第十八話 終戦と引退

「勘違いだと?」

「なにが勘違いだと言うのだ!?」


「戦って死ぬなら本望だ? 笑わせるな! そこまで言うなら余が、貴様たちにとって敵の将であるこの俺が相手をしてやろうか?」

「ハセミ陛下?」


「戦場を美化するのも大概にしろ! 貴様たちは正規兵だからそんなことを言えるのだろう。だが、ここにいる者の多くは戦場に駆り出されることを望んでいなかったのではないのか!?」


「「それは……」」

「ぐきゃぁっ!!」


 その時、フレディ少佐の頭上から直径五十センチほどの岩が落ちてきた。当然、頭が潰れて少佐は即死である。


「な、何が起こった!?」


「スカーレット殿、すまんが無礼者は余が始末した」

「い、いえ……」


「基地内にいる十七万の兵など、余がやろうと思えば手を汚すことなく全てこうなる。いや、この者は遺体があるだけまだマシだ。本気になれば遺体はおろか骨すら残さぬぞ」

「まさか、これが竜殺しの……?」


「バカか。ドラゴンがこんな石ころで倒せるものか。しかしこの者はある意味戦場で戦って、余に歯向かって死んだと言える。彼は満足だったと思うか?」

「フレディ少佐は押さえつけられて抵抗すら出来なかった! こんな一方的なやり方はただの虐殺だ!」


「では貴様たちがやろうとしていたことは何だ!? 他国に攻め入り、抵抗出来ない民を殺すのではなかったのか? もう一度言おう。なにが戦って死ぬなら本望だ! 笑わせるんじゃない!」

「「…………」」


「一兵卒の分際で、貴様ら二人が余に働いた無礼は今回に限り見逃してやる。スカーレット殿は余が城へ連れ帰る。今から二時間後に結界を解くと将校共に伝えておけ」

「わ、分かりました」


 不満を隠さず頷いた二人を残し、優弥は皇女を連れて転送ゲートに向かう。基地内は慌ただしく人が行ったり来たりしていたが、お陰で中心部は今も比較的人が少なかった。


 それでも皇女を見つけて駆け寄ろうとした者がいたが、彼は構わずゲートを起動して一度外に出てから、帝国城バールへと彼女を送り届けるのだった。



◆◇◆◇



 テヘローナ帝国が敗戦して一カ月後、属国、属領の解放式典が旧帝都、現領都バルビノにて盛大に催された。復権する王族のトップに欠席者はなく、帝国本国はハセミガルド王国テヘローナ領と改められた。


 なお、新たに帝国民から領民となった者たちに大きな混乱は起きていない。それはハセミガルド王国による統治によっていかに生活が豊かになるかという、ロッティたちのプロパガンダによる成果と言えるだろう。


 加えて恐怖政治を行っていた皇帝がいなくなったことも大きい。新たに領主となったスカーレット・テヘローナは、妹であり副領主のオリビア・テヘローナと共に善政を敷きつつある。


 余談だがヘルムに羽根飾りをつけた中年の兵士は、無事に基地から帰還した息子と再会を果たした。新たに領主の筆頭護衛の任を与えられ、日夜任務に勤しんでいるようだ。


「お館様、今回の戦争での賠償金についてですが」

「何故取らなかったのか、気になるか?」

「はい」


基地ノルランディをそっくりそのまま頂いたからな」


「あそこを何かに役立てるおつもりなのは分かりますが、それと賠償金を要求なさらないのが結びつきません」

「ロッティ、お前の口が堅いのは疑いようがないが、それでもあえて口止めする。誰にも言わないと誓えるか?」


「もちろんです、お館様」

「あと笑わないとも誓ってくれ」

「は? はい、笑いません」


「あのな、忘れたんだ」

「……は? え?」


「いやほら、要求は無条件降伏、属国と属領の解放、帝政の解体だっただろ」

「はい……」


「でっかい要求が三つだからさ、賠償金なんて全く思い浮かばなかったんだよ。金に困ってるわけでもいないし」

「ぷっ、クスクス……」


「おい、笑わないって言っただろ!」

「笑ってなどおりません……ぷふっ……」

「笑ってるじゃねえか!」


「だってお館様が……あのお館様がお金のことをお忘れになるなんて……んふっ! 笑わせたのはお館様です。んふっ……ふふふ……」

「人を金の亡者みたいに言うな」


 それにしても、ロッティがこんな風に笑う姿を見たのは初めてだと彼は思っていた。これまで彼女は彼に対して絶対服従を貫き、配下にさえ徹底させていたほどである。笑わないと言った傍から笑いだすなど考えられなかった。


 むろん今回のことで叱責するつもりはない。ただ、このところ行動を共にする機会も多かったので、急速に打ち解けてきたのかも知れない。そう言えば先日もアリアに張り合うようなことを口にしていた覚えがある。


「ロッティ」

「はい」

「そろそろ引退するか?」


「お、お待ちを! 先ほどは失礼致しました。二度とこのようなことは……」

「いや、そうじゃなくてさ。引退して嫁に来ないかと言ってるんだよ」

「は……はい?」


「本当なら子供の一人や二人、いてもおかしくない年齢だろ。なのにここまで仕えさせてしまったのは俺の責任だ」

「そんな……私は自分の意思でお館様にお仕えさせて頂いているのです。お館様に責任など……」


「お前の気持ちに気づいてないとでも思っているのか? ロッティ、嫌じゃないなら引退して嫁に来い」


「お館様……それは、ご命令ですか?」

「そうだ。否は許さん」

「私を哀れんでのことでしたら……」


「なあロッティ、今度こそ笑わないって約束してくれるか?」

「え? あ、はい。もう笑いません」


「ロッティは自分が美しいとの自覚はあるか?」


「私が美しい、ですか? もちろん密偵としての任を果たせる程度の容姿とは自負しておりますが、お館様に美しいと仰って頂けるほどとは考えたことはございません」


「そうか、なら改めて言おう。お前は美しい」

「な、なんとお答えすれば……」


「正直に言うぞ。俺はそんなお前を抱きたい! だから嫁に来い!」

「あ、あの……お館様は頬を染める演技までなされるのですか?」


「バカ! 俺だって面と向かってこんなことを言うのはさすがに恥ずかしいんだよ!」

「冗談では……ないのですね?」


「冗談でこんなことを言うほど人でなしではないつもりなんだがな」

「お館様……」

「な、なんで泣いてるんだよ?」


「笑うなと仰せでしたが、泣くなとは言われませんでしたので……」

「そ、そうか。返事は今すぐでなくても構わん。だが出来るだけ早く頼む」


「それは、私を早く抱きたいからですか?」

「あ、いや、そういうことでは……」


「では……今夜抱いて頂けるのでしたら、はい、とお返事申し上げます」

「ロッティ……」

「お館様……」


 二人は長く見つめ合ったあと、互いに強く抱き合って唇を重ねる。そしてその夜、ロッティは生まれて初めての痛みと幸せを同時に味わうのだった。



――あとがき――

ロッティさん、お幸せに(*^_^*)

あ、でもまだまだ出演してくれますよ。

次話は『閑話 サムニル商店のその後』をお送りします。

その次から第五章に入ります。

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