第十五話 中立義務違反

「なんだ、これは!?」


 ミューポリシ国王、スラハドル・ピレシウス・ミューポリシは、ハセミガルド王国から届けられたという抗議文書を見て怒声を上げた。事件発生の日時から考えて文書が届いたのは早過ぎると思われたが、属領のテヘローナを訪れていたとしたら辻褄が合わないわけでもない。


 何より封蠟ふうろうと文書に記されていた花押がどう見ても本物だったのである。それはハセミガルド王国がテヘローナ帝国を解体した際に交わした、ミューポリシが中立国であることを認める文書に押された物と寸分の違いもなかった。


 スラハドルに文書を手渡したのは家令スチュワードのヨハン・オルテウスである。


「ここに書かれていることは事実なのか?」

「警備隊長を呼んで確認致しましたが、誓って財布などなかったと申しておりました」


「宿の者か他の客が盗んだ可能性は?」

「宿改めでも見つからなかったとのことにございます」


「つまり、まんまと嵌められたわけだな?」

「と申されますと?」


「分からんか。財布など最初からなかったのだ。殺人事件の容疑者として連行するのを有耶無耶にされたということだ」

「な、なるほど」


「ウィロウ皇后陛下の庭師も子飼いの暗殺者も行方が分からないのだろう?」

「スネークマンとレオンでしたか。仰せの通りにございます」


「これを届けた者はどうした?」

「申し訳ございません。若い女でしたので油断しました」


「逃げられたということか」

「はい」


 ならばこの文書は間違いなくハセミガルドの国王からの物だとスラハドルは考えた。

 なお、抗議文の内容はこうだ。


『港湾国家ミューポリシ国王スラハドル・ピレシウス・ミューポリシ殿。


 この度我が国の商人が貴国を観光で訪れた際、身に覚えのない殺人事件の容疑者に仕立て上げられ、金貨二百枚が入った財布を盗まれたとの訴えがあった。


 まず殺人事件に関して、商人が入国したその日に発生したとのことだが、女性の護衛を二人しか伴っていなかったにも関わらず、五人の男が殺されたというのは相違ないだろうか。


 だとしたら我が国の民を疑うのは甚だ疑問である。しかも証拠すら示されず、朝の散歩から戻ったら宿泊していた部屋が荒らされ、いきなり警備隊に連行されそうになったとか。


 その上気づいたら財布がなくなっていたとのこと。どう考えても警備隊の対応は腑に落ちぬ。宿改めでも財布が見つからなかったとのことなので、疑わしきは警備隊である。


 金貨二百枚の窃盗は我が国では重罪、連座で三親等まで打ち首の刑となっている。即刻関わった警備隊全員の身柄を引き渡すか、さもなくば盗んだ財布を商人に返却されることを望む。


 これが成されなければ貴国を敵性国家と認定し、然るべき措置を講じる。


 まずは誠意ある回答を望む。


 ハセミガルド王国国王ユウヤ・アルタミール・ハセミ』


 スラハドルは文書をテーブルに放り投げた。


「で、五人の男は何をしようとしていたのだ?」

「商人がほぼ手ぶらで、我が国への来訪目的が商談と買い付けとのことで金を持っていると睨み……」


「襲って返り討ちにされたということか?」

「警備隊長はそのように申しておりました」


「待て、五人は何故入国したばかりの商人の目的を知っていた?」

「さあ、それは……」


「バカ者共め! 門兵頭と警備隊長を捕らえよ! 関わった門兵もだ!」

「陛下、それは……」


「これからテヘローナへ攻め込もうという時に余計なことをしてくれたものだ。ハセミの王は間違いなくテヘローナに来ている」

「はあ……」


「分からないのか? あの王は竜殺しと呼ばれているのだぞ」

「私は流言と聞いておりますが」


「流言なものか! あの戦でテヘローナ帝国がスタンノ共和国に送り込もうとしていた兵はおよそ二十万だ。しかし実際は先発の三万を失っただけで敗北。帝政は解体され属国属領は解放された」

「確かに腑に落ちませんな」


「皇帝が暗殺されたのが敗北の原因となっているが、皇太子も第二皇子も殺されている」

「はい。聞き及んでおります」


「特に皇太子は豪傑として名を馳せていた。皇帝が殺された直後だ。相当の警戒態勢が敷かれていたはずなのに、なぜ城内で皇太子まで殺されたと思う?」

「竜殺しが直接手を下したとお考えで?」


「竜殺しが本物だとすれば、奴はここにも乗り込んでくるぞ」

「まさか!」


「それに考えてもみろ。テヘローナへの侵攻は極秘事項、ウィロウ皇后陛下がイルドネシアに逃れたことも同様だ。なのにハセミの王がテヘローナに来ているということは……」

「情報が漏れていると?」


「あるいはスカーレット皇女、今はテヘローナ領主だったか。彼女と妹のオリビア殿下暗殺に失敗した可能性もある」

「確かに、報告も来ておりません」


「申し上げます!」


 その時、扉の向こう側から衛兵の声が聞こえた。現在は余程のことがない限り、誰もここに近づかないようにと命じてあったにも関わらずである。だとするとこの報告は聞かねばならない。


「何事か!?」

「沖合いに艦影多数!」


「来たか! 敵ではない。港に使者を出して混乱を防げ!」

「はっ! 直ちに!」


 衛兵の足音が遠ざかってから、スラハドルは頭を抱えた。ヨハンはそれを見て不思議そうに尋ねる。


「いかがなされましたか、陛下?」


「イルドネシアから兵がやってきた。我が国も軍備を整えている」

「合わせておよそ一万の軍勢でしたな」


「そうだ。しかし我が国は中立を宣言している。そんなところに竜殺しがきてみろ。中立義務違反は宣戦布告の理由としてこれ以上なく正当なものとなる」

「では、竜殺しの王を暗殺してしまえば」


「成功すると思うか?」

「いくら竜殺しと言えども百人の兵で取り囲めば造作もないことかと」


「百人で取り囲んでも同時に攻撃出来るのはせいぜい三人か四人だ。槍なら人数は増えるだろうが、それでも百人が一度に攻撃するのは不可能」

「ですが次から次へと仕掛ければ、さしもの竜殺しとて……」


「奴は過去に数千、数万の軍を退けたとの噂もある」

「あり得ません。それこそ流言でございましょう」


「そうとも言い切れんのだ。とにかく兵を揃えているところを見られるのはマズい」

「ですがイルドネシア軍と合流後は速やかに進軍を開始する手はずとなっております」


「奴が帰り、テヘローナから立ち去るまで侵攻は延期だ。イルドネシア軍は上陸させずに沖合いにて待機するよう伝令を出せ」

「ですが……」


「竜殺しがいなくなればテヘローナは簡単に落ちる。だが竜殺しがいれば我々に勝ち目はない。言う通りにせよ!」

「ぎょ、御意に」


 ヨハンは急に弱気になった主に不満を持ちながらも、命令に背くことは出来なかった。



――あとがき――

明日7/7(金)も一話更新予定です。

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