第二十話 イルドア島消滅

「ハセミ陛下、本当にイルドネシアに行かれるのですか?」


 船の手配を命じられたスラハドルは、優弥の突拍子のない要求に驚きを隠せなかった。何故なら用意するのは蒸気船一隻のみで、しかも戦艦は不要というのだ。


 イルドネシアの海軍を実質殲滅したとは言え、逃げ帰った船もいるはずである。つまりミューポリシが元皇后に反旗を翻したことは知られていると考えるべきなのだ。


 それなのに護衛もつけず、大した武装もない蒸気船で向かうのは自殺行為と言わざるを得ない。あちらとてのこのこやってきた敵の船を快く迎え入れることはないだろう。ちなみにミューポリシの全ての蒸気船には、海賊を撃退するだけの武装は施されている。


 しかし軍艦相手の戦闘に向いているとは言えず、攻撃されれば沈められるか、よくて拿捕されるのが関の山なのだ。にも拘わらず竜殺しの王は戦闘に向いているとは言い難い船を所望した。


 もっともあの砲弾を阻んだ見えない壁のような物をいつでも使えるなら、全く理解出来ないというほどのことでもない。さらに彼の手を離れた瞬間に爆音を轟かせて、信じられないスピードで沖合いの船に襲いかかった岩の数々も然り。


 決して人の手では持てないような大きさの岩を軽々と片手で投げ続ける様は、今も脳裏に焼きついて離れない。見えない壁とあの凄まじい破壊力の攻撃があれば、船の武装など必要ないとも考えられる。


 もはや岩がどこから出てきたのか、などという根本的な疑問はもはやどうでもよかった。ただ一つ確実なのは、この竜殺しの王には間違っても敵対してはならないということだ。


「イルドネシアまでは何日かかる?」

「五日ほどかと」

「準備期間は?」


「ピレシウスの船はほとんどが中破もしくは大破させられましたので、ナボギア港の船を使うしかありません。先ほど伝令を送りましたが、彼が到着するのは明日の昼頃です。そこから乗組員や燃料の手配、物資の搬入などを考えますと最低でも三日はかかると思われます」


「であればたちもナボギア港とやらに行くとするか。宿はあるな?」

「はい。ただ、陛下がご利用になられるような格式の宿は……」


「雨風が凌げて寝られれば構わん」

「お館様、お供はいかが致しましょう?」

「ああ、三人ともついてくるといい」


 初めての船旅であれば船酔いするかも知れないが、それも経験の内だと彼は考えていた。むしろ自分がいれば、万が一戦闘不能になってもどうにでも出来るからである。


 ところでイルドネシア海軍の中で、無事に港まで泳ぎ着いた者は二十人ほどしかいなかった。ただ、沈没や水蒸気爆発で荒れる海から数キロの遠泳だ。その人数が助かっただけでも奇跡と言えるだろう。


 もっともおかに上がった直後は、砲撃で家族や家を失った者たちに罵声を浴びせられていた。生かしておくな、殺せ、という声だ。ミューポリシの兵が止めなかったら本当に殺されていたかも知れない。


 むろん捕虜として捕らえられたが、訊問には素直に応じているとのことだった。


 彼らの話では、あの惨劇から逃れて本国に舵を取ったのは、出撃した二百隻の艦艇のうち十隻程度だったそうだ。当時はまだ海に投げ出された兵も多くいたが、それらを見捨てて逃げたのだという。


(海に落ちた仲間を見捨てるとは、海洋国家ってのは口先だけなのか?)


