第十六話 国王来訪

「お館様、イルドネシアの船が現れました」

「そうか」

「ただ……」

「どうした?」


「小型船が伝令に行ってからだと思われますが、沖合いに停泊したまま兵が上陸する様子はなく、ミューポリシの兵も兵舎に籠もったままとなっております」


 ミューポリシの現状をいち早く伝えてきたのは、スカーレットの護衛から外れたメイリンだった。


 彼女はレオンの手裏剣を受けて深傷ふかでを負ったものの、魔王ティベリアの治癒魔法により傷は完治。体力が戻ったところで早々に任務に復帰していたのである。そこで与えられたのがミューポリシの沿岸監視だった。


 また、彼女はロッティから新たに十人隊長に任ぜられ、中堅六人と自身でスカウトした新人四人の配下を従えるようになっていた。それまでは自身も一介の中堅だったため、この抜擢は異例の出世とも言える。


 そして十人隊長は、優弥への直接報告が許されていた。


「だとするとすぐに侵攻はなさそうだな」

「お館様、何故そのようにお考えなのでしょう?」


「抗議文が効いたんだ。誠意ある回答を望むとは書いたが、方法は明記していない」

「それはつまり……」


「回答は送り先の指定がなく、直接するにもどこに来いとの指示もない。だからミューポリシの国王は俺がやってくると思ってるのさ」


「なるほど! そこで軍を見られて挙兵を疑われれば重大な中立義務違反!」

「そういうことだ」


 それから間もなく彼はロッティとイズナ、それにメイリンを伴ってミューポリシの国境より少し離れたところに設置した転送ゲートを通った。四人の他に四頭立ての豪華な馬車も同行する。御者はメイリンだ。


 今回はハセミガルド国王として正式に訪問することにした。本来なら先触れを出すべきところだが、相手には負い目があるため咎められることはないだろう。


 馬車が検問所に近づくと、門兵が数人駆け寄ってきた。そのうちの一人は責任者か何かのようで、着ている制服に飾りがある。ただ、以前いた門兵の姿は見当たらなかった。


「失礼。いずれの貴族様とお見受けするが、訪問の予定を聞いていない。どなたが参られた?」


「この馬車にはハセミガルド王国国王、ユウヤ・アルタミール・ハセミ陛下がお乗りです。速やかに通されると共に、ミューポリシ国王陛下に主の来訪を告げて下さい。予定された正式な訪問で、お忍びではありません」


「それはご無礼致した。だが先ほども申した通り、こちらにはその予定が知らされておらぬ故、間違いなくハセミ陛下と分かる何かを……」

「無礼者! 陛下ご本人であることの証を立てよと申されるのですか!?」


「も、申し訳ないが規則なので……」

「そこに直りなさい! 無礼討ちに致します!」


「あ、いや、その……」

「待て、メイリン」

「はっ!」


 キャビンの扉が開き、ロッティとイズナが先に降りて優弥が続く。もちろんこのやり取りは、他国の国王が来たことを印象づけるための芝居だ。お陰で検問待ちをしていた他の者たちもすぐに平伏していた。


「門兵殿は職務に忠実なのだ。そのようなちゅうの者を無礼討ちにしてはならん」

「はっ! 申し訳ございません!」


「さて、がハセミガルド国王であることの証を立てればよいのだな?」


「お、恐れ入りますが……」

「これでよいか?」


 差し出されたのは彼の名が刻まれた金属プレートである。名入りのプレートは木製でも金属製でも、この世界では何よりも強力な身分証明となる。何故なら偽造が発覚すると一族はおろか郎党までもが斬首、家は取り潰されるからだ。


「本物……! ご、ご無礼を申しました! 平に、平にご容赦を!」

「構わん。では通らせてもらうぞ」


「お待ち下さい。すぐに城に伝令を走らせます。陛下のご来訪とあれば、間もなく城より迎えの者が参るはずですので、それまでどうか」


 他国の王の正式な訪問なら迎えが来るのは至極当然である。検問所で引き留めた上に護衛もつけず素通りさせたとあっては、斬首刑となる可能性が高い。


「そうか。では馬車の中で待たせてもらおう」

「何かお飲み物をお出し致しますので、よろしければ詰め所に……」


「好意はありがたいが、余の立場ではそれを受け取るわけにはいかんのだ」

「はっ……さ、差し出がましいことを申しました!」


「構わんよ。迎えが来たら御者に伝えてくれ」

「ははっ!」


 ミューポリシの首都ピレシウスは港湾国家という性質上、横には広いが奥行きはそれほどでもない。国境の検問所から王城まで徒歩で二時間もあれば着いてしまう。まして城への伝令も迎えに来る騎士も馬車を引いているわけではないので、それほど待たされることはなかった。


「ハセミガルド王国国王、ユウヤ・アルタミール・ハセミ陛下、ポリシ城よりお迎えに参上致しました!」

「うむ。では案内致せ」

「「「「ははっ!」」」」


 騎士は八人、急な訪問にも関わらず十分な人数を揃えたと言える。つまりミューポリシの王は彼を見下してはいないということだ。


(ま、中立義務違反がバレないようにしたいだけだろうけどな)


 ところがどうやらそれだけではなかった。城まであと三十分ほどというところに来て、沿道に人が集まり始めていたのである。彼らは和やかに手を振り、歓迎の声を上げていたのだ。


「ハセミ陛下ぁー!!」

「ようこそー!!」


 おそらく付近の住民に彼の来訪を告げて、声援を送るようにとの布令ふれが出されたのだろう。わずかな時間しかなかったので少々見劣りのする人数ではあったが、突然の訪問ということを鑑みればむしろ十分過ぎるとも言えた。


 国王本人の仕業か、あるいは臣下の手柄なのか。とにかくキャビンのカーテンを開いて彼は声援に応えるように手を振った。


 騎兵に先導された馬車が城門に近づくと、今度はズラリと横に並んだ衛兵たちが出迎える。そこで馬車を停めて、城まで敷かれた赤絨毯に足を置いた。ロッティとイズナは絨毯から外れて彼の脇に並ぶ。


「ユウヤ・アルタミール・ハセミ陛下、遠路はるばるようこそお越し下されました」


 彼を出迎えたのは、港湾国家ミューポリシの王、スラハドル・ピレシウス・ミューポリシ本人だった。

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