閑話 サムニル商店のその後(読まなくても本編進行に影響はありません)

 スタンノ共和国ベンゼン領にある、地域密着型のサムニル商店は、かつてドブル商会の罠に嵌められて乗っ取られそうになった。何もかも失いそうになった店主のオスカー・サムニルは自殺を決意した過去がある。


「お久しぶりです、オスカー・サムニル様」


 店頭に出て品出しや接客をしていたオスカーの前に、決して忘れることのなかった美しい女性が和やかに声をかけた。


「あ、貴女はロッティさん!」

「お店、繁盛しているようですね」

「はい、お陰さまで!」


「なかなかによい店ではないか」

「あの、お連れの方は……?」

「お館様です」


「ま、まさかハセ……」

「少しお時間を頂けますか?」


 驚いて血の気が引いたオスカーを見たロッティが店の奥に目を向ける。客が多く店員も忙しなく働いてる中で、店頭での立ち話は邪魔でしかない。


「ど、どど、どうぞこちらへ……」


 状況を理解した彼は半分上ずった声で二人を奥の事務所に案内した。休憩室も兼ねていたので菓子をつまみながら雑談していた女性従業員が二人いたが、来客のため後で休憩を取り直させるからということで仕事に戻らせる。その二人をロッティが呼び止めた。


「こちらを。あとで皆さんでお飲み物でも召し上がって下さい」

「えっ? 小金貨……!?」

「いいんですか!?」


「突然来て追い出してしまうのですからそのお詫びです。遠慮なく受け取って下さいね」

「「ありがとうございます!!」」


 小金貨一枚は日本円にしておよそ一万円である。それなりの人数が働いているとはいえ、お茶代としては少々多い。当然二人の従業員は嬉しそうに礼を言い、頭を下げて事務所から出ていった。


「も、申し訳ありません」

「構いません」


「雰囲気もいいじゃないか」

「はっ! ご、ご無礼を!」


 突然何かに気づいたように、オスカーがその場に平伏す。


「よい、忍びだ。面を上げよ」

「は、はひ……」


 恐る恐る顔を上げた彼の目には、優しげに微笑む優弥の顔が映っていた。次の瞬間、大粒の涙が溢れ出してくる。


「ハセミ国王陛下! 私は……私は……」

「そのような姿勢では話しづらかろう。我々もここに座らせてもらうがよいか?」


「はっ! も、申し訳ございません! どうぞ、お座り……そのような粗末な椅子に……」


「構わんよ。それよりオスカー殿も座れ」

「は、ははっ!」


「そう堅苦しくするな。忍びと申したではないか」


 それからオスカーが落ち着くまでしばらくかかったが、ロッティがまるで勝手を知っているかのように用意した茶を口にすると、改めて深々と頭を下げた。


「ハセミ陛下に頂いたご恩は末代までの語り草とさせて頂きます」

「これからも共和国臣民として、民のために力を振るってくれ」


「もったいなきお言葉! まさか直接お目にかかれる日がくるとは……!」

「そう言えばロッティの配下の者から護身術を習ったと聞いたが」


「はい! 私と希望した従業員が教えて頂きました。暗くなってから帰宅する者もおりますので、本当に感謝してもしきれません」


「鍛錬は今も続けているのですか?」

「基礎体力が重要とのことでしたので、希望者だけですが閉店後に毎日一時間走っております」


「仕事の後にか。キツくないのか?」

「最初の頃は多少。ですが近頃はむしろよく眠れるので体調もすこぶるよく感じるのです」


「護身術が実際に役に立ったそうじゃないか」


「はい! お客様に絡んできた破落戸ごろつきがおりましたが、若い女性従業員が見事撃退して警備兵に引き渡したのです」


 優弥はこの話をエリヤから聞いたのだが、その後定期的に警備兵を巡回させているとのことだった。


「勇ましいことだが、相手が武器を持っている時には逆らわない方がいい」

「それは護身術を習う時にもきつく言われました」


「だが領内の治安維持に貢献したことには違いないな。破落戸を撃退したのは一人か?」

「いえ、先ほどここで休憩していた二人です」


「そうか。ならば褒美を取らせよう。すまんが二人を呼んでくれ」

「そ、そんな! 先ほどロッティさんから飲み物代も頂きましたし」

「気にするな」


「オスカー様、お忍びとはいえお館様のお言葉ですので」

「はっ! も、申し訳ございません! すぐに呼んで参ります!」


 それから間もなく二人が呼び戻されたが、オスカーから来客が宗主国の国王だと聞かされたのだろう。真っ青な顔で可哀想に思えるほどガチガチだった。


「怖がらなくてもよい。悪者を撃退したそうだな」

「「は、はひっ!」」


「二人とも、右手を出せ」

「「……?」」


 不思議そうな表情を浮かべていたが、国王の言葉に逆らえるはずがない。言われた通りにおずおずと、震えながら右手を差し出した。彼はそこに名刺サイズの金属プレートを乗せる。


「「へっ?」」


「破落戸を撃退して警備兵に引き渡した、領内の治安維持に貢献したことに対して褒美を取らせる。の名が刻まれたプレートだ。金属としての価値はないが、これを見せれば領主のエリヤ・スミスや共和国のガルシア大統領と直接会うことも出来る。何か困ったことが起きたら遠慮なく使うといい」

「ご領主様に……」

「大統領様……!?」


「もちろん、ハセミガルド王国の我が城を訪ねてくれば、余が謁見に応じよう」

「「ひえっ!!」」


 何がなんだか分からずに震えている二人に、この褒美は最初で最後だから、今後は賊などを撃退してもプレートが与えらることはないと念を押しておいた。そうしないとプレート欲しさに無理をして怪我をしたり、最悪は命を落とす危険性があるからだ。


「か、かか、家宝にします!」

「わわわ、私も!」


 実際に彼女たちがプレートを使うことはないだろうし、不用意に他人に見せびらかすことの危険性も伝えておいたから、後生大事に持ち続けることだろう。


 ところが数年後、二人のうち一人が商家に嫁ぎ、提示が義務づけられている鑑札の上にプレートを飾ったことから大繁盛することになる。むろん飾っただけでハセミ王家との繋がりを示唆するようなことはなかったし、あくどい商売をしたわけでもない。


 だから報告があっても優弥はこう言って笑った。

「悪用せずに儲けるのなら咎める理由などない」


 その後、女性は嫁ぎ先で大切にされ、幸せな一生を送ることになる。もう一人の女性もプレートのお陰で、やはり丁重に扱われて幸せに暮らすのだった。

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