
それを見た他の者の付き人も同様に毒見を済ませ、ようやく茶会がスタートする。
「あの、アルフィー殿下?」
「何でしょう、えっと……リンダリリー嬢、伯爵家の方でしたね?」
「はい。先ほど殿下は王太子ではなく領主としてこの場に来られたと仰せでした。ですので殿下、とお呼びしていいのかどうか……」
「ああ、それなら単にアルフィーと呼んで頂いて構いません。僕は王太子ですが、ジルポール領では普段その身分は使わないことにしておりますので」
「で、ではアルフィー様と呼ばせて頂きます」
「皆さんもそれでいいですよ」
それからしばらく、アルフィーは海の向こうのハセミガルド王国について質問攻めに遭うのだった。
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