第二話 密偵の掟

 新ハセミ三人衆の頭領候補者は八人。中でもイズナはロッティが推す最有力と目される候補だった。


 年齢は二十歳になったばかりの童顔丸顔。体格も小柄な上に華奢で、庇護欲をそそる可憐な少女のイメージだ。そんな彼女だが、ハセミガルドの密偵として取り立てられたのは成人前の十二歳。初めて人を手にかけたのは成人したての十五歳の時だった。もっとも命令ではなく身を守るために止むなくではあったが。


 とにかくキャリアは八年以上のベテランで、これまで何度か作戦行動で指揮を執ったこともあった。身体能力は極めて高く、手練れの騎士が五人がかりで倒すゆきつちりゅうをあっさり単独でほふってしまうほどである。


「雪土竜を倒したことがあるのか?」

「はい、任務遂行中に遭遇したのですが瞬殺でした」

「ほう」


「彼女は苦無くないを高速で回転させて投げるため刺突力と貫通力が高く、雪土竜の硬い皮膚でもものともしません。深々と急所に突き刺して倒しておりました」


 ロッティ曰く、一対一で本気で戦ったとしたら、今の彼女ではおそらく敵わないだろうとまで言わしめる実力の持ち主なのだそうだ。


「それなのにミリーとイザベルはイズナ以外を推してたが何故だ?」


「お館様を畏れていないからです」

「俺を?」

「はい」


「実力があるならそれほど問題とも思えないが?」


「それは違います。私たちは新たに配下に加わる者に対し、まずお館様がいかに畏怖の対象であるかということを心魂に刻み込みます」

「そ、そうなのか?」


「でなければお館様より下された至上のご命令、死ぬなというお言葉を軽んじてしまいかねませんので」

「つまりは自分の力を過信しているということか」


 死ぬなとの命令には、任務遂行より自分の命を優先せよとの意味がある。だが、自らを過信すれば任務に重きを置くこととなり、結果的にヨリスとゲラードに殺された二人の密偵と同じてつを踏まないとも限らないのだ。


「お館様、今回の鬼ごっこではおそらく彼女が勝つと思います」

「しかし問題はその勝ち方ってところか」

「はい」


「ユウヤさん、どういうことですか?」

「イズナが誰よりも自分が優れていると考えていたなら、取ると思われる手段は一つしかないからな」

「……?」


「他の七人の候補を仕留めればいいだけだろ」

「あ、そうでした! 配下の方が残ってても候補の方がやられたらお終いですもんね」


「逆に自分の配下が全員やられたとしても、本人さえ残っていれば負けはない」


 もちろん候補が最後まで複数残っていた場合は、やられなかった配下の人数で勝敗が決まる。


「条件を変えた方がいいか?」

「いえ。ただ出来ればお館様に一つ、お願いしたき儀がございます」

「聞こう」


「勝ち残った候補者は、最後にお館様と対戦させたいのです」

「俺と?」


「ロッティさん、パパと対戦しても勝つ見込みなんてあるの?」


「ありません。なので勝利条件は苦無くないを投げてお館様に当てる、というところになります」

「ユウヤさんに苦無を投げるんですか!?」


「ソフィア、当たっても俺には刺さらないから大丈夫だよ」

「あ、結界……」


「まあな。もっとも俺自身のDEF防御力が高いから、結界など張らなくても傷つけられることはないのさ」


「つまり私やポーラさんがユウヤさんの頬を叩いたりしても、ユウヤさんは痛くないってこと?」

「ち、違う違う。そういう時はDEFを下げてるからめちゃくちゃ痛いよ。上げると逆にソフィアたちが怪我しちゃうだろ」


「そ、そうなんだ……なんかごめんなさい」

「気にするな」


 優弥は笑いながら言うと、ソフィアの頭を軽く撫でた。


「しかし俺に苦無で勝負を挑む、か」


「お館様のお手を煩わせることとなり申し訳ございません」

「いや、構わんよ」


「ユウヤさんはどうしたら勝ちになるんですか?」

「ああ、俺は鬼ごっこと同様に染料を使う。背中に付けたら俺の勝ち。そうだよな、ロッティ?」

「はい」


「そっか。ユウヤさん、がんばって!」

「任せろ」


 そうして三日後、鬼ごっこの火蓋は切って落とされたのである。



◆◇◆◇



 舞台となった基地ノルランディは、一辺がおよそ一キロメートルの正方形の壁に囲われている。ここはかつて旧テヘローナ帝国軍約二十万が駐屯しており、かなり充実した設備が整っていた。


 宿泊施設を始めとして武器庫や厩舎、食糧庫に(むろん今は何も置かれていない)近くを流れる川から水路を引き、浄水して飲料水の確保。果ては風呂まであり、大部隊の長期間滞在も対応可能だった。


 つまり、新ハセミ三人衆の頭領候補八人と、それぞれの配下を合わせた四十八人が隠密の技術を競うには打ってつけの場所なのである。


 作戦行動鬼ごっこは四十八時間以内に定められ、頭領候補者と配下の者は背中の中央よりやや上、心臓の辺りに染料を付けられたら負け。複数の候補者が残った場合は、同様に背中に染料を付けられた人数が多い方が負けとなる。武器の使用は禁止だ。


 そんな中、頭領の最有力候補であるイズナは、自らの配下を集めて作戦を伝えていた。


「貴女たちはとにかく自分がやられないように逃げるなり隠れるなりしてなさい」

「イズナさんは?」


「私は他の七人の候補者を倒す」

「では我々は候補者たちの位置を……」


「その必要はないわ。さっきも言った通り、貴女たちは自分の身を守ってくれていればいいの」

「で、でも……」


「新入りに下手に動かれると足手まといなのよ」


 配下として下についた五人は二十歳になったばかりのイズナより年上の者ばかりだ。いくら新入りとはいえ、見た目も幼い彼女にこんなことを言われれば反感を抱かないわけがない。


「とにかくお館様と最後に戦うのは私よ。殺すつもりはないけど、腕や足を狙えばロッティ様も文句は言わないでしょ」

「まさか、お館様を傷つけるつもりなの!?」


「だって苦無を投げて当てろと言うのよ。全力で来いってことじゃない」


 配下の五人は互いに顔を見合わせる。この頭領候補は何も分かっていない、というのが彼女たちの共通認識となった。


 新入りといえどもハセミ三人衆と恐れられるロッティたちから厳しく説かれた、決してお館様に歯向かってはならないという密偵の掟。それをイズナは何かと履き違えているとしか思えない。五人はそんな彼女に取られないように小さく頷いた。


「分かった。私たちは邪魔にならないようにすればいいのね?」

「頼むわ。早々にやられても責めたりしないから安心して。私が候補者七人をやっつければいいだけだから」


 彼女がそう言って去った直後、配下についた五人は互いの背中に染料を付け合って退場するのだった。

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