第二話 スルダン教会

 スルダン村は住民約二百五十人の本村と、住民約百人の第一集落、住民約五十人の第二から第四集落の三つが合わさって出来た、およそ三百年の歴史を持つ生活共同体である。


 スタンノ共和国ネルイット男爵領にあり、現在は村長であるスミルバッハ・スルダンに自治が委ねられていた。そのため平民でありながら、村長にはスルダン姓を名乗ることが許されていたのである。


 また、本村にはハルモニア神教の教会があり、司祭一人とシスター二人により運営されていた。毎週日曜日の礼拝には多くの村人が教会を訪れて祈りを捧げているとのこと。寄付金もそれなりに集まっているそうだ。


 なお、この教会では四人の孤児も暮らしており、彼らは主に教会の敷地で作物を育てて自給自足の糧としていた。


「ネルイット男爵家も三百年以上続く豪族とのことです」

「スタンノ共和国の歴史より古いということか」


 前入りしたメイリンから男爵家と村の情報を聞かされた優弥は感慨にふけっていた。それだけの長きに渡り領地を治めているにも関わらず男爵位のまま陞爵しょうしゃくしていないということは、特筆すべき功績はないにしても安定した領地経営を続けてきた様子が窺える。


 現にスルダン村に限らず男爵領は決して裕福とは言えないまでも、貧しいという印象はないそうだ。教会にも十分に補助金が出されており、孤児たちも何不自由なく健やかに育っているとのことだった。


「そう言えばエビィリン義母はは上も孤児院の出でしたね」

「アルフィーとエビィリンならそんなに年も変わらないだろう。義母上より姉上と言った方が喜ぶんじゃないか?」


「いえ、義母上からはお姉ちゃんかママと呼ぶようにと……恥ずかしくてご容赦頂きましたが」


「あー、エビィリンはそういうところあるかもな。ロッティにさえお姉ちゃんと呼べといっていたくらいだし」

「ロッティ様にもですか?」


「アルフィー殿下、私に敬称は不要にございます」


「何を言われますか。僕たちの間ではロッティ様はハセミ三人衆の筆頭、憧れの忍びでもあるのです!」

「そ、そうなのか? アルフィー」


「もちろんです。父上の信任篤く、一度ひとたび敵対すればその者に明日が来ることはないとか、殺気だけで相手を殺してしまうとか」

「で、殿下! いくらなんでも殺気だけでそのようなことは出来ません!」


「だがアルフィー、相手に明日が来ないのは間違いないぞ」

「お館様まで! 知りません!」


 そこへ宿を取りに行っていたメイリンが戻ってきた。しかしどことなく表情が暗い。


「どうした、何か問題があったのか?」


「はい。スルダン村の宿は本村に一軒だけなのですが、本日は領主キートン・アルバト・ネルイット男爵閣下ご一行がお見えになっているとかで、宿は貸切なのだそうです」

「なるほど。それは困ったな」


「お館様の身分を明かして部屋を確保致しますか?」

「いや、それは悪手だ。男爵が村民に慕われているとしたら俺たちの印象が悪くなる」


「後は村長に相談するくらいですかね」

「その役目は言いだしっぺのランドンに任せるか」


「ハセミ陛下、私の身分を明かしても?」

「よくないな」


 彼は何でもかんでも権力を振りかざして、問題を解決する手法をアルフィーに見せたくはないと考えていた。それでは領民の心に響かず、力で捻じ伏せる帝国主義そのものだからだ。円満な治世とは程遠いということである。


「考えても仕方がない。ひとまず教会に向かおう」


 一行は本村にあるスルダン教会に馬車を向け、到着後に全員からとして共和国金貨三枚を寄付した。数人まとめてだとしても、この額は寄付としては破格である。すぐさまグランツのいう名の司祭が挨拶にやってきた。


 むろん身分を明かすわけにはいかないので彼は単にユウヤと名乗り、他の者も名前だけに留めた。


「この度は過分なるご寄付を賜り、ありがとうございます」

「「ありがとうございます!」」


 司祭の後ろに控えていたシスター二人、キャロルとベイラも頭を下げながら声を合わせる。


「ですが旅のお方が何故このような村の一教会にこれだけの寄付を頂けるのでしょう?」


「ああ、俺は特に熱心な信者というわけではないんだが、ある人と知り合いでな」

「ある人?」

「これだよ」


 言うと優弥は懐から出すふりをして無限クローゼットから緋色のプレートを差し出した。


「こ、これはまさか……!?」

「クロスの爺さん……ロメロ枢機卿すうききょうと言った方がいいか。もらったんだ」


「お、手に取らせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「構わんよ。アンタらにとっては大層な物なんだろ。シスター二人も手に取って見ていいぞ」


「「ええっ!?」」

「それからこちらは子供たちに」


 メイリンが抱えていた袋一杯の菓子をシスターに渡す。


「子供たちにまで……はっ! 申し訳ありません。お茶をお出ししますのでどうぞ中へ」

「ちょうど喉が渇いていたところだ。お言葉に甘えよう」


 一行が通されたのは少し広めの応接室だった。ここには定期的にネルイット男爵も訪れるとのことで、それなりの人数を迎え入れられるように広くなっているそうだ。


「男爵様も熱心なハルモニア神教の信者ですので、ロメロ猊下げいかのプレートをご覧になられたら、さぞかし感激なされることでしょう」

「そう言えば男爵が村に来ているみたいだな」


「はい。明日は月例訪問の日なので本日は村の宿にお泊まりになられるはずです……もしやユウヤ様たちはそのせいで宿が取れなかったのではありませんか?」

「そうなんだよ。村長に相談することも考えたんだが、一介の旅人が相手にしてもらえるかどうか困ってるんだ」


「それでしたらこの教会にお泊まり下さい。宿には遠く及びませんが家畜小屋よりはマシかと思いますし、風呂もございますので」


「それはありがたい。贅沢を言うつもりはない。皆もそれでいいな?」

「「「「「「はい」」」」」」


「よかった。明日は男爵様もこちらへ参られます。その時に是非ロメロ猊下から贈られたプレートを見せて差し上げては頂けませんでしょうか」

「男爵が望むなら構わんよ」


「ありがとうございます。ではキャロルとベイラ、オルパニー市場で皆さんに食事をお出しするための食材を買ってきてくれるか」


「そういうことならロッティ、お前も同行してくれ。今夜はバーベキューにしよう。美味そうな肉と魚を頼むぞ。もちろん野菜と果物もな。馬車を使って構わん」

「かしこまりました」


「ああ、その前にランドン、すまんが馬車からバーベキューセットを降ろしておいてくれるか?」

「承知しました」


「ユウヤ様、ばーべきゅーとは?」


「外でな、食材を適当な大きさに切って味付けしてから、焼きながら食べるのさ」

「先ほどお肉とお魚と言われておりましたが?」


「とにかく美味いぞ。子供たちにもたらふく食わせてやろう。金は俺が出すから安心してくれ」

「えっ!? ですがそれでは……」

「気にするな。寝床の礼だ」


 恐縮しきりのグランツ司祭の肩をポンと叩くと、優弥は真剣な眼差しで成り行きを見守っていたアルフィー王子に微笑みを向けるのだった。

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