第八話 アルフィーの願い

「ハイマン殿、後悔することになりますよ」

「子供と思って見逃してあげようとしたんですけどねえ。お前たち、何をしている! さっさとやれ!」


「仕方ありません。ステさん、ワクさん、やっておしまいなさい!」

「「はっ!!」」


 実はこの流れ、優弥が書いたシナリオだった。ステラをステさん、ワクルーをワクさんと呼ばせて立ち回らせるのも彼の案だ。


 これを聞かされた時、の面々は一様にわけが分からないという表情で呆けていた。しかし国王のめいなので従わないという選択肢はない。なお、ランドンの護衛二人はその場にいなかったので役割は与えられなかった。


 それはともかく、アルフィーの言葉で単なる殺気の塊に過ぎなかったステラとワクルーの目つきが、大の男すら怖じ気づく庭番衆のそれになる。


 背後では王子とパミラ、彼女の母親を傍らに寄り添うメイリンが護っていた。とはいってもステラとワクルーはメイリン配下では中堅、庭番衆としても優秀な二人だ。数で圧倒するハイマンの護衛といえども、彼らに近づけることはなかった。


 男たちは必死に剣を振るうが、二人が手にした苦無くないに弾かれ思うように戦えていない。それどころか次々に首の後ろや鳩尾みぞおちを強打されている。しかし彼らも主に咎められるのを恐れて、執拗に立ち上がっていた。


 それを見たハイマンが形勢の不利を覚り、ベックを押さえていた四人に目を向けた。


「お前たち! 早くその男を殺して加勢しろ!」

「「「ははっ!」」」

「ぐはぁっ!」


 刹那、ベックの顔に血飛沫が飛び散る。


「ベック!? ベック!」

「へ?」


 だが、叫び声を上げたのはベックではなく、彼の首元に剣を向けていた男だったのである。男は剣と共に自身の手首から先も足元に落としていた。


 残りの三人にも突然現れた二人の男が襲いかかる。何とか抵抗しているが、この二人はベックが突き飛ばされたことの裏取りを頼まれていたランドンの護衛。練度に雲泥の差があるため、一瞬で制圧されていた。


 すかさず二人がベックを連れてアルフィーたちの許に駆け寄ると、パミラが泣きながら彼に抱きつく。


「ベック! ベック! 怪我はない!?」

「だ、大丈夫だ」


「ステラ殿とワクルー殿に仕事を持っていかれましたからね」

「なるほど、そういうことでしたか」


 ランドンの護衛二人は、アルフィーから任された仕事を彼女たちに先取りされてしまったので悔しがっていたのだ。


 実はメイリンには風車のあの人の役割を与えていたのだが、お陰で彼女の出番がなくなってしまった。もっともベックが危なかったあのタイミングでは致し方なかったと言えるだろう。ただ、懐にそっとしまわれた苦無があったことは誰も知らない。


 その間もステラ、ワクルーと男たちとの乱戦は続いていた。だが、ベックが救出されたのを見て突然二人が大声で叫ぶ。


「鎮まりなさい!」

「鎮まるのです!」


 ハイマンを含めた男たちが動きを止める中、二人はアルフィーの横に立ち戻った。そしてワクルーが王子から金属のプレートを受け取ると、ハイマンに見せるように掲げる。


「このプレートが目に入りませんか!?」

「……!?」


 プレートはもちろん、優弥の名が刻まれているものだ。


「こちらにおられるお方をどなたと心得ますか! 恐れ多くもハセミガルド王国国王ユウヤ・アルタミール・ハセミ陛下がご嫡子ちゃくし、第一王子アルフィー・ハセミ殿下にあらせられます!」


