第十二話 宿改め

「お館様、何者かに侵入されたようです」

「そのようだな」


 昨夜は三人とも転送ゲートでソフーラ城に戻っていた。そして翌朝になってチェックアウトの時間を見計らい、こちらに戻ってきたところである。


 レーンズヒルで宿泊したコテリビエと違い、この宿は素泊まりでの利用だった。食事も宿泊も城で済ませ、単に転送ゲートを使う際のカモフラージュとして使うだけのつもりだったからだ。


 ところが深夜か早朝かは分からないが、利用した二室共に侵入者の痕跡があった。隠すつもりもなかったようで、宿泊客が自分で敷くために重ねられていた布団すら無造作に投げ散らかされていたほどである。


「とりあえずチェックアウトするか」

「そうしましょう」


 文句の一つも言わなければ気が済まないところだったが、転送ゲートを撤去してから清算のためにフロントに向かう。そこで部屋番号を告げると、受付の女性が驚いたように目を見開いた。


「あ、あの、ユーヤン様ご一行で間違いはございませんでしょうか?」

「間違いない」

「しょ、少々お待ち下さい!」


 しかし女性は奥に引っ込んだまま、なかなか戻ってこない。その間にもチェックアウト待ちの宿泊客が後ろに列を作り始め、一向に清算が進まない状況に苛立っているのが雰囲気で伝わってきた。


 そうして十分以上待たされたところで、奥ではなく宿の入り口側から警備隊五人が受付嬢を伴って入ってきた。彼女が先頭の隊長らしき男に優弥たちを指差しながら小声で何やら囁くと、警備隊は三人を取り囲んだ。


 受付嬢は奥から出てきた支配人らしき男の指示で、並んでいた客たちを別のカウンターに案内して清算を始めようとした。ところが彼らはそちらに移動することなく、事の成り行きを見守るつもりのようだ。


「商人のユーヤン、護衛のロッティとイズナだな?」

「そうですけど?」

「お前たち、今までどこにいた?」


(なるほど、侵入者はコイツらだったか)


「朝の散歩です。問題ありましたでしょうか?」

「嘘を言うな! 昨夜から見張りを立てていたが、お前たちが外出したという報告は上がっていない!」


「優秀な警備隊の方でも見落としはございますでしょう」

「常に四人で見張っていたのだ。見落としなどない!」


「そのように言われましても。私たちが何かしましたでしょうか?」

「昨夜近くの林で五人の男が死体で発見された。お前たちには殺人の容疑がかかっている!」


 野次馬たちがどよめいたのも無理はない。何か面白そうなことが起こりそうだと期待していたら、目の前にいたのが殺人の容疑者だったからだ。


 だが、優弥は微笑みを絶やさずに応えた。


「ご覧の通り私はそこそこ体は大きいものの、連れは若い女性二人のみです。彼女たちは確かに護衛として雇っておりますが、男性五人を相手にして無傷でいられるとお思いですか?」

「黙れ! 言い訳は詰め所で聞く!」


「そう言われましても。それに我々は昨日初めてこの国を訪れたのです。人を殺す理由がありません」


「うるさい! 構わん、縄を打て!」

「「「「はっ!」」」」


 ところがここで優弥がキレて警備隊員を殴り飛ばした。ロッティとイズナも同様だ。


「抵抗するか!」


「いい加減にしろ! ならば聞くが、昨夜起きたばかりの殺人事件でどうしていきなり俺たちを見張ったり部屋をかき回したりした!? その殺された五人は俺たちを襲うのが目的で、ソイツらとアンタらが繋がっていたと見るのが自然なんだがな。皆はどう思う?」


 野次馬たちも彼の言葉で警備隊に不信感を持ったようだ。


「聞いてくれ! 俺たちが散歩から帰ってくると部屋が荒らされ、金貨二百枚が入った財布が消えていたんだ! 最初は手癖の悪い宿の従業員が犯人だと思って抗議するつもりだったが、どうやらコイツらの……」


 もちろんただの言いがかりだ。財布など無くなってはいない。


「ま、待て! 何の話をしている!?」


「おいおい、マジかよ」

「警備隊がそんなことを?」

「いや、いつも横柄な態度だし、コイツらならやりかねんぞ」


「き、貴様ら、黙れ!」


 そこで優弥は警備隊長の胸ぐらを掴んで捻じ上げた。


「財布返せよ」

「お前たち、財布なんかあったか!?」

「「「「ありませんでした!」」」」


「この国ではどうか知らんが、俺の国では金貨十枚を盗むと縛り首、百枚以上は連座で三親等まで打ち首なんだ。だが全て返せば腕の骨一本で済むぞ」

 当然これもハッタリである。


「知らん! 我らは財布など知らん!」

「あくまでしらを切るなら帰国後に相応の手段で厳重に抗議させてもらうがいいんだな? アンタ一人の首だけで済むとは思うなよ」


「知らんと言っている! 宿の者か宿泊客が盗ったのではないのか!?」

「ノクター様、それはあんまりです!」


 どうやら警備隊長の名はノクターというらしい。彼に文句を言っているのは先ほど受付嬢に指示を出していた男、やはり宿の支配人のようだ。


 彼らのやり取りを聞いた野次馬たちが一斉に自分の荷物を確認し始める。中にはチェックアウト前の客もいたようで、慌てて部屋に戻る姿がいくつかあった。


「我々には覚えがないのだ。だとすれば犯人は宿の者か他の宿泊客と考えるしかないだろう。今から誰一人外に出すな!」

「の、ノクター様!?」


「支配人リベル、全ての従業員と客に伝えろ。宿改めを行う! お前たちは近くにいる警備隊員を集めてこい!」

「「「「はっ!」」」」


「ま、待って下さい! そんなことをされたら宿の信用が……」

「宿の信用と外国からの抗議とどちらが大事だと思っている!? 商人ユーヤン、少々時間を取らせるが構わんな?」


「財布が戻ってくるならな」

 戻ってくるわけがない。


 だが、これで詰め所に連行されることもなく、立場を入れ替えることに成功した。詰め所に行けば拷問は避けられなかっただろうし、優弥本人はともかくロッティとイズナが痛めつけられれば黙っていられる自信がなかったのである。


 最悪の場合詰め所は壊滅、警備隊は皆殺しにされる可能性もあったということだ。


 しかしこの状況なら、後でハセミガルド王国からミューポリシ宛に抗議文を届けるだけで済む。そうすれば破落戸ごろつきと癒着していた警備隊長らは終わりだろうし、関わったと見られる門兵も芋づる式に罰せられるだろう。


 むろんミューポリシがまともに抗議を受け入れればの話ではあるが、無視したら軍艦を一隻か二隻沈めて脅せばいい。もっともそれだと周辺国からの信用を失ってしまい、貿易に支障を来すことになるので受け入れるしかないはずだ。


 港湾国家はその性質上、周辺国との貿易なしには存続出来ないのである。


 結局この後大掛かりな宿改めが行われたが、財布を見つけられなかった警備隊と客の信用を失った宿の支配人ががっくりと肩を落としただけだった。こうして殺人事件は有耶無耶になったのである。

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