第三話 キートン男爵

 シスターキャロルとベイラ、そこに加えてメイリンの三人がロッティから食材の切り方、味付けなどを軽くレクチャーされていた。元々シスター二人は料理が出来たが、バーベキューはどちらかというと上品さや繊細さはあまり要求されない。


 ワイルドにがっつくのが美味さの秘訣と言っても過言ではないだろう。だからバーベキューの一口サイズとは、三口四口サイズのことをいう。


「お肉は半生でも食べられる新鮮なクー(地球の牛と同じ)の肉ですから、焼けたらどんどん食べて下さい」


「うんめぇっ!!」

「おいら、こんなの食ったの初めてだ!」

「野菜があまあまー!」

「魚! 魚が美味しすぎますーっ!」


「アルフィーだっけ? お前も大人とばかりいねえでこっち来て一緒にくおうぜ!」

「あ、うん!」


 四人の子供たち、男女二人ずつで一番下が六歳の男の子だったが、夢中で料理を頬張っていた。アルフィーに声をかけたのは最年長のビリー、十二歳だ。


「あの、ユウヤ様、これら食材は普段私たちが口にするようなものとは段違いに高級な品だと思うのですが……」

「実は俺は金持ちのボンボンでね。それに俺もバーベキューは久しぶりなんだよ」


「ですがこのような味を覚えてしまっては……」


「言いたいことは分かるがな。しかし毎日ではなくても、月に一度でもこれを食うために頑張る、という気持ちになるのも大切だと思うぞ。子供たちは特にそうじゃないかな。夢とか目標とかさ」

「なるほど。そのような考え方もあるのですね」


「クロスの爺さんもな、平気でとある孤児院の子供たちに玩具をごっそり与えてたし」

「ロメロ猊下げいかがですか!?」

「ああ」


「あのー、司祭様ぁ」


 そこへ村人と思われる男女が四人、恐る恐る近づいて声をかけてきた。自然な振る舞いでアルフィーをメイリンが、ランドンを彼の護衛二人が庇うように寄り添っている。


「どうしました?」

「今夜はぁ、なんかのぉ、お祭りでしたけ?」


「いえ、ユウヤ様……旅の皆様が宿に空きがないとお困りでしたので、教会にお泊まり頂くことになって、そのお礼にと食事を振る舞って頂いているところです」


「はぇー、さいでしたか。いんやぁ、ものごっつええ匂いがしてましたもんでぇ」

「村の方たちかな?」


「近所にお住まいの皆さんです。いつも野菜や果物を分けて下さっているんですよ」

「なら皆も一緒にどうだ? ロッティ、食材は?」

「十分にございます」


「え、ええんですか!?」

「んなら、おら家から酒持ってくらぁ!」


「そうだなぁ、タダで食わせてもらうわけにゃいかねえべ。皆なんか持ってくるだ!」


 優弥が気遣いは無用だと言ったが、持ちつ持たれつは村のしきたりみたいなものらしい。それぞれ一度家に帰っていったが、戻ってきた時には人数が倍くらいに増えていた。


 それを見て彼は馬車の荷台から出すフリをして、無限クローゼットからバーベキューセットをもう一組降ろしてくる。こうなると騒ぎは大きくなるばかり。最終的に村人の数は二十人を超え、教会の庭は宴会場と化していた。


「これは何の騒ぎかな?」


 今度はそこに革鎧に槍を携えた二人の兵士を伴った、身なりのいい初老の男性が現れた。少々恰幅がいい雰囲気があるが、不必要に腹がドンと出ているわけではない。ほんの少し太っているといった程度だ。


「男爵様だぁ!」

「男爵様ぁ!」

「「「「へへーっ!」」」」


 村人たちが慌てて皿を置き、その場に平伏した。


「ああ、よいよい。見れば食事の最中ではないか。気にせず続けてくれて構わんが、誰か説明してくれると助かる」

「お久しぶりにございます、キートン男爵閣下」


「グランツ司祭殿、これは一体どうしたのだ?」

「実はですね……」


 司祭がここまでの経緯を説明すると、男爵は優弥の方に歩み寄ってきた。とたんに彼の顔から血の気が引いていく。


「も、もしや貴方様は……」

「お初にお目にかかります、キートン・アルバト・ネルイット男爵様。私は息子と旅をしております、ユウヤと申します」


「えっ!? あ、はい……う、うむ。ようこそ我がネルイット領に参られた。貴殿らを歓迎しよう」


 彼の軽いウインクで、男爵は即座に状況を把握したようだ。額に滲んだ汗から動揺しているのは間違いなかったが、彼は優弥の正体を知っていたのである。


「や、宿をすぐに……」

「キートン卿、なりません」


 宿を明け渡そうとした男爵に、ロッティが他に聞こえないように耳打ちした。


「せっかくお越し下されたのです。男爵様も一緒にいかがですか?」

「い、いや、しかし……」


「男爵様ぁ、これぇ、ばーべきゅーってんらしいんすけどぉ、めっさうんめぇんですわ!」

「肉もぉ魚もぉ、ぎょーさんあるってしぃ、あっしらも持ち込んでるんでぇ、男爵様もぜひ召し上がって下せぇよ」


「お館様はお忍びです。気取られませんよう普段通りの行いを。無礼講です」


 ロッティに言われて男爵が優弥を見ると、小さく頷くのが見えた。彼からしてみれば宗主国の王である優弥は天上人である。そして耳打ちしてくるこの女性は、先頃婚姻を果たしたロッティ王妃に違いないと確信した。


 つまり、二人の意にそぐわない行動は自分はもちろん、大切な領民の命さえ脅かされかねないのだ。むろん優弥もロッティもそんなことは微塵も考えていなかったが、三百年以上の歴史を持つ男爵家の当主はこの王の恐ろしさを正しく理解していたのである。


「で、では、おこ、お言葉に甘えるとしよう」


 酒や料理を運んでくる村人に笑顔で応える男爵だったが、その額から冷や汗が消えることはついぞなく、宴会がお開きになる頃には酔いよりも脱力から足腰が震えているのであった。

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