第七話 テヘローナの陰謀

 鬼ごっこが行われた翌日より、イズナには五人の新人育成任務が与えられた。ところが五人は優弥の命令なので指示には従うものの、決して協力的とは言えなかったのである。


 二十五歳のエスメとデイジー、二十四歳のベラとシア、レイラは二十二歳がその五人で、全員二十歳のイズナより年上だった。


「貴女たちが私に反発するのは仕方ないと思ってる。でもこれはお館様からの命令なの」

「ええ、知ってるわ。だから私たちはイズナさんに逆らうつもりはないわよ」


「でも手を抜いているわよね?」

「そんなことないわ。単に若いイズナさんより体力的に劣っているだけよ」


「白々しい。ならこれは知ってる? 任務に失敗してハセミ領送りになるのは私だけではなく、貴女たち五人も一緒だそうよ」

「「「「「えっ……?」」」」」


「まずはこの一カ月で貴女たちに一人前の暗殺者になってもらう。成功すれば次の任務が与えられるけど、失敗ならそこで終わり。六人でハセミ領に飛ばされるわ」


「嘘……嘘よ!」

「そんな話聞いてない!」


「私も今朝聞かされたばかりだもの。そして一カ月後のハセミ領は雪が膝の高さまで積もってるんだって」

「どうして私たちまで……?」


「ロッティ様があの鬼ごっこで早々に退場した貴女たちにお怒りだったの。私への反発心は分からないでもないけど、それが任務放棄していい理由にはならないってね」

「お館様は……お館様はなんと?」


「さあ、知らないわ。でもロッティ様はお館様のご婚約者様だし、何も仰らないということはロッティ様のお言葉通りと受け取るべきでしょうね」


「ねえ、ハセミ領の冬って……」

「毎年少なくない数の凍死者が出て……」

「凍傷で四肢や指を失う人も多くて……」

「任務が続けられなくなれば、待っているのは餓死か凍死……」


「「「「「つまり死刑宣告……」」」」」

「任務失敗はお館様の命に背くことになるのだから当然でしょうね」


 余裕の表情で五人に言い放ったイズナではあったが、内心では彼女も戦々恐々だった。敵と戦うならこんな恐怖は感じることはない。だが、相手は大自然である。


 密偵としてサバイバルの術を学んでいたからこそ分かる極寒の脅威。まかり間違って雪中で身動きが取れなくなれば、待っているのは確実な死のみだ。まさに殺意のない殺意、取って避けることなど絶対に不可能だった。


「わ、分かった」

「正直イズナさんを信頼するのは抵抗あるけど」

「腕が確かなのは認めるし」

「イズナさんの技術が身につくなら問題ないわ」

「ロッティ様怖いし」


「よかった。これから一カ月、みっちり仕込んであげる。目標は三十メートル先にある銅貨に苦無くないを突き立てることよ」

「「「「「はいっ!」」」」」


 一カ月後、イズナの配下五人は見事に暗殺術を身につけるのだった。



◆◇◆◇



「テヘローナ帝国の元皇妃暗殺ですか?」

「御しやすい元第三皇子を祭り上げ、帝国の再興を企てているようでな」


 イズナと配下の五人は、ソフーラ城の執務室で優弥とロッティを前に密命を告げられた。


「だが一つ問題がある」

「問題?」

「標的が絞り込めていないんだ」


 テヘローナ領主スカーレットから寄せられた情報では、現在のところ誰が企てに賛同しているかまでは分かっていないとのことだった。ただ、複数の元皇妃と貴族が絡んでいるらしい。


 旧テヘローナ帝国の後宮や離宮にはすでに複数の密偵を送り込んでいるが、宮女以上の役職に就くことが困難で思うように情報収集出来ていないのが実情だ。


 しかも二人ほど正体がバレてしまったのである。何とか拷問を受ける前に救出には成功したものの、潜入者が減ったのは大きな痛手だった。


「離宮はともかく後宮は宮女も女官もほぼ旧帝国の貴族令嬢で固められております。まして二人も捕まった後では、しばらくの間新たに宮女を迎えることはないでしょう」


「増員は難しいか」

「修道院送りにならなかっただけでもお館様のご温情だというのに……」


「お館様、貴族も絡んでいるとのことですが」

「ミリーとイザベルの配下が粛清に当たるからそっちは問題ない。イズナに任せたいのは皇妃の方だ」


「分かっている標的はいないのですか?」

「いや、一人は判明している」


「でしたらその者を拷問して仲間を吐かせるというのはいかがでしょう?」


「有効な手段ではあるが、黒幕に辿り着けなければ意味がないだろう?」

「黒幕ですか。確かに」


「第三皇子を軟禁するという手も同様だ。他の皇子を掲げられるだけだろうからな」


 そこへ扉をノックする音が聞こえた。誰かと尋ねると宰相のドミニクだったので入室を許可する。


「何事だ?」


「陛下、ロッティ殿の配下からの報告です。スカーレット殿が襲われました」

「何だと!?」


「幸い命に別状はないとのことでしたが、重傷のため治療が続けられているそうにございます」

「襲撃者は捕らえたのか?」


「その場で自害したとのこと」


「えーい、忌々しい! スカーレットの護衛は何をしていた!?」

「殺されたようです」


 ここにきて先手を取られた形になってしまった。スカーレットの護衛は帝国時代から彼女に仕えていた者で、ハセミ三人衆の配下からは出していなかったのである。


 本人が断ったからとはいえこれは大きな誤算で、悠長に反逆者探しをしている場合ではなくなってしまった。


「追加の襲撃が予想される。手練れの密偵を二人、スカーレットの護衛に就かせろ」

「御意」


「ロッティ、皇子を全員捕らえる。配下に命じてバール城の謁見の間に集めさせろ」

「はっ!」


「それと領都バルビノにある貴族の邸は全て閉門とする。外出は反逆と見なし食糧は配給。一歩でも敷地から出たら殺すと脅せ」

「承知致しました」


「イズナはエスメたちを連れて元第四皇妃をれ。第四皇妃付きの女官や宮女も全員だ。死体は後宮の中庭に晒せ」

「それが判明している標的ですね。拷問して仲間の名を吐かせますか?」


「問答無用で構わん」

「かしこまりました」


 優弥は娶るつもりはなかったが、従順に政務を取り仕切るスカーレットを身内同然と考えていた。だからこそ、この襲撃に激怒ぜずにはいられなかったのである。


 それからドミニクに自身もテヘローナ領に向かうと伝え、彼は瞬間移動でバール城へと向かうのだった。



――あとがき――

ストックの関係で次回更新未定です。

ただし遅くとも日曜日には更新します。

でももう少し早められるようにがんばります!

しばらくお待ち下さい。

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