第八話 元皇后の行方
「お館様、後宮は大混乱に陥っております」
イズナ一派が仕留めた第四皇妃と女官や宮女は合わせて七人だった。その全員が喉を射抜かれた形で中庭に遺体を並べられていたのである。
それを見た他の宮女たちは半狂乱状態で、後宮から逃げ出そうとする者もいたが優弥は許さなかった。なお、七人が殺された理由は一切公表されていない。後宮内の恐怖を煽るためである。
「騒いでいないのは?」
「第八、十一、十二皇妃です。三人とも部屋に籠もりきりで出てこようとしません」
「その三人は黒か?」
「はい。間違いなく」
「皇后の様子は?」
「申し訳ありません。守りが堅く……」
「だが限りなく黒に近いんだな?」
「はい」
イズナと五人の配下は驚くべき成長を遂げていた。ハセミ三人衆の配下が手こずっていた反逆者の情報を、第四皇妃暗殺の傍らに集めていたのである。
まだまだ本家とも言えるロッティたち三人には及ばないだろうが、元皇后も怪しいと突き止めた手腕は賞賛に値するものだった。何故なら皇妃と比べて彼女の守りは格段に固かったからだ。
一方スカーレットの容態はというと、脇腹を刺されて重傷ではあったが、城内に治癒魔法の使い手がいたため傷はすでに癒えている。ただかなり出血したせいで政務復帰までは数日かかるとのことだった。
未だ病室で横たわったままではあったが、意識はハッキリとしており会話も短時間なら問題ないそうだ。
「ハセミ陛下、申し訳ございません」
「いや、こうなることは予想出来たのに
「いえ、護衛をつけて下さるとのお申し出をお断りしたのは私の落ち度です。そのせいでアダムとディランが……」
「護衛騎士だったか。身を挺して其方を守ったのだ。丁重に弔ってやるがよかろう」
「はい、ありがとうございます」
「して、襲ってきた者に心当たりはあるか?」
「ございません。最後まで無言でこちらの問いには一切答えず……」
襲撃者が暗殺に失敗したのは、護衛騎士が自身を犠牲にしてまで致命傷を負わせたからだった。即死ではなかったが、
「それでお兄様のことは……?」
「元第三皇子は知っていた」
「では……」
「すでに首を刎ねた。他の者たちは尋問中だ」
「そうですか」
「どうやら処分が
「そんな……全員……」
「むろん反逆の企てに乗った者は死罪だ」
「ですが陛下、何も知らず大人しくしていた者もおります!」
「本来ならば其方も含め、敗戦国の皇族は全員処刑するところを命までは取らずにおいたのだ。それなのにテヘローナ一族から余を欺く者が出た。皆殺しにされないだけマシと思ってもらいたいものだ」
「そう……ですね……」
皇妃の誰かが反逆を企て自分の命まで狙ってきたせいで、関係のない兄弟姉妹までが罰を受けることとなってしまった。その事実にスカーレットは意気消沈したが、国王の決定に逆らえるはずがない。
無力さを思い知らされてさらに俯く彼女だったが、そこに飛び込んできた報告はさらに驚かされるばかりだった。
「陛下、シアとレイラが!」
「イズナ、何があった!?」
「敵の
「相手は何人だ!?」
「一人ですが、かなりの手練れと思われます!」
「ほう、これはこれは……」
背後から楽しそうな声で囁かれたイズナは、咄嗟に
「お館様、この男です!」
「お館様と言われましたか。するとそちらが有名な竜殺し、ハセミガルドの国王陛下ですね」
「あ、貴方はスネークマン!?」
「お久しぶりにございます、スカーレット殿下」
「スカーレット、知っているのか?」
「この者は皇后陛下の庭師です」
「イズナ、下がれ」
「はっ!」
おや、と彼は思った。イズナの気性からして一言反論がくると思っていたからである。配下をやられ、一度は捕り逃がした相手を前にして素直に引き下がるとは思っていなかったのだ。しかし彼女はすんなりと命令に従い彼の後ろに回った。
(成長したということか)
「元皇后が反逆に加担していたのは間違いなさそうだな」
「私は政治的なことはよく存じ上げませんので」
イズナがスカーレットを庇うような位置を取る。
「おや、ハセミガルドの密偵は主を守らず盾にするのですか」
「勘違いするな。イズナは余の命に従ったに過ぎん」
「なるほど。では国王陛下が私の相手をして下さると?」
次の瞬間スネークマンが立て続けに手裏剣を放つ。だが、目にも留まらぬ速さで投げられた手裏剣は、無機質な音と共に優弥の足元に転がっていた。
「ほう、実践で使われた手裏剣を見たのは初めてだ」
「な、なぜ……!?」
彼は拾った手裏剣をスネークマンに投げ付けたが、彼はギリギリでそれを躱す。追尾投擲はわざと使わなかった。
「今のを避けるか」
「ふん! 竜殺しと言えどただの人間。私の敵ではありません」
「貴方ほどの手練れがお館様の実力を知らないのですか?」
「もちろん竜殺しの噂は聞いていますとも。ただ、私自身の目で見たわけではありませんので」
「あー、スネークマンだったか」
「何でしょう、陛下。命乞い以外ならお聞きしますよ」
「いや、命乞いなどはせんが、今のお前の言葉な」
「私の言葉?」
「自分の目で見てないってヤツ、フラグだぞ」
「ふ……らぐ? 何ですか、それは?」
「俺にそう言って、生き残っている者はいないって意味だ」
「なるほど、ただの脅しですか」
「いや、そういうわけではないんだが。そうだ、一つ教えてくれ」
「教えられることでしたらお答えしましょう」
「お前は元皇后の庭番だ。さっきは惚けたが元皇后が反旗を翻したのは明白。だがこちらに確信を与えたのもお前の存在だ。皇后の庭番で相当な手練れであろうお前がそんなヘマをするとはどうしても解せんのだ」
「なるほど、陛下は私を高く評価して下さっているわけですね。ですがそれが問いの答えとなります」
「うん?」
「陛下を含め、ここにいる全員の命がないからですよ」
「ほう、死人に口なし、というわけか」
「死人に口なし、深い言葉です。そうそう、もう一つお教えして差し上げましょう。皇后陛下はすでに後宮にはおられません」
「なに!?」
「知ったところでどうにも出来ないでしょうがね。さて、お喋りはこの辺で。船を待たせているもので」
「船?」
内陸のテヘローナ領に港はない。河か、あるいは海か、もしくはその両方か。
「皇后陛下は大変にお怒りです。ハセミガルド王国はもちろん、帝国から解放を望んだ愚かな国々を決してお許しになることはありません。行く末を見られない竜殺し陛下、お気の毒にございますなあ」
スネークマンが再び手裏剣を手にした時、病室の窓ガラスを割るほどの爆音が轟いた。間もなく、額にビー玉ほどの風穴を開けられ、手元から手裏剣を落として男が仰向けに倒れる。
優弥の背後では、彼のサインを受け取ったイズナがスカーレットに耳を塞がせたのだった。
――あとがき――
次回更新は6/25(日)の予定です。
早められたら早めます。
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