第九話 港湾国家ミューポリシ
スネークマンを討ち取ってすぐに、優弥は皇后に与えた部屋を訪れた。だが、結果はもぬけの殻。密偵の監視を掻い
「お館様、申し訳ございません。この責は全て私たち三人にございます」
「いや、ロッティ、ミリーとイザベルも。俺が油断していただけだ」
「いえ、お館様の意を汲めず、みすみす逃がしたのは我ら三人の未熟さ故と心得ます」
「ならば元皇后を追え。スネークマンの言ったことが気になる」
彼は船を待たせていると言った。それはおそらくどこかの河川に、ということだろう。だが問題は船の行き先だ。
現在のゼノアス大陸は、旧テヘローナ帝国の滅亡によりアスレア帝国が最大の国家となっている。他は大小あれど王国や公国などが治めているが、いずれの国もテヘローナ帝国のように他国をまとめ上げるほどの力はない。
だとすれば考えられるのは――
「スカーレット、港が栄えている国はあるのか?」
「港湾国家ミューポリシがあります」
「港湾国家?」
「南の海岸線の大部分を治めている国です。中立を謳い、父上も敵に回すと海洋資源が得られなくなるとの理由で侵攻はしませんでした」
ミューポリシの首都を含む主要な都市は全て港付近にあり、常に数十メートル沖合いに大砲を積んだ軍艦を何隻も停泊させている。つまり陸側から攻め込めば確実に艦砲の餌食になるということだった。
そのため彼は、皇帝が侵攻しなかったのは海洋資源云々が実は建前で、洋上艦に対する攻撃手段がなかったのではないかと考えていた。
「中立だが非武装ではないということか」
「はい」
「しかしそれだと自国の都市を破壊することになるんじゃないのか?」
「元々海洋民族ですので、地上の施設に執着はないそうです」
「なるほど。だが艦砲と言っても鉄の塊を飛ばすだけなら地上相手に大して被害を与えられないのでは?」
「いえ。私もあまり理解出来ているわけではありませんが、なんでも着弾で破裂し、飛び散った砲弾の破片が燃え上がる魔法弾が使われているとか」
「それはかなり脅威だな」
「射程も数キロとのことですので、知られずに攻め込まない限り、自国の都市を破壊してしまう心配もほとんどないそうです」
「そういうことか。他国への侵略は難しいだろうが、自国の防衛はほぼ確実。それ故の中立というわけだ」
「過去には海の向こうから攻めてきた相手を撃退したとの噂もあります」
「何だと!? 海の向こうから!?」
「あくまで噂です。私が知っているのは、南の海の向こうにいくつもの島が集まって出来た海洋国家イルドネシアがあり、鉄の船もあるほど造船技術が進んでいるのだとか」
彼はかつてレイブンクロー大帝国が魔法国アルタミラに、大艦隊で攻め込んできた時のことを思い出していた。あの時は早々に軍港を占拠され、ワイバーン部隊の火炎玉で首都エブタリアを破壊し尽くされたのだ。
火のない所に煙は立たない。ましてや他国が海の向こうから攻め込んできたなどという突拍子のない噂など、根拠もなく立つとは考えにくいのである。
「ロッティ、裏取りを頼む」
「はっ!」
その後の調査で驚くべき事実が発覚した。元テヘローナ帝国皇后ウィロウ・テヘローナの出身がイルドネシアだというのである。
当然スカーレットはそのことを知っていたが、まさか本件の黒幕が元皇后だとは思いもしなかったし、そのくらいのことはすでに調査済みと考えていたらしい。
ロッティに裏取りを命じてから五日後、彼女の報告により判明した事実だった。
余談だがスカーレットの母親は第五皇妃なので、今回の件には関わっていない。だからと言って修道院送りが変わることはなかったが。
「つまり何らかの理由で、テヘローナの皇帝がイルドネシアの姫を娶ったということか」
「ミューポリシに侵攻するために秘密同盟を結んだ可能性もあるかと」
「ああ、なるほど。それでイルドネシアが攻め込んできたのか」
「そう考えるのが妥当かと思います」
「すると元皇后ウィロウが向かったのはイルドネシアと見て間違いないな」
「お館様、そのことですが……」
「どうした、ロッティ?」
「どうやら元皇后はすでにミューポリシから船で旅立ったようで」
「なに!?」
「配下の報告によりますと、彼女たちがミューポリシに到着した前日に元皇后を乗せた船が出航していたとのことにございます」
スネークマンは船を待たせていると言っていたが、おそらく彼が予定していた日程で戻らなかったため、元皇后は逃亡を図ったということだろう。ここまで後手に回らせられると、さすがに苛立ってくるというものである。
「向かった先はやはりイルドネシアか?」
「はい。その日に出航した船が掲げていたのは、海の向こうにある海洋国家のものだったそうです」
「ミューポリシはイルドネシアを撃退しただけでなく、その後に交流を持っていたということか」
「元帝国内に流通していた海産物には、ミューポリシ近海では獲れないような物も多かったとのことでした」
「ロッティ、ミューポリシまでは何日かかる?」
「通常の馬車を乗り継ぎますと四日程度かかります」
「俺とお前なら?」
「二日あれば到着可能かと」
「そうか……イズナ同行でも同じか?」
「イズナ殿ですか? 彼女なら可能でしょう」
「よし、ではイズナも同行させよう」
「彼女の配下はいかが致しますか?」
「そうだな、鬼ごっこの続きをやってもらおうか」
「続き?」
「五人で
「無制限に、ということでしょうか?」
「そうだ。退場が最も少ない者を筆頭に据える」
「暗殺部隊の筆頭……?」
「いや、イズナ配下の筆頭だ」
全員がイズナより年上とは言え、新人に暗殺部隊の筆頭は荷が重過ぎる。だから彼はあくまでイズナの配下の地位とした。
「かしこまりました。出立までどのくらいの時間を頂けますでしょうか?」
「元皇后がいないのだから慌てなくて構わん。出立は明日でいい」
「ではイズナと配下にはそのように伝えます」
「今回はミューポリシに転送ゲートを設置するために行くだけだが、状況によっては別命を下す可能性もある。イズナにはそれも伝えておいてくれ」
「はっ!」
元皇后はおそらく、イルドネシアから軍を率いて戻ってくると見て間違いないだろう。むろんそれなら返り討ちにするだけだ。
ただし
さらにあの時は敵しかいなかったからよかったが、イルドネシアがミューポリシと通じているなら、港を侵略することなく使用出来る。つまり住民は避難する必要がないため、たとえ威力を抑えた隕石弾でも確実に住民を巻き込んでしまうのだ。
そのためイルドネシアが侵攻してきた場合は海上で艦隊を殲滅するしかないし、出来るなら艦砲の射程外にいるうちに仕留めてしまいたい。転送ゲートはミューポリシを監視する密偵が迅速に情報を伝えるための通り道なのである。
(しかし鉄の船か。規模は分からんが、大型なら蒸気機関でも積んでるのか? もう少し遅れた文明かと思っていたが……)
そして翌日、彼はロッティとイズナを伴ってミューポリシへと旅立つのであった。
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