第六話 密偵の会話

 アルフィー王子には今回の件で、どうしても気がかりなことが一つあった。それはなぜハイマンがパミラの存在を知っていたのか、ということである。


 ズール伯爵領はネルイット男爵領の隣に位置するとはいっても、スルダンは領都でもなんでもなく一つの村に過ぎない。ところがまるでキートン男爵と入れ替わるように来村し、直後にパミラを見初めているのだ。タイミングがいいなどという言葉では片付けられなかったのである。


「ステラさん、ワクルーさんと協力して、村にズール家の密偵が潜んでいないか調べてもらえますか?」

「「ははっ!」」


「メイリンさんは僕とパミラさんの家に向かいましょう」

「承知致しました」


 約束通り物陰に身を潜めて息子の後を追ってきた優弥とロッティは、どのような理由でパミラの家を訪問するのか興味を抱かずにはいられなかった。だが、一見難題にも思える訪問を、王子はいとも容易く熟してしまう。


「ごめん下さい」

「はい……」


「僕は旅の者ですが、こちらに来月お嫁に行く方がいると聞いたので、一言お祝いを言わせて頂ければと思い立ち寄ったのですが」

「子供……? ああ、お姉さんと一緒かい。そりゃありがたいことやが、今ぁそれどころでねえから帰ってくんねえか」


 応対に出てきたのはパミラの母親と思われる中年の女性だった。その表情は暗く声にも張りがない。


「それどころでないとは?」

「子供にゃ関係ねえこった」


「失礼ですが何かのお役に立てるかも知れません。よかったらお話を聞かせて下さい」


 さすがにアルフィーに食い下がらせるわけにはいかないと判断し、メイリンが一歩前に出た。


余所よそモンにゃ関係ねえってぇ」

「余所者だからこそ、お力になれることがあるかも知れませんよ」

「だども……」


「僕はこう見えてキートン男爵様にも顔が利くんです。決して悪いようにはしませんから」


 嘘は言ってない。


「へ? 男爵様ぁに顔が? それでもだめだぁ。相手は伯爵様ぁの次男って言ってたしぃ」

「そんなことはありませんよ。僕に話してくれませんか?」


「しっがし伯爵様ってぇのは男爵様ぁよりずっと偉えって聞いたぞ」

「身分は確かに男爵より伯爵の方が上ですが、その次男が伯爵というわけではありませんよね?」


「うあ? 伯爵家の方ならみーんな伯爵様と違うんけ?」


「違います。次男に爵位がなければ身分は男爵様の方が上なんですよ」

「そ、そうなんけ!? こりゃぁおったまげたぁ! そういうことなら上がってくんろ」


 仮にズール伯爵が子爵位や男爵位を持っていたとしても、次男まで回るとは考えにくい。つまりハイマンが爵位持ちである可能性はゼロに等しいのである。


 こうしてアルフィーはメイリンと共に、難なくパミラの家に上がり込むことに成功したのだった。



◆◇◆◇



「全く、主の女好きにも困ったものだ」


「ホントホント。自領の奴隷だけじゃ飽き足らず、とうとう他領の娘にまで手をだそうとか」

「それも無垢な村娘がいいなんて……」


「たまたまこの村に主の好きそうな娘がいたからよかったけどな」

「しかしあの娘、パミラだっけ? 可哀想に、来月嫁入り予定だったっていうじゃないか」


「確かに心が痛んだな。最初から知ってりゃ報告なんてしなかったんだが」

「嘘つけ! お前そのこと知って嬉々として報告してたじゃねえか」


「いやいや、後から知らせたら主が余計に興味持っちまったってだけだ。しかし飽きたら俺たちに回ってくるからな。あの娘、なかなか器量がよかったし今から楽しみで仕方ねえ」


「前に下げ渡された商人の娘もよかったなあ」

「ニーナだっけ? 奴隷として売られるって知って身投げしようとしたら、主に家がどうなってもいいのかと脅されて死ぬことすら出来なかったんだよな」


「結局娼館に売られたらしいけど、自由になるには金貨百枚だとさ。しかも稼いでも稼いでも主に上前をはねられるから……」


「利息にすら追いつかず、積もりに積もって出るに出られないようにしちまったってわけか」

「酷え話だ」

「ま、俺らにゃ関係ねえけどな」


「美味い汁を吸わせてもらってるんだ。主には感謝しといた方がいいぜ」

「それにしても大きい村とはいえ、こんなところにパミラみたいな娘がいたのは驚きだ」


「婚約者の男は哀れとしか言えねえな。どっちみち殺されるんだろうけどよ」

「突き飛ばした本人が言うか?」

「主の命令だったから仕方ねえだろ」


「ま、後からネルイット男爵家に訴え出られたら面倒だしな」


 四人の男たちが本村の酒場で小声で語り合っているのを、少し離れた席にいたにも関わらずステラとワクルーの二人は聞き逃さなかった。アルフィー王子の予想通り、ズール家の密偵が村の中にいたのである。


 彼らは村の宿を利用せず、近くにある野営地を寝床にしているようだった。スルダン村は規模が大きく歴史もあるから旅人もよく訪れる。つまり彼らのような余所者でも、酒場にいる程度なら怪しまれずに済むというわけだ。


「聞いているだけで胸クソ悪いわね」

「残らずお館様にお報せしましょう」


「アルフィー王子に、ではないのですか?」

「王子殿下はまだ子供です。まずはお館様にお伝えして判断を仰ぐべきでしょう」


「ですがアルフィー王子はあのお館様のご嫡子ですよ。大丈夫ではないでしょうか」

「そうは思いますけどね。こんな話を直接王子殿下にお伝えして、お館様に睨まれたらどうしますか?」


「なるほど、それは確かに笑えませんね」

「だからまずはお館様に、というわけです」


 そうして二人は優弥の許に戻り、自分たちが仕入れた情報を伝えた。


「そのままアルフィーに伝えてくれて構わん」

「よ、よろしいのですか!?」


「それとその四人のことをランドンの護衛にも教えてやれ」

「「はっ!」」


 期せずしてベック青年の潔白も証明されたことになる。これだけのお膳立てをされた息子の働きに、彼は期待せずにはいられなかった。

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