第十一話 茶会

「ユウヤ陛下、アルフィー殿下、こちらにおいででしたか」


 領主邸の会議室では、優弥とアルフィー、ロッティとメイリンの四人に加えて、ステラとワクルーがジルポール領の今後について話し合っていた。そこにやってきたのは領主代行のリアム・キャンベルである。


「リアムか、どうした?」

「ご領主様のお耳に入れたき儀がございます」


たちは席を外した方がよいか?」


「いえ、ご一緒にお聞き頂ければと」

「ならば遠慮はいらん、申せ」


 ジルポール領の領都シャーカルタンは、北の沿岸に近い場所にある。そこから南へ馬車で七日、内陸のロゼーロ子爵領で不穏な動きがあると言うのだ。


「当主は確かチャベス・ザイエル・ロゼーロ子爵、伯爵位から降爵され領地の三分の一を接収されたと記憶しております」

「さすがはご領主様、よくご存じで」


「不穏な動きというのは?」

「人と武器を集めている節があるとのことです」


「反乱ですか……兵を挙げれば国家反逆罪により家は取り潰され、一族郎党死罪は免れないというのに」


「詳細はさらに調査中ですが、挙兵というほどの規模ではないようです」

「どういうことでしょう?」


「この領主邸を襲撃しようと画策しているとか」

「それでも反逆罪には変わりありませんね」


「リアムは知っているだろうが、この邸周辺は余の結界が張ってある。下手なことをすれば庭番衆から返り討ちに遭うだろう」

「陛下の仰る通りと存じます。ですが警戒するに越したことはないかと」


「確かにな。アルフィーはメイリンから離れぬように。メイリン、頼むぞ」

「御意」


「ロッティ、イズナと彼女の配下をこちらに回せるか?」

「王都サイコーハッピーにおりますので可能です」

「なら頼む」

「はっ!」


「まさか父上、イズナさんまでこちらに寄越して頂けるのですか!?」


 転送ゲートに消えたロッティを見送ってから、アルフィーの顔が歓喜に満ち溢れた。メイリンは普段から傍にいるので身近な恋愛相手だったようだが、イズナを知っていれば興味を持つのは当然のことだろう。


 言うなればメイリンは近所のきれいなお姉さん、対してイズナは世界的美少女クラスである。メイリンはまだ自分を娶りたいとの彼の想いを知らないが、いずれ婚姻を申し込まれた時には複雑な気分になるかも知れない。


 もっともアルフィーなら二人とも妻に迎えると言い出す可能性もある。いや、むしろ女好きを父からの遺伝であるかのように自覚している彼なら、その方が可能性としては高いのではないだろうか。


(フラれなければいいけどな)


 そんなことを考えていると、リアムが不思議そうな表情で尋ねてきた。


「ご領主様、イズナ殿とはどのようなお方ですか?」

「メイリンさんと同じハセミ庭番衆です。イズナ五人衆の頭領でとても優秀な人ですよ。あとめちゃくちゃ美人です」


「それはお会いするのが楽しみですね」


「アルフィー、メイリンと違ってイズナは常にお前の傍にいるわけではないぞ」

「はい、承知しております」


「イズナには早々にロゼーロ子爵領に向かわせる。彼女たちの足は速い。馬車で七日の距離なら、その七日で情報を掴んで戻ってくるだろう」

「お館様、イズナ殿に暗殺はお命じになられないのですか?」


「裁定はアルフィーに任せようと思っているからな。首謀者を捕らえさせるに留める。それでよいか、アルフィー?」


「完全に黒ならば一族は公開処刑にしようかと思いますが、いかがでしょう?」

「ほう。その意図は?」


「僕が子供だと侮られないためです。ただ、出来れば関係のない使用人などには温情をかけたいと思っております」


 一族郎党とは従者やその家族、関係者など周囲の者までを含む。 中には何も知らず子爵家に仕えているだけの者や出入りの商人、年端のいかない子供もいるだろう。そういった者たちにまで罪を負わせるのは忍びないというのだ。


「遺恨を残さないためにも一族の死罪は仕方ありません。ですがただ関係者だったというだけで巻き込まれるのはあまりにむごいと思うのです」


「うむ。ジルポール領はお前が領主だ。好きにするがいい。だが父から一つだけ忠告しておく」

「はい」


「法というのは往々にして定められた理由があるものだ。それをねじ曲げることにより、いつか思わぬしっぺ返しを食らうかも知れぬぞ」

「肝に銘じておきます」


「まあ、その温情に涙する者がいるのも事実。経験を重ねるがよかろう」

「はい、父上!」


 しっぺ返しの中には例えば『アイツは許されたのに自分が許されないのはおかしい』などといった、いわゆる開き直りも含まれる。しかしこのようなことを言う輩は、ほぼ例外なく反省や後悔などしていない。


 上に立つ者はそれを見抜き、つけ込まれない強さを備えていなければならないのだ。十一歳の若き領主に求めるにはあまりにも酷なことかも知れないが、彼は我が子なら必ず乗り越えられると確信していた。


 それから間もなく、イズナとその配下五人を連れてロッティが戻ってきた。アルフィーは嬉々としてイズナを眺めていたが、彼女は父親の配下なので直接命令を下すことは出来ない。結局挨拶されただけでまともに言葉を交わせなかった。


 しかしそれでも彼は満足したようだ。彼女たちがロゼーロ子爵領に旅立った後も王子は終始上機嫌だった。


「そう言えばご領主様、このような事態となっては明後日の茶会はお断りなされた方がよろしいと存じます」

「茶会?」


「かねてよりお誘い頂いていたのです、父上」

「どこの家からだ?」


「ローランベルク伯爵家です。領都シャーカルタンの西に領地を持つ元侯爵家で、領都邸で行われるご令嬢主催の茶会に誘われたのです」

「領地の半分を召し上げられたのにか?」


「そのことに関しての遺恨はないとのことでした。それよりも今後を見据え、ご令嬢のリレイア嬢と引き合わせたいとのことです」

「ずい分ストレートなんだな」


「取り繕っても意図はすぐに分かってしまうので意味がないと言われてましたね」

「で、アルフィーとしては令嬢に興味がある、と」


「茶会には他のご令嬢、ご令息も何人か招かれているようですし、せっかくですので」

「その口ぶりだとリアムの助言は無視するようにしか聞こえんが?」


「はい、父上。リアム殿、申し訳ありませんが茶会には予定通り出席しようと思います」

「承知致しました。そのように手配致します」


 領主邸の外に出てしまえば結界は役に立たない。まさかロゼーロ子爵の手の者が伯爵家で催される茶会でアルフィーを襲ってくるとは考えにくいが、警戒は厳にしておくべきだろう。


 メイリンは当然だが、彼はステラとワクルーにも当日の付き人の役目を命じるのだった。

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