「宗主国の王太子殿下の御前ごぜんです。が高い! 平伏しなさい!」

「は……はい?」


「ハイマン・ズール! 聞こえなかったのですか?」

「へ……へへーっ!!」


 わけが分からないという表情だったが、何とか相手の身分が自分より高いことだけは理解したようだ。ハイマンはとにかく平伏して、配下にもそうするように指示していた。


「ハイマン殿、色々とやらかしましたね」

「お、お待ちを! 貴方様が王太子殿下という証拠がどこに……?」


「ああ、プレートの裏をよく見せてもらうといいですよ。貴族ならこれが何を意味しているかは分かりますよね?」

「このプレートを我が第一王子アルフィーに与える……本物の王太子殿下……!?」


 なお、名入りのプレートはこの世界では何よりも強力な身分証明となる。何故なら偽造が発覚すると一族はおろか郎党までもが斬首、家は取り潰されるからだ。


「さてハイマン殿」

「は……ははっ!」


「貴方が僕を子供と侮ったことはこの際咎めません」

「あ、ありがたき幸せに……」


「ですが貴方の行い、ひいてはズール伯爵家の行いを許すことは出来かねます」

「え!?」


「パミラさんを連れ去ろうとする前にも、酷いことをされてますよね?」

「い、一体何のことでしょう?」


「ニーナという名に覚えはありませんか?」

「……!」

「あるようですね」

「し、知りません! 私は何も知りません!」


「この二人、ステラさんとワクルーさんがあちらの四人の会話を聞いているんですよ」

「知りません! ニーナはあの四人が……!」


「やっぱり知ってるじゃありませんか」

「ふぐっ!」


「まあ、いくら惚けてもすでにニーナさんを救出に向かわせてますので、彼女の証言が取れれば言い逃れのしようはありませんけど」


 さすがにこの場にニーナを連れてくることは叶わなかったが、彼女からはねていた上前は途切れていなかったので生きている証には十分だった。


「貴方たちとズール伯爵家のことはガルシア大統領に申し上げて厳しく裁いて頂こうと思います。ネルイット男爵家から迎えが来るでしょうから、それまで村の牢で大人しくしていなさい」


「あ、アルフィー殿下」

「パミラさん、もう大丈夫ですよ」


「何とお礼を申し上げればいいことか。王太子殿下とは知らず数々のご無礼を……」

「気にしないで下さい。僕はただの旅人です。皆さんもよろしいですね?」


 周囲にはいつの間にか騒ぎを聞きつけた集落の住人が集まっていたが、横暴な伯爵家次男を撃退したことにより集まる視線は好意的だった。


 その後、優弥からキートン男爵宛に事の成り行きを書きつけた書状が送られたので、ハイマン一味は数日後には連行されていくことだろう。


 これは後日談だが、優弥の意を受けたガルシア大統領は即刻ズール伯爵家を取り潰し、ズール伯爵本人とハイマン、今回の件に加担した密偵や護衛の全員が打ち首に処された。


 また長男は鉱山奴隷へと身分を落とされ、一族の女性は外界との接触を禁じられた修道院で余生を過ごすことになる。


 なお、娼館に売られたニーナを含め所在が掴めた他の被害者たちも無事に救出されたが、精神的なダメージが大きかったためしばらくは療養所で暮らすとのことだった。


 余談だがパミラとベックの結婚式も予定通り執り行われ、式にはキートン男爵がガルシア大統領からの祝辞と、スタンノ共和国からの祝いの品を携えて参列したそうだ。


 結婚式ではアルフィーたちの立ち回りが、寸劇で披露されたとかされなかったとか。


「よくやったな、アルフィー」

「最後は父上のお手を煩わせてしまいましたが」


「なーに、国王として必要なことをしたまでだ。父親としては何もしておらんよ。全部お前の手柄だ」

「それでは父上、あの話は……」


「領地だったな。お前にはジルポール領を任せようと思う」

「旧海洋国家イルドネシアですか!?」


「荷が重いなら近場を考えるが」

「いえ、ぜひやらせて下さい!」


 こうしてハセミガルド王国第一王子アルフィーは、十一歳の誕生日を期にアルフィー・ジルポール・ハセミとして、ジルポール領の領主に就任することが決まったのである。



◆◇◆◇



 かぽーん。


 スルダン村からソフーラ城に戻ったその日、メイリンは一人湯船の中で物思いにふけっていた。


「アルフィー殿下とジルポール領ですか」


 うなじを伝う雫が艶めかしかったが、それを目にすることが出来る者はいなかった。


「命に代えても殿下をお守り……いけません。それではお館様のお心に反してしまいます。命に代えることなどなきよう、殿下をお守りするのが私たちのお役目ですね」


 湯船から上がった若々しい肢体は湯気に紛れていたが、それがより一層彼女の美しさを際立たせるのだった。




――あとがき――

色々盛り込んだつもりですが、ハードル越せましたでしょうか💦💦💦

入浴シーンは完全に後付けですがご要望がありましたので😅😅😅

一段落ついたので、明日(8/10)と明後日(8/11)は更新をお休みさせて頂きます。

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