第二十一話 連行
「あっれー、おっかしいなぁ」
「どうしたんだ、シェリフ?」
シェリフとは、イルドネシアへ行くために紹介された蒸気船フラミン丸の船員である。この五日間に渡る航海で、優弥たち四人はほとんどの船員とかなり打ち解けていた。わずか二十人しかいない彼らと身分で隔たるのは得策ではないからだ。
加えて彼らは軍人ではなく生粋の海人だった。気性は荒いが過去にイルドネシアまで行った経験があるからこそ、彼らに航海を任せることにしたのである。
「いえ、前に来た時にあった島がねえんですよ」
「島がない?」
「ほら、あそこに見えるでっけえ島が本島なんですがね、手前に小さな島があったんでさあ」
「岩かなんかじゃなかったのか?」
「いえいえ、それなりの人数も住んでたはずなんですよ。あの白波が立っている辺り……沈んじまったのかなあ」
優弥は嫌な予感を感じた。自分が投げつけた岩が島を破壊したのではないだろうか、と。まさかそんなことが起こるとは予想すらしていなかったが前科がないわけではない。
魔法国アルタミラにやってきたレイブンクロー大帝国の艦隊に向けて放った岩が、そのまま軍事工場まで届いて壊滅的な被害を与えたあの事件だ。
乗せた
「貴様たち、ミューポリシからか!?」
イルドネシアの船は砲口を見せたまま、フラミン丸の両舷を挟むようにして停止した。声をかけてきたのは右側の船で、距離にして三十メートルほど。離れているため大声で会話するしかないが、砲撃を受けたら一溜まりもない。
仕方なしに彼はイルドネシア船から一メートルほどのところに敵対結界を展開した。これでもし発砲すれば、被害を受けるのはあちら側である。
「そうだ! 前はあの辺りに島があったよな!?」
「うるさい! 何をしにきたっ!?」
何やらチカチカと光っているが、おそらく港にサインを送っているのだろう。港からも不規則に点滅する光が見えた。
「ハセミガルド王国の国王様がこの国に来たいってんで連れてき……お連れしたんだっ!」
シェリフがそう叫ぶと、しばらく港とのやり取りが続いた。だが、それも間もなく終わる。
「貴様らに告ぐ! 抵抗せずに我々についてこい。本島の第三
「ハセミの旦那、あんなこと言ってやすぜ」
「俺たちが下船した後はすぐに回頭してミューポリシに帰れ。大砲を撃たれても気にしなくていい」
「旦那が言ってた結界ってヤツですね?」
「そうだ。ただしこちらからも攻撃は出来ないから絶対に撃つなよ。撃ったら逆に自分たちに被害が出るからな」
「分かりやした! ですが旦那たちはどうやって帰るんです?」
「それを教えるわけにはいかんが問題なく帰れる。だから心配せずともよい。これは褒美だ。受け取れ」
「うっひゃあ! き、金貨じゃねえですか! それもこんなにたくさん!」
彼がシェリフに渡したのは、百枚ほどの金貨が詰まった革袋だった。実はすでに前金でも金貨を支払っていたので、彼らの収入はかなりのものとなる。
それからしばらくして指定された桟橋に着岸。優弥とロッティたち合わせて四人が下船し、イルドネシアの船が
「お、おいっ!」
「追えっ! 逃がすな!」
「ダメだ! すでに繋いでしまった!」
「艦首砲撃用意!」
「待て! 無駄弾を撃つな!」
国王と従者が先に船から出てきたことで、イルドネシアの兵たちはフラミン丸の船員のことを気にかける余裕をなくしていたのであろう。だからこんな負け惜しみを吐くしかなかったようだ。
「ふん! 見捨てられたようだな、ハセミガルドの国王様」
フラミン丸はそのまま速度を上げて港を離れていった。イルドネシア兵たちは悔しそうにしていたが、それよりも敵国の国王を捕らえたことの方が重要だったのだろう。
優弥たちは後ろ手に縄をかけられ、兵舎に連れていかれてから座敷牢に入れられた。間もなく城から騎士団が来るとのことで一時的に待機ということらしい。
「それにしてもいい女だよなあ」
「グレコ、
「シソン、バレたら首が飛ぶぞ。どうせ拷問が終わったら払い下げられるんだ。それまで待ってろって」
「だけど拷問されたらあの可愛い顔がボコボコにされちまうじゃねえか。もったいねえよ」
「よした方がいい。それより本当に何も喋んねえな」
「国王様よ、なんか面白え話はねえのか?」
「バッカ! 敵とはいえ相手は国王様だぞ。俺らみてえな下っ端の兵士に口なんか利いてくれるかよ」
「だったらそっちの女、丸顔のアンタだよ。名前くらい教えてくれねえかな」
丸顔と言われたのは当然イズナだが、彼女はツンとそっぽを向いた。捕らえられたら一言も口を利くなとの命令が優弥から下されていたからだ。むろん大人しく捕まっているのも彼の命令である。
ちなみに彼女たちの
二人の会話を聞き流していると、間もなく金属音が混じった足音が近づいてくる。どうやら騎士団が到着したようだ。
「貴殿がハセミガルド王国国王、ユウヤ・アルタミール・ハセミか?」
「いかにも」
「我が主、ルクセン・イルドネシア陛下がお呼びだ。大人しく同行するがいい。さもなくば斬る」
「同行しよう。この者たちも一緒で構わんかな?」
「女か……なかなかの見目だな。よし、許す」
陛下に献上するのもよいか、との呟きは彼には聞こえなかった。
座敷牢から出された四人は、馬車に積まれた檻に入れられる。さすがに騎士団はロッティたちをジロジロ見るようなことはなかったが、時折太腿が見えたりするのをチラ見はしていた。悲しき男の性といったところか。
「ロッティ、隙を見て苦無と耳栓を渡す」
「はい」
「恐らく元皇后も現れるはずだ。あの女は俺が
「「「はっ!」」」
檻の中に完全結界を張ったため、この会話は騎士団には聞かれていない。しかし口元の動きには勘づかれたようで、騎士の一人が騎乗したまま近寄ってきた。
そこで彼は結界を解く。
「何をこそこそ話している!?」
「無粋な。男女の色話を邪魔するでない!」
「ふん! いい気なものだな。女の訊問が楽しみだ」
そう捨てゼリフを吐いた騎士にイズナが裾から太腿をチラリと見せる。そのせいで騎士の目が点になり、頬が真っ赤に染まっていた。
(男の赤面など見せるな。イズナ、やり過ぎだぞ)
心の中で考えていたことを見透かしたかのように、イズナがペロッと舌を出す。ロッティが鬼の形相で睨んでいたが、何故かその視線は優弥に向けられていた。
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