第十三話 刺客

(あの方、様子が変です)


 ハセミガルド王国テヘローナ領のバール城には、かつての第七皇女であり現領主、スカーレット・テヘローナの居室がある。同様に元第八皇女オリビア・テヘローナも副領主として城に住んでいる。


 そのスカーレットが先日襲われて深傷ふかでを負わされた経緯から、ロッティ配下のメイリンとケイティが使用人に扮して彼女の警護に当たっていた。


 メイリンが城内の見回りをしていた時、燕尾服タキシードを着た執事を見かけたのだが、その彼を見て不審に思ったのである。彼女はすぐにスカーレットが休んでいる部屋に戻った。


「ケイティ、急いでスカーレット様を連れてお館様の許に行って下さい」

「何があったのです?」


「スカーレット様、城内に怪しい者が入り込んでおります。一見執事のようですが私には見覚えがございません」

「メイリンはどうするの?」


「彼を見張ります。ただ、戦闘になると勝ち目はないかも知れません」

「だったらメイリンも一緒にお館様のところに……」

「敵、なのですね?」


「間違いなく。スカーレット様、早く行って下さい」

「オリビアはどうするのです?」


「私がお守り致します」

「ですが勝ち目はないと……」


「お館様が来て下さるまでの時間は稼ぎます。それに私に気づけばオリビア様より先に私を何とかしようと考えるはずです」

「分かった。すぐにお館様に来て頂くから、絶対に無理しちゃダメよ」


「ええ、もちろん。捕まったら抵抗せず、お館様が助けに来て下さるのをじっと待つわ」


「絶対よ。スカーレット様、こちらに」

「はい」


 ケイティがこの部屋に設置されている転送ゲートを起動する。優弥がミューポリシに向かったことは分かっていたので、ひとまずソフーラ城に行けば連絡は取れるだろう。タイミングが合えば城に戻っている可能性もある。


「メイリン、くれぐれも」

「ええ……早く行って! 彼が来るわ!」


「スカーレット殿、お覚悟!」


 いきなり部屋の扉が乱暴に開かれたかと思うと、侵入者の行動は早かった。転送ゲートの光に包まれた二人に異変を感じたのか、すぐさま手裏剣を放ったのである。


 その射線はスカーレットの眉間と喉を的確に捉えていた。

(間に合わない!)


 反射的にメイリンがスカーレットの前に飛び込む。ドスドスっと鈍い音が聞こえたのと、二人の姿が転送ゲートによって消えたのは同時だった。


「メイリン! メイリン!」


 ケイティが悲痛な叫び声を上げたが、メイリンの耳に届くことはなかった。



◆◇◆◇



「お館様! お館様!!」


 転送ゲートでソフーラ城に到着したケイティは、同じくミューポリシから戻ったばかりの優弥を見つけてすぐさまひざまずいた。


「何事ですか、ケイティ!」

「ロッティ様、メイリンが……メイリンが……」


「そこにいるのはスカーレットか。何があった!?」

「私を殺そうと賊が侵入し、メイリン殿が身代わりに……」

「何だと!?」


「申し訳ございません、お館様! 転送ゲート起動直後に部屋に押し入られ、メイリンを残してくることに……」

「賊の放ったナイフのような物から私を庇うためにメイリン殿が……」


「ロッティ、スカーレットを頼む。イズナ、ついてこい!」

「はっ!」

「お館様! 私も!」


「ケイティ、分をわきまえなさい!」

「ロッティ様、ですが……分かりました……」


 対処出来ずにこの場に避難してきたことでケイティが責められることはない。スカーレットの身を守ったのも賞賛に値する。だがそれは同時に、現場に戻っても彼女が足手まといにしかならないという事実を物語っていた。


 彼は自身のDEF防御力を最大にし、イズナには敵対結界を張って急襲に備える。結界の中からは彼女も攻撃出来ないので、まずはメイリンを助けるように指示を出した。


「行くぞ」

「はっ!」


 転送ゲートが起動し二人を包んだ光が晴れるか否かという時、突然手裏剣が飛んできた。むろん、それらは甲高い金属音と共に弾き返される。


「むっ!? お前さんは……?」


「イズナ、メイリンは!?」

「大丈夫です。急所は外れてます!」


「アンタ、刺客だったのか」


 目の前の手裏剣を飛ばしてきた男、それはスイフタン王国のレーンズヒルでニジマースの料理を不味くしたレオンだった。


「やはりあの時の御大身殿か。それにしても元皇女殿下ともう一人は? てっきり隠密の類の魔法が切れて戻ってきたのかと思ったんだが」


「ああ、あの二人なら我が城にいる」

「我が城? どこのだい?」


「ハセミガルド王国の王城だよ」

「ハセミガルド……ま、まさか……!?」

「竜殺しとはのことだ」


「なるほど、手裏剣が弾かれたのはそういうことか。なあ、一つ相談なんだが」

「ふむ。一応聞いてやろう」


「御大身殿……竜殺しが相手では私に勝ち目はない。これでも力の差は分かっているつもりだ」

「ほう?」


「私はこの件から手を引こう。それで手打ちにしてくれないか?」

「アンタは誰の差し金でここに? 元皇后ウィロウ・テヘローナか?」


「そうだ。戻って陛下に伝えよう。竜殺しに手出しは無用。帝国再建は諦めた方がいいってな」

「それで引き下がると思うか?」


「さあね。そこまでは何とも」

「他に言い残すことはあるか?」


「他に……言い残すことって、おい!?」


「レオン、アンタは三つの罪を犯した。一つ目はスカーレットを襲い、配下のメイリンを傷つけたこと」

「だからそれは……!」


「二つ目は余に手裏剣を投げつけたこと」

「悪かった。謝るよ」


「三つ目はせっかくの料理を不味くしたことだ」

「はあ? 何を言って……」


「殺そうとした相手が敵わないと分かったら手討ちにしろだと? ふざけるな!!」

「ま、待て、待ってくれ! 私には故郷に妻と幼い子供が二人もいるんだ。私が帰らなければ家族は……」


 そう言って部屋の外に逃げ出そうとしたレオンだったが、見えない壁に弾かれて尻餅をついていた。


「無駄だ、逃がすわけがないだろう?」

「ちょ、ちょっと待てって」


「余がどのようにしてドラゴンを倒したか知りたくはないか?」


 言いながら彼はレオンの胸ぐらを掴んで無理矢理に立ち上がらせる。


「俺は身内を傷つけた者を許すことはないんだ。しかし幸いにしてスカーレットは無事でメイリンも死んではいない」

「そ、そうだよな。なら私も……」


「だからアンタにはチャンスをやろう。余の一撃に耐えれば逃がしてやる」

「へ?」


「ドラゴンを倒した一撃だがな」


「ちょ、え? いや、そんなの無理だって!」

「安心しろ、裏拳一発だ」

「う、裏拳て……」


「耐えて見せよ!」

「ひっ!!」


 STR力強さ5千万を乗せた優弥の裏拳がレオンの頬に当たった瞬間、彼の頭は跡形もなく吹き飛んでいた。それを目の当たりにしたイズナは目を見開き、初めて自らの主に畏れを抱く。


 レオンの死体を投げ捨てた彼は、無言のままメイリンを抱きかかえて転送ゲートの設置場所に戻った。


「イズナ、帰るぞ」

「は……はっ!」


 ゲートが発する光が消えると、部屋は静寂のみが支配するのだった。

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