 彼らは優弥の追尾投擲で放たれた岩が何か分からずにパニックに陥っていたらしい。そして現在イルドネシアでは、さらにわけが分からない惨劇が起こっていた。



◆◇◆◇



「イルドア島が消滅、だと……!?」


 イルドア島とはイルドネシア王国最北端に位置しており、人口はおよそ三千人で広さ百平方キロメートル弱の領島だった。伊豆大島ほどの大きさである。


 王都シャーカルタンのある本島と比べれば非常に小さな島だが、豊富な海洋資源を国中に供給する重要な拠点でもあった。それが何度かの耳をつんざくような爆発音と空一面を真っ白に染めるほどの光を放った後、跡形もなく消えていたというのだ。


 ただし島民の多くはウィロウ元皇后の歓迎祭が開催されていたため本島を訪れており、巻き込まれたのは一部のみだった。それでも数百人はいたと思われる。


 もちろんこれは優弥が放った追尾投擲の流れ弾被弾による悲劇だが、国王ルクセン・イルドネシアを始めとするイルドネシア国民全てがそれを知る由はない。優弥本人も同様で、知れば敵国の民とはいえ無実の者の命を奪ったことに嘆き悲しむのは間違いないだろう。


「何が起こった!? 直ちに調査、報告せよ!」


 ルクセンも執務室で爆発音を耳にはしていた。しかし軍の訓練程度にしか考えていなかった。大砲を使うとの報告は受けていなかったが、似たようなことがこれまでも度々あったからだ。


 そう思って気にもしていなかったが、今回は領島が一つ消えたという。地震が続いていたわけではないので、海底火山の影響とは考えにくい。


 執務室の窓から見えていた景色の中に確かにあったイルドア島が、今は面影すらなくなってしまっている。時折白波が立っているのは、わずかに岩礁が残っているからなのかも知れない。


 しかしそれから四日間が経過しても、調査は遅々として進まなかった。転機を迎えたのは五日後である。


「申し上げます!」


 ルクセンが大臣たちを集めて会議を行っていた時だった。メンバーの中には元皇后の姿もある。


「何事か!? 会議中であるぞ!」

「ミューポリシに向かった兵が帰還致しました!」


「何だと? まさかこんなに早くテヘローナを落としたというのか!?」

「いえ、兵が申しますには我が海軍は壊滅と」


「バカな! すぐにその兵をここに連れてこい!」

「ははっ!」


 そうして数人の帰還兵が会議室に通され、自分たちの身に起こったことをつまびらかに語った。


 ミューポリシが裏切り、ハセミガルド王国の国王より無条件降伏勧告がなされたこと。それに対し二回の砲撃で応えたこと。直後に港から物凄い勢いで何かが飛んできて、次々と味方の船が沈んでいったこと。


 そして旗艦ユグドレアが艦隊司令官ジョージ・フィリップスを乗せたまま爆沈したことなど。


「信じられん。叔母上……ウィロウ陛下、もしやこれは竜殺しの仕業では?」

「あり得ません。そこの兵が単に敗戦の言い訳をしているのでしょう」


「それこそあり得ないでしょう。今回出撃した戦艦は我が国が誇る最新鋭艦です。たとえミューポリシが裏切ったとしても、以前敗北した時とはまるで性能が違うのです」


「あの臆病者のスラハドルが我らを裏切るなど出来ようはずがありません。お前たち、戦が怖くなって逃げ帰ってきたのではありませんか!?」

「そ、そんな……誤解です! 艦隊は本当にわけの分からない攻撃に晒されて……」


「言い訳は結構です! 逃げ帰った者たちの首を刎ねなさい!」

「お、お待ちを! 皇后陛下!」


 間もなく、命からがら帰還した兵たち全員の首が刎ねられた。仲間を見捨てて逃げた代償と言うべきなのだろうか。


 そしてそれより三日後、一隻の蒸気船がイルドネシアの沖合いに姿を現すのだった。



――あとがき――

明日7/14(金)は更新お休みさせて頂きます。

7/15(土)から7/17(月)まで三日間連続更新します。

月曜日の更新で第五章が完結。次から第六章に入りますが、その前に二週間ほどお休みを頂きます。

お待たせすることになり申し訳ありませんが、リアル多忙につきご容赦下さい。

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