第二部 第六章 第一王子アルフィー・ハセミ

第一話 お忍び旅行

 ロッティとの婚姻の儀が執り行われた。とは言っても城での大々的な式典は見送りである。それは彼女が妊娠するまでの間はこれまで通り、密偵としての任を果たすからである。無闇に顔を知られるわけにはいかないということだ。


 このことは彼女も十分に承知しているし、むしろこれからも優弥の役に立ちたいとの要望とも合致していた。


 式典は三人の妻と子供たち、婚約中のティベリアとアリア、アスレア帝国皇帝ジョセフ・ノルド・アスレア、優弥の治世を学ぶべく王国に滞在中の第二皇子ランドン・ノルディア・ジョセフソン・アスレアとその一家、スタンノ共和国から大統領マックス・アーチャー・ガルシアが参列。


 儀式を取り仕切るのはもちろんクロストバウル・ロザン・ロメロ、ハルモニア神教の枢機卿すうききょうその人である。


「ここに新郎ユウヤ・アルタミール・ハセミと新婦ロッティの婚姻を認めるものとする。二人の行く末に幾久しく幸あらんことを」


 なお、国民には婚姻の事実のみが伝えられ、金曜日と土曜日、及び婚姻の儀当日の日曜日を挟んで月曜日までが慣例に従い祝日と定められた。当然のことながら王都民に留まらず、全国民が鉱山ロードたる王の婚姻を寿いだのは言うまでもないだろう。


「ロッティ、本当にいいのか?」

「お館様、この婚姻は私には過ぎた褒美です。他に何を望みましょう」


「今までもこれからも影に尽くす覚悟はありがたい。しかしお前にも女の幸せを求める権利はあるのだぞ」

「その幸せは、もう存分に頂いておりますので」


 密偵としての彼女は配下からも恐れられているが、彼の傍にいる時だけは一人の乙女として振る舞っている。逆にそれが不憫に思えたものの、やはり彼女の存在は頼もしかった。


 ところでハセミ三人衆についてだが、結局ロッティの後釜は選出されず、ミリーとイザベルの二人を頂点とするハセミ庭番衆として新たなスタートを切ることになった。


 ただしロッティは完全にお役御免というわけではなく、今後は司令塔としての役割を果たすこととなる。むろん妊娠するまでは優弥の伴として、訪問先に赴くというのは変わらない。


 余談だがイズナは正式にイズナ五人衆として、主に要人暗殺の任が与えられたのである。もっとも出番はそれほど多くないので、優弥が外遊する際に陰から護衛することが主となるだろう。


「陛下、ソフィア殿下とアルフィー王子がお話があるとのことにございます」

「ソフィアが? 通してくれて」


 ロッティとの婚礼から数日後、執務室のドアをノックしたのは宰相のドミニクだった。妻たちがここを訪れるのは珍しい。というのも彼に話があれば執務が終わるのを待てばいいからである。しかも今回は第一王子のアルフィーを伴っているとのことだった。


「どうしたソフィア? 何か急用か?」

「ユウヤさん、忙しいところをごめんなさい」


「いや、構わないが。アルフィー、あまり構ってやれずすまんな」

「いえ、父上」


 アルフィー王子は間もなく十一歳の誕生日を迎える。まだまだあどけなさを残してはいるが、彼の容姿は優弥のそれを色濃く継いでおり、女性使用人ばかりか城を訪れる貴族令嬢まで色めき立たせるのに十分だった。つまりイケメンということである。


 また、剣と魔法にも優れた才を花開かせ、剣術に至っては優弥を負かすほどにまで成長していた。力任せの父親と違い、しっかりと鍛錬を重ねたのだから当然の結果と言えるだろう。


「実はアルフィーがユウヤさんと旅をしてみたいと言うのです」

「旅を?」


「父上、私は見聞を広めたく、どうか旅に連れていっては頂けないでしょうか?」

「何か目的でもあるのかな?」


「頂きたい贈り物があるのです」

「ほう、聞こうか。何を望む?」


「領地を賜りたく存じます。もちろん、今度の誕生日に、というわけではありません」

「領地を?」


 自分一人で治世を熟せるなどと思い上がっているわけではない。しかしいずれはハセミガルド王国第一王子として、そういったことにも携わらなければならないはずだ。自分は机上で実体の伴わない治世はやりたくないとのこと。


「そのために、まずは父上と旅をして領民たちと直接触れ合う機会を頂きたいのです」

「そうか」


「若輩者の言葉に重みはないかも知れません。ですが私は父上の息子にございます!」

「ユウヤさん、すぐに領地をどうこうするかというわけでもありませんので、視察の名目で旅行に連れていってあげては頂けませんか?」


「まあ、そういうことならいいだろう。どうせなら視察と銘打つより忍びの方が面白そうではないか?」

「忍び……ですが父上のお顔はそれなりに知れていると存じますが」


「そうだな。どこか遠くの村を訪ねてみるか。ロッティ」

「こちらに」


「アルフィーを連れていくのに適した村はあるか?」


「私の私見でよろしければ、スルダン村はいかがでしょう。スタンノ共和国の首都マスタリーノより馬車で一時間ほどのネルイット男爵領にございます。村人は総勢でおよそ五百人。いくつかの集落が集まって出来た村で宿も教会もございます」

「わりと規模が大きいな」


「はい。馬車を馬ごと預かってくれる厩舎もございますし、村人の多くはお館様のお顔を存じ上げていないと思われますので都合がよろしいかと」


 属国とはいえ首都からそれだけ離れていれば、宗主国の王の顔を知る者が少ないのは当然かも知れない。忍びで訪れるのは打ってつけである。


 ところが訪問先が決まったところで、耳ざとく話を聞きつけてきた者がいた。アスレア帝国第二皇子のランドンである。


「ハセミ陛下。そのお忍び旅、ぜひこの私もご同行させて頂きたく」


「お前のために護衛は割かんぞ」

「心得ておりますとも」


「宿も食事も自腹だからな」

「もちろんにございます」


 こうして第一王子アルフィーを連れての忍び旅行が決まった。なお、庭番衆からはロッティの他に王子の護衛としてメイリンが同行し、ランドンの護衛二人と連携することになる。


 そこでロッティ以外の三人の護衛を前日に転送ゲートでマスタリーノに送り、スルダン村に前入りさせた。


「では参るか」


 翌日、優弥、アルフィー、ロッティ、ランドンの四人は粗末に見せかけた幌馬車と共に旅立つのだった。



――あとがき――

お久しぶりです。

連載再開します。

でも、リアル多忙は変わりませんので、週三話程度になるかも知れません。

とりあえず明日は更新します。

今後もよろしくお願いします(^o^)

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