第九話 ジルポール領主邸

 アルフィー王子が十一歳の誕生日を迎えたその日、旧イルドネシア国からハセミガルド王国ジルポール領となったその地は、新たな領主を迎えた。


 この領主就任に先駆け、元テヘローナ帝国皇后ウィロウ・テヘローナが頭を吹き飛ばされた王城ウラブドは験担ぎのために取り壊され、少し離れた別の場所に新領主邸が建設されたのである。


 領主邸の敷地は高さ三メートルを超える石壁で囲われたばかりか、優弥の敵対結界までもが張られた。加えてハセミ庭番衆からメイリンと、ステラ及びワクルーを含む彼女の配下十人、選りすぐりの手練れ二十名が選出されアルフィーの絶対防御体制が築かれる。


 平たく言えば親バカ以外の何物でもなく、転送ゲートも不必要なほどあちらこちらに設置された。なお、親バカなのは優弥ばかりでない。母親のソフィアも月の半分以上を領主邸で過ごすと言い出したのである。


 他に領主邸の警備や使用人には元イルドア島の住民が多く雇われた。その数は百人を超える。これは故郷を奪った優弥の贖罪に他ならなかったが、理由を知らない彼らは元よりジルポール領全土から概ね好意的に受け取られていた。


 その証拠にアルフィーの領主就任式典には、彼の姿を一目見ようと多くの領民が詰めかけたほどである。また、式典を挟んで前後二日間は祝日と定められ、領民の間にはお祭りムードが広がっていた。


 ところで、領主邸には王城ウラブドに勝るとも劣らない広さの謁見の間がある。これは領主アルフィーが王太子であることに加え、第一王妃ソフィアが領主邸に半常駐状態となるからだ。


 壇上には玉座が三つ並んでおり、優弥がいる時は真ん中が彼の座となるが、不在時はアルフィーが使うことになる。今回はソフィアも含めた三人が揃っているので中央に優弥、向かって左にソフィア、反対側にアルフィーという位置づけだった。


「ユウヤ陛下、ソフィア殿下、アルフィー殿下、お初にお目にかかります。この度ジルポール領領主代行の任を仰せつかりました、リアム・キャンベルと申します」


 リアム・キャンベルはハセミガルド王国宰相ドミニク・キャンベルの弟である。実は本来ならジルポール領の領主は彼が務める予定だったが、アルフィーの就任により代行へと格下げになったのだ。


 ところがそのせいで遺恨を残すどころか、彼は王子の補佐が出来ると大いに喜んだのである。


「兄よりハセミ陛下の偉業の数々は聞き及んでおります。そのご子息にあらせられる王太子殿下にお仕えさせて頂けることは、何よりの誉れにございます」


「ドミニクから? にわかには信じ難いが」

「兄は天の邪鬼ですから。ですが陛下に心酔していることは間違いございません」


「そ、そうか。見ての通り我が息子アルフィーはまだ幼い。だが王太子としての才覚には大いに期待している。リアム、頼むぞ」

「ははっ! 必ずや王太子殿下を盛り立て、ジルポール領を発展させてご覧に入れましょう」


 この謁見の後、そのままリアムは壇上に上がってアルフィーの横に立ち、準備が整ったところで各役職からの挨拶に移った。


 ここで異例だったのは軍務官を置いたことである。ジルポール領は国から属領に変わったとはいえ、海洋国家であった事実は動かない。そして周囲を取り囲む海には水棲の魔物が存在する。


 旧イルドネシア海軍は先の侵攻で多くの兵と艦艇を失ったが、魔物に対応するおかの兵士は健在だった。普段は漁師として生活している者が大半だが、魔物の襲来に対して絶大な力を発揮するのだ。その最たる敵が半魚人マーフォークだった。


 北の海に棲む人魚と称される魚人族は上半身が人に似た姿だが、半魚人は逆に上半身が魚のような鱗に覆われている。顔も魚に近いが凶悪で、シーラカンス辺りを思い浮かべればいいだろう。強靱な両手足には指の間に水かきがあり、水中においては海竜に匹敵する速さで泳げるという。


 さらに彼らには貝殻や珊瑚を利用した槍のような武器を持つほどの知能もあった。しかしその狙いは人間の肉に他ならず、知能があるからといって対話は成り立たない。そもそも人語を解さないのだから無理もないだろう。


 余談だが優弥は以前、翻訳スキルが役に立つのではないかと会話を試みたことがあった。しかし返ってきたのは『ヒト殺すコロス食うクウ』くらいだったのである。当然その際に出会った半魚人たちは追尾投擲の餌食となった。


 そこで推測したのは、彼らが持つ武器は人が魚を獲る時に用いるもりを模しただけではないかということだった。つまり一から武器を作るほどの知能はないということだ。


 とにかく半魚人は人を襲う。それに対抗するために軍は必要で、軍隊を不要とする優弥の治めるハセミガルド王国としては異例のことだった。


「軍務官の任を授かりました、レジーラ・ボーシエロと申します」

「ボーシエロ卿にお尋ねします」


「アルフィー殿下、それがしにお答え出来ることでしたら何なりと」

「半魚人は何故人を食べるのですか?」


「海軍……旧イルドネシア海軍の水葬が原因です」

「水葬された死体を食べて味を占めたということですか!?」


「いかにも。あれほど魔物の棲む海に人の死体を投げ込んではならんと言ったのに、忌々しい……」

「ボーシエロ卿?」

「あ、いえ、申し訳ございません」


「ボーシエロ卿は水葬には反対だったということか」

「ユウヤ陛下、その通りにございます。半魚人は雑食性なのでわざわざ人を襲う必要などなかったのです」


「そうか。その先見の明、我が息子の役に立ててくれることを望む」

「はっ! もったいなきお言葉。この命続く限り、王太子殿下の盾となり鉾となりましょうぞ!」


 半魚人は陸上では長時間の活動が出来ないとのことだった。そのため襲われるのは主に漁師と海辺に住む者たちだという。


 ただ、毎年少なくない数の犠牲者が出ており、海軍が壊滅的なダメージを受けた今、これを少しでも減らすためには軍の増強が喫緊の課題なのだそうだ。


あい分かった。半魚人討伐時には給金とは別に、一体当たり金貨一枚の報奨を出そう。これで兵力を増強出来るか?」

「はっ! 間違いなく!」


 報奨は軍属でなくても支払うこととした。それにより一般の漁師たちも討伐に加わりやすくなるだろう。また予め徴募に応ずることを承諾すれば、武器も支給するよう取り決めた。


 半魚人との戦闘は当然のことながら命がけだが、漁師には荒くれ者が多く仲間意識も強い。だから知り合いが半魚人にやられた経験がある者なら、そんな優遇措置がなくても半魚人討伐の徴募には応じる。


 しかし彼らにも生活があり、海に囲まれたこの地の漁師の収入は多いとは言い難いのが実情だった。つまり今回発案された支援策は絶大な効果を発揮するというわけだ。


 他にも財務官などの謁見も終えたが、それに伴って優弥の憂鬱な時間が近づくのだった。

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