第十話 我が子のステータス
優弥の憂鬱な時間、それは貴族たちとの謁見だった。ソフィアも同様だったようで、彼女は要人たちが出ていくとさっさと退席してしまったのである。重要でも何でもない貴族との謁見に王妃が同席する必要はないからだ。
「我が娘ながらこれだけの器量よしは他にはおりますまい」
「当家の娘は特に治癒魔法の使い手として優れておりまして、必ずや殿下のお役に立てるかと存じます」
「この子はまだ八歳ですが母親によく似ております。夫の私が申し上げるのも何ですが、妻はそれはもうこの領一番の美人と言っても過言ではありません」
「年上の妻は鉄の鎧を着てでも探せと言います。二つ年上の我が子ならきっと、殿下との円満な家庭を築けるに違いありません」
領主邸を訪れる娘持ちの貴族はアルフィーへの売り込みに余念がなかった。この地でも成人年齢は十五歳だから、王子が妻を娶るのはどんなに早くても四年後となる。しかし婚約はその限りではなく、生まれた直後に家同士で話が決まることもあるほどだ。
もっとも彼らの中にはイルドネシア王家と縁談がまとまっていた家もあるようで、それが滅亡によって立ち消えとなったのだから必死なのは致し方ないのかも知れない。
ただ、そもそも候補にさえ挙がっていなかった下級貴族までがこれ好機と押しかけてきたのには、さすがの優弥も
何故ならアルフィーは王太子であり、いずれ彼の跡を継いでハセミガルド王国を治める立場にある。軽々に縁談を進めることなど出来ようはずがないのだ。
まして彼らは国の敗戦により降爵された身分。娘の気質はどうあれ、王家に連なる家柄として相応しいとは言えなかった。
ただし娘の人柄が優れていて、親の思惑なくして偶然に息子と出会い、互いに愛し合うようになったのなら彼もそれを止めるつもりはない。可能性としては非常に低いと言わざるを得ないが。
ところが、当のアルフィーの考えは違ったようだ。謁見を終えた彼が父親と二人きりになることを望んだので、居室で向かい合うとこんなことを言い出したのである。
「どうしましょう、父上」
「うん?」
「どの娘さんも可愛かったと思いませんか?」
「アルフィー? まさかお前……」
「はい?」
「女が好きなのか?」
「父上の子なのですから当然だと思いますけど?」
何をわけの分からないことを、とでも言いたげな表情で彼は続けた。
「母上もポーラ
「いや、それはだな……」
「とは言いましても、実は今のところ僕はメイリンさんが一番なんですけどね」
「あ?」
「年上ではありますがロッティ義母上の配下としても優秀で、美しく気高い。彼女を僕の側につけて下さったこと、心より感謝しております」
「め、メイリンか……」
「もちろん、立場を利用して彼女を娶ろうとは考えておりません。ですが僕が成人し、彼女が僕でもいいと言ってくれたその時は父上、メイリンさんを僕に下さい」
「そうは言ってもメイリンは今二十二歳だ。お前が成人する四年後には……」
「二十六歳ですね。その時にはきっと現在の十人隊長から庭番衆のトップか、それに近い立場になっているのではないでしょうか」
「そこは何とも言えんが……」
「先ほど挨拶された貴族の中に、年上の妻は鉄の鎧を着てでも探せと言った方がおられました。メイリンさんなら何も問題はないと思います!」
アルフィーも十一歳、年上女性に魅力を感じるのは何ら不思議なことではない。しかもメイリンの素養は並大抵のものではなく、それをわずかな時を共に過ごしただけで見抜いた息子もまた大したものだと感心せずにはいられなかった。
ただし、彼女が王家に嫁ぐ気になるかどうかは別問題である。ロッティが王妃になったのは優弥を心の底から畏れ、敬愛していた事実も大きい。それは彼の強さが異常であり、どう足掻いても彼女に勝ち目がなかったからである。
しかしアルフィーは剣術の才に恵まれているとはいえ、メイリンはおろか新人庭番衆の
それは庭番衆の多くが"お館様"の強さに平伏しているため、少なくとも自分より力の劣る男性に興味を持とうとしないからだ。
(アルフィー、道は険しいぞ。ほぼ俺のせいだけど)
「よかろう。メイリンが同意するなら妻として迎えることを許す」
「ありがたき幸せにございます、父上」
「だが今はまだこのことを誰にも口外してはならぬ。むろんソフィアにもメイリンにも、だ」
「心得ております」
「ところでアルフィー、もしメイリンが同意しなかったらどうするつもりだ?」
「申し訳ありません、考えておりませんでした。父上はロッティ義母上が結婚を拒んだらどうなさるおつもりだったのですか?」
「ああ、それこそ考えてなかった。彼女が俺に惚れていることは分かっていたからな」
「さすがは父上。自信家であらせられる」
「いや、それだけ分かりやすかったんだ。もちろん俺も惚れていたぞ」
「相思相愛ということでしたか。羨ましいです」
「メイリンから見ればお前はまだまだ子供としか映らないはずだ。覆すのは容易ではないと覚悟しろよ」
「はい。剣で負かせるだけの腕は必要と思っております」
「ほう。お前の
「構いません」
彼は自分の子供といえども、勝手にステータスを覗き見るようなことはしてこなかった。自分の異常値に比べれば、多少の優劣は誤差でしかないからだ。
だからアルフィーのそれも、生まれて間もない頃に一度確認したきりだった。ところが――
(な、何だ、この値は!?)
一般的な成人男性の
しかしさらに驚いたことに、スキル『クローゼット(無限の表示はない)』と『追尾投擲』、称号に『竜殺しの子』とあった。つまりある程度は彼と同等と思われるスキルを備えていたのである。
十一歳でこのステータスだとすると、成長するにつれさらにパワーアップする可能性があると考えるべきだろう。
「アルフィー、メイリンを娶るのも夢ではないかも知れんぞ」
「真にございますか!? 俄然やる気が湧いてきました!」
嬉しそうに叫んだ我が子を見て、他の子供たちのステータスも確認する必要性を感じずにはいられなかった。
――あとがき――
明日(8/14)は更新をお休みさせて頂きます。
もしかしたら数日間お待たせするかも知れません。
リアル事情ですのでご容赦下さい😢😢😢
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