第十一話 潜入、ミューポリシ

「お館様、あのレオンと名乗った男、殺しますか?」

「いや、放っておけ。必要ならその時に命じる」


 イズナに任せておけば問題なく処理されるとは思うが、レオンの正体が分からない以上、下手に動くのは得策ではない。


 ミューポリシから来たということは十中八九味方ではないだろうが、現段階で敵認定するのは早計である。それにスカーレットには護衛をつけているので、レオンが刺客だったとしても返り討ちに出来るはずだ。


 ただ、せっかくの夕食が不味くなったのは頂けなかった。

(まあ、小金貨十枚はその詫びといったところか)


 翌朝、三人は朝食を済ませて宿を出たが、レオンと再会することはなかった。


 ミューポリシに到着したのは翌日の昼過ぎで、そのまま国境検問所から延びる入国手続きの列に加わる。ただし、さすがに優弥は本名を名乗るわけにはいかなかったので、ここではユーヤンと偽名を使うことにした。


「商人のユーヤンと護衛のロッティ、イズナの三人だな?」

「はい」


「商人のわりには荷物がないようだが?」

「今回は商談と買い付けで参りました」


「訪問先は?」

「特に決めておりません。初めてこの国に来ましたので、いくつか商会を回ろうと思っております」


「いいだろう。入国税は一人小金貨一枚だ」

「スイフタン王国の小金貨でもよろしいですか?」

「構わん」


 三人分の小金貨三枚を支払ってはがきサイズの入国許可証を受け取る。この許可証の有効期限は一週間で、さらに小金貨一枚で一週間の延長。長期滞在を希望する場合は半年ごとに金貨一枚を支払えばいいとのことだった。


 むろん、滞在中は都度検問を受けなければならないものの出入国は自由だ。すでに許可証を所持している者専用の門が別に設置されているため、検問所の長い列に並ぶ必要もない。


 なお、入国許可証を無くした場合は再度入国税を支払わなければならないので、彼はロッティたちの分も預かって無限クローゼットに放り込んだ。目的は転送ゲートの設置だから長居するつもりはなかったが、出国時には入国許可証を返却しなければならない。


 そのまま返却せず転送ゲートで帰ると面倒事になりそうな予感がしたため、ひとまず情報収集を兼ねて彼は港湾国家を散策してみることにした。


「お館様、宿はいかが致しましょう?」

「そうだな。夜は城に戻るとしても、宿を取っておいた方が怪しまれずに済むだろう」


「場所のご指定はございますか?」

「沖合いの軍艦というのを見てみたい。出来れば港に近いところで頼む」

「はっ!」


 イズナと別れて間もなく、ロッティが腕を絡めて耳元で囁いた。


「お館様、つけられてます」

「何人だ?」


「三人、イズナの方には二人向かったようです」

「イズナは気づいているか?」

「はい、問題ありません」


「無駄ないざこざは避けたいが、何者だろうな」


「元皇后を追ってきたことに気付いているとは思えませんので、余所者を狙った破落戸ごろつきの類いではないかと」


「下らん。情報源は門兵か」

「おそらくは」


 手ぶらの商人が商談と買い付けに来たとなれば、それなりに大金を持っていると考えても不思議ではない。しかも決まった訪問先はなく、護衛も若い女性二人だけだ。つまり金を奪って殺しても、遺体がなければ捜索すらされないということである。


「捕らえて警備隊に突き出すか」


「門兵が関わっているとなると警備隊も当てには出来ません。有耶無耶にされる可能性もございます」

「そうだな。最悪はるしかないか」


 ミューポリシの治安がどういう状況なのかは分かっていないが、少なくともいいとは言えないだろう。まして国外から来た商人を襲うとなれば、放っておくなどという選択肢などないのだ。


 加えて相手次第ではあるものの、殺しに来るのなら生かして捕らえる必要もない。捕らえて背後関係を探るような、他国の治安維持に協力する義理もないというものだ。


 それにミューポリシは元皇后が海の向こうに逃げるのを手助けした疑いがあり、いわゆる仮想敵と言っても過言ではないのである。


 それからしばらくして、漁港に面した宿の手配を済ませたイズナが戻ってきた。確保した二室からはいずれも海が望めるとのこと。


「お館様の仰られた軍艦まで桟橋さんばしで渡れるようです。ただし許可がないと近寄ることも出来ません」

「どうすれば許可が取れる?」


「一般人や外国人にはまず許可が下りないとのことでした。下りる場合も国レベルでの申請が必要で、莫大な額の申請料を納めなければならないとか」


「無理、ということだな」

「申し訳ありません」

「いや、そういうことなら仕方がないさ」


 部外者は桟橋の百メートル以内に入ることは出来ず、昼夜を問わず軍が警備しているので忍び込むのも難しい。もっともそれなら戦闘になった際でも、追尾投擲の流れ弾被害を懸念する必要はなさそうだ。


 もしイルドネシア軍とミューポリシ軍が手を組んで攻めてきても、艦砲の餌食になるような軍隊を送らなければいいだけである。ところが元皇后が帝国再興を目論むなら陸戦は避けられない。


 つまりイルドネシア軍の上陸前に洋上で艦を沈めれば、彼らの侵攻を防ぐことも可能なのだ。地の利はこちらにこそある。


「終わればイルドネシアに乗り込んで元皇后の粛清だな」

「お館様、その際には是非このイズナも同行の許可を頂きたく存じます」


「元皇后がのこのこ軍艦に乗ってやってくることはないだろうから、その時は連れていってやろう」

「両国と戦争になった場合、処分はどうなさるおつもりですか?」


「双方の王は処刑する。まともな王子か王女がいれば自治を任せて終わりにしたいが、いなければ属国にするしかないだろう。基本的に男の王族は北のハセミ領にある鉱山送りだな」

「実質死刑……」


 ロッティの問いに対する優弥の答えを聞いて、わずかだがイズナの顔から血の気が引いたように見えた。任務に支障を来すことはないだろうが、彼女は寒さが苦手のようである。


「さて、ではその前に破落戸を何とかしようか」


「でしたらお館様、先ほど宿を探しに行く途中にちょうどいい林がありました」

「林か」


「川沿いで人の手が入っているようには見えませんでしたので」

「ロッティ、奴らはついてきているな?」


「はい。イズナ殿を追っていた二人と合流して、五人になってます」


「イズナ、案内を頼む」

「はっ!」


 それから間もなく、川沿いの林から五人の男のうめき声が聞こえたが、それに気づいた者は周囲に一人もいなかった。



――あとがき――

明日6/28(水)は更新お休みです。

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