第二部 第五章 港湾国家と海洋国家
第一話 鬼ごっこ
旧テヘローナ帝国の直轄領のうち、そこそこの面積の領地は五つあった。つまり領主が最低で五人は必要ということである。その他の小領は代官を置く必要があるが、人選に関してはスカーレットに丸投げした。
皇后と十五人の后はそれまでの在所に留め置くという名の幽閉である。使用人もそのままにしたが、中には権力を失った主を見限る者もいた。しかし補充の要望があってもよほど不自由と判断出来ない場合は全て却下された。
「敗戦国皇帝の后ごときが贅沢を申すな」
そう言って優弥が一蹴したからである。そんなある日のソフーラ城にて。
「あー、皆に集まってもらったのは他でもない」
ハセミ家の者のみが使用出来る三十畳ほどの広さがある談話室には、ソフィアを始めとする三人の妻と、アリア、魔王ティベリア、それに七人の王子王女が集められていた。
なお、アリアとティベリアはまだハセミ家を名乗ることは出来ないが、将来の妻としての参加である。そしてそこにはロッティの姿もあった。
「アリアと魔王に加え、ロッティも我が妻とすることにした」
「やったぁ! ナイスだよパパ!」
「ようやくですか」
「やっとユウヤもその気になったのね」
「ははは。ただ色々な事情から、すまないがアリアと魔王より先にロッティと婚姻を結ぶことになる」
皆口には出さないが、その大きな理由が年齢であることは十分に承知していた。
「
「アリアも反対しないよ」
「ありがとう。それではロッティ、皆に挨拶を」
「はい。皆様、この度私はハセミ三人衆を引退し、お館様の妃として頂けることとなりました」
「ロッティさん、よかったね!」
「エビィリン殿下、ありがとうございます」
「もう! エビィリン殿下なんて他人行儀だよ。お姉ちゃんて呼んでくれていいからね」
「こらこら、ロッティはエビィリンより年上だぞ」
「パパまで! でも女の子に年のこと言うのはめっ! なんだからね」
「あ、そうか。すまん、ロッティ」
「いえ。ですがお姉ちゃんは少々不敬と存じますので、やはりエビィリン殿下と呼ばせて下さい」
「うーん、慣れないなぁ。普通にエビィリンって呼んでくれない?」
「分かりました。努力致します」
「パパぁ、努力になっちゃったよぉ」
「まあいいじゃないか。それよりロッティは密偵引退後も俺が城外に出る時の伴となる」
それは危険な場所に赴く際にも、彼女であれば自分の身は自分で守れるからだ。また、城内にあっては身辺警護として彼の傍にメイドを装って控える。むろん身籠もればその限りではないが。
「ミリーとイザベルも現役を退いて後進の育成に力を注いでもらうこととなった」
「二人もがんばってましたもんね」
「そうだソフィア。ただ彼女たちにもいい相手が見つかればと思っていたのだが、どうもあまりその気はないらしい」
旧テヘローナ帝国の属国の王族から、優秀な密偵である彼女たちを娶りたいとの申し出もあった。しかし優弥の懐刀と言うべきハセミ三人衆の一人を王族の妻に迎えることで、少しでも彼の心証をよくしようという魂胆が見え見えだったのである。
二人は相手が王族なら是非嫁ぎたいと言ったが、それが『最後の奉公』との望まぬ決意であることを彼は見抜いていた。だからこそ、あからさまな政略に二人を巻き込むことをしなかったのである。
「でも、それだとロッティさんたちの配下だった方たちは誰がまとめるんですか?」
「そのことなんだが、新ハセミ三人衆としてロッティたちに候補を挙げてもらった。必ずしも三人衆である必要はないんだが、ロッティが優秀過ぎてな。中でも誰を頭領とするか迷っているんだ」
「お館様、そのように仰られますと少々気恥ずかしく感じます」
「あ! ロッティさんが赤くなってる! 可愛い!」
「エビィリン、ロッティをからかうんじゃない!」
「えへへ!」
「それならユウヤ、何かで競うというのはどう?」
「ああ、出来ればそういう安直な決め方はしたくないんだよ、ポーラ」
例えば模擬戦で勝ち残った者とした場合、単純に戦闘能力や戦術に長けているというだけで決まってしまう。しかしそれだけなら、ロッティを上回る者もいるはずだ。
にも関わらず彼女は全配下から絶大な信頼を得ている。つまりロッティの代わりを務められるだけの求心力や統率力も必要というわけだ。的確に優弥の意を汲み、臨機応変に立ち回ることが出来て、作戦遂行能力の高い者。
「それが理想的なんだけどな。候補は何人だっけ?」
「全部で八人です」
「鬼ごっこでもやってもらうか」
「鬼ごっこ……?」
「八人にそれぞれ五人の配下を任せる。その五人は出来るだけ新入りがいい。能力的な配分は互角になるように分けてくれ」
「はあ……」
「候補の八人を含めて全部で四十八人で、
基地は帝国兵を撤退させた後、ハセミ王国の所有となっている。現在は完全に封鎖され、中には誰もいない状態で完全結界が張られていた。
「あの、鬼ごっことは具体的に?」
「互いに他チームの背中の決められた部分に染料を付けるというゲームだ。武器の使用は禁止。背中に染料を付けられた者は退場とする」
「なるほど、そういうことですか」
「え? ロッティさん、今のでもう納得?」
「エビィリン殿下、背中に染料を付けられるということは、実戦では心臓に
「あ、そっか」
「そしてお館様のご指示はそれだけ、ということでよろしいですよね?」
「ああ」
「頭領候補者は自身の配下をいかに動かして相手の背中を取るか。背中を取るということは、最小限の危険で敵を無力化するという意味もあるんです」
「すごい! ユウヤさんの言ったことだけでそこまで分かっちゃうんですね!」
「ソフィア殿下、私たち密偵は少ない言葉やサインなどで多くを判断し、行動しなければなりません。でなければ、お館様の『死ぬな』という一番のご命令を守れませんから」
「な、なるほど」
「時間は二日間、四十八時間だ。終了時に残った配下の人数で勝敗を決める。ただし、候補者がやられたチームはその時点で敗北とする」
「承知致しました」
「準備に必要な日数は?」
「三日あれば十分です」
「では整い次第転送ゲートで現地に送る」
染料は直接タッチして付けるもよし、投げるもよしでやり方に制限はない。ただし苦無とは決定的な違いがある。それは重さだ。苦無は金属製でしかも先端が尖っているから投擲での直進性が高い。
対して染料は軽い上に空気抵抗を受けるので、投擲には向かないのである。
その後、談話室には優弥とソフィア、エビィリンとロッティが残って、ある候補者について話を始めるのだった。
――あとがき――
明日6/12は更新をお休みさせて頂きます。
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