第二十二話 ジルポール領
檻に入れられた四人がイルドネシア王国の王城ウラブドに到着したのは、軍港を出てから二日後のことだった。さすがに騎士団だけあってロッティたちに危害を加えるようなことはなかったが、もしそんなことをしようものなら彼らの命はなかっただろう。
檻から出された四人は玉座の間に着くまで騎士団に囲まれ、後ろ手に縛られたままだった。入り口で少し待たされたのは、三人の従者を入室させることの許可を得るためだったようだ。
「ルクセン・イルドネシア国王陛下、ウィロウ・テヘローナ皇后陛下、ハセミガルド王国国王ユウヤ・アルタミール・ハセミ並びに伴の者を連行して参りました!」
「入れ!」
「ははっ!」
優弥は背中を小突かれ、イルドネシア王の手前十メートルほどのところまで歩かされる。ロッティたちはその後ろに従っていた。
壇上の玉座は二つ。そこには三十代前半に見えるこの国の王ルクセン・イルドネシアと、元テヘローナ帝国皇后ウィロウ・テヘローナが座している。
「ユウヤ・アルタミール・ハセミ、我が主とテヘローナ皇后陛下の
「戯けたことを申すな!
「き、貴様!」
「よい、ナルシブ。だがウィロウ皇后陛下に向かってクソババアとは聞き捨てならん。口には気をつけられよ」
ナルシブというのは優弥の横に立って剣を向けている騎士団長である。
「ウィロウ殿、久しぶりだな」
「尊大な態度は相変わらずですね、薄汚い自称竜殺し」
「余は自分で竜殺しを名乗った覚えはないが?」
「配下に流させたのでしょう。器の小さい男」
「ところでハセミ殿は何をしに参られたのか。よもやテヘローナを盗られて許しを請いに来られたというわけでもあるまい?」
「テヘローナを盗られて? ああ、そういうことか。お前たちの飼い犬は全て捕らえたから、情報が届いてなかったんだな」
「何だと!?」
「悪いがミューポリシは我が方に寝返り、イルドネシアの海軍は殲滅した。捕虜となったのは二十人ほどだが、帰っても処刑されるだけだから帰りたくないそうだ」
「世迷い言を……」
「そう思うか?」
「なっ!?」
縛られていたはずの優弥は縄を解き、剣を向けたままだった騎士団長を殴り飛ばした。団長のヘルムが歪に変形し、首が真横より少し後ろに回って倒れこむ。骨が折れる音が聞こえたので、ほどなく絶命することだろう。
泡を吹き、痙攣している姿は見ていて気持ちのいいものではなかった。
「だ、団長!!」
「ナルシブ団長!?」
「き、貴様ぁっ!!」
「ぐがっ!」
「げへっ!」
周囲の騎士数人が剣を抜こうと一歩前に出たところでバタバタと膝から崩れ落ちていく。彼らの喉にはロッティたちが投げた
壁際に控えていた城の衛兵がそれを見て一斉に剣を抜いたが、突如彼らの頭上から巨大な岩が降ってきて数人が押し潰されてしまう。
「動くな! 動けば全員岩の下敷きにするぞ!」
「なっ!?」
「さて、テヘローナのクソババア。アンタには言いたいことがないわけじゃないが、顔を見ているだけで胸クソが悪い。だからさっさとこの世から消えろ!」
ロッティたちが耳栓をしているのを確認して、彼はテニスボール大の石を元皇后の顔に投げつける。轟いた爆音にルクセンを始めとする室内にいた者たちが耳を押さえて藻掻いていたが、元皇后だけは違った。
次の瞬間には押さえるべき耳どころか、首から上が吹き飛ばされていたからである。
「な、なんだ!? 何が起きている!?」
「ルクセンだったか。弱小国家が
「お前たち、何をしている!? 殺せ! 早くこの男を殺せ!」
「「「「うぉーっ!!!!」」」」
「「「「やれーっ!!!!」」」」
だが、またもやルクセンの命に従おうと踏み出した者たちの頭上にも大岩が現れ、次々と下敷きにされていった。
「動くなと言ったはずだぞ!」
「あれが……竜殺し……」
「何を恐れている! 全員でかかれ!」
「死にたくなければ動くな!」
「「「「…………」」」」
「貴様ら、それでもイルドネシアの兵士か!?」
「無駄死にしたいヤツなんていないんだよ」
「くっ!」
「元皇后のクソババアは余の身内を傷つけた罪で処刑した。だがルクセン、アンタは違う」
「そ、そうだ! 私は手出しはしていない!」
「は? バカか、アンタ。ミューポリシに軍艦を送り込んできただろうが!」
「違う! あれは叔母上、ウィロウ皇后陛下よりの要請に応じただけで……」
「兵士たち、聞いたか!? この期に及んで貴様らの主はどうやら命乞いをしたいらしいぞ」
「な、何を言うか!」
「ほう。ではアンタは他国の王たる余に剣を向けたこの者たちの罪を被り、命をもって償うと申すか? それならば兵士たちの無礼は許そう」
「ふざけるな! 何故私がたかが兵士共の身代わりにならないと……?」
それを聞いた兵士が一人、また一人と剣を鞘に収め始める。彼らは主が自ら命を捨てるというなら、たとえ敵わないと分かっていても全力で竜殺しに斬りかかるつもりだった。
ところが信を置いていた主は、こともあろうに自分たちを軽んじる言葉を吐いたのである。この瞬間にイルドネシア王国国王ルクセン・イルドネシアは、兵士からの忠誠を手放してしまったのだ。
「これより海洋国家イルドネシアは我がハセミガルド王国の属領とし、名をジルポール領と改める!」
「な、何を!?」
「あ、そうだ。アンタは終わりだが聞かなければいけないことがあるからな。この者を捕らえて牢に放り込んでおけ!」
「「「「ははっ!」」」」
それでもほとんどの兵士は動かずにいたが、数人が彼に従ってルクセンを取り押さえた。気持ちは複雑だろうが、国王の首を取られたも同然なのだ。宣戦布告をする前に敗戦国となったのだから致し方ない。
こうして新たにハセミガルド王国ジルポール領が誕生するのだった。
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