第十七話 戦後処理【後編】

 スカーレット皇女の説得により、会議室にいた面々は渋々ではあったが中央広場に全軍を集めることになった。演説は一時間後だが、統率された十七万の兵士の集合ならそれだけの時間でも問題ないだろう。


 将校たちには予めテヘローナ帝国の敗戦と、演説後に即時撤退を開始することを説明しておくように命じた。城や先ほどのようなやり取りを何度も繰り返すのを防ぐためだ。


 従わなければ皇女を含め、この基地にいる十七万の兵を皆殺しにすると脅した。当然そんなことが可能とは思っていなかったようだが、皇女の身には代えられないとの結論に達したようだ。


 なお、演説の時刻まで優弥とスカーレットは会議室に残り、彼女の護衛としてフレディ少佐も同室することとなった。


「ハセミ王国の王に問いたい」

「なんだ?」


「何故我々を閉じ込めた?」

「お前らが攻め込んでくるからさ」


「だとしてもだ、こんなやり方は人道に反すると思わなかったのか? 兵の中には気が触れたり自害した者もいるのだぞ!」


「貴様らは武器を手にし、民から平穏を奪おうとしたではないか。兵士なら殺される覚悟もあろう。だが民はそうではない。人道に反すると言うのなら、それは貴様らの方ではないのか!?」

「宣戦布告をしたはずだ!」


「不意打ちを仕掛けた後だったがな。卑劣な貴様らには正当性など微塵もないんだよ!」

「知らん! それは上が決めたことだ!」


「ふん! 少佐などと偉そうな階級のようだが、中身は上に尻尾を振るだけの駄犬だったというわけか」

「き、貴様!」


「おやめなさい、フレディ少佐!」

「し、しかし私を駄犬などと侮辱……」


「スカーレット殿、演説が終わるまでは生かしておくが、他国の王であり戦勝国の将であるに対し、この者は無礼が過ぎる」

「ハセミ陛下!?」


「フレディ・ロバートに死罪を申し渡す!」

「貴様ぁっ!!」


 フレディが剣を抜いて優弥に斬りかかった。彼はそれを皇太子の時と同じように素手で受け止め、刀身をへし折って切っ先を少佐の肩に突き刺した。


「ぐあっ!」


「演説が終わるまで生かしておくと言ったであろう? 何故ならその前に貴様を殺すとスカーレット殿と二人きりになってしまうからだ。それとも敵国の王と自国の皇女が二人でいることを是とするのか?」

「くっ……」


「スカーレット殿、この者の処刑をそちらですると言うなら任せるが?」

「私がフレディを逃がすとはお考えにならないのですか?」


「そんな心配はしてないさ。目の前で刑を執行してもらうからな。むろん自国の将校を殺すのが嫌だと言うなら、余が直々に手を下すまでだ」


「分かりました。こちらで処分致します」

「で、殿下……?」


「私は止めたはずですよ、フレディ少佐。なのに貴殿は皇女たる私の命令にも背きました。もはや助命の余地はありません」


 予定の時刻となったところで将校の一人が皇女を呼びに来た。そこで肩に剣先が刺さったままのフレディを見て驚いていたが、成り行きを皇女から聞かされて複雑な表情を浮かべた。


「残念だよ、フレディ少佐」



◆◇◆◇



 スカーレット皇女の演説はおよそ一時間にも及んだ。テヘローナ帝国がスタンノ共和国に第一陣を送り込み壊滅したこと。皇帝が(暗殺されたことは伏せて)崩御したこと。ハセミガルド王国の国王が帝国城を訪れ、ジュード皇太子と一騎打ちして皇太子が討たれたこと。


 また、属国及び属領の全てが帝国からの解放を望んでいること。侵攻の要である帝国軍十七万が、結界に閉じ込められて身動きが取れなくなってしまったこと。


 そしてハセミガルド王国の要求内容などが、事実を曲げることなく兵士たちの前で語られた。


此度こたびの戦の非は残念ながら我が帝国にあります。それはむやみに他国に攻め入り、民の平穏な暮らしを脅かそうとしたからです」

「「「「…………」」」」


「その決断を下したのは今は亡き父、エズラ・バルビノ・テヘローナ皇帝陛下ですが、だからこそ私はその過ちを正したいと思います! 我がテヘローナ帝国はハセミガルド王国の要求に応じ、ここに無条件降伏することを宣言致します!」


「「「「無条件降伏……」」」」


「この演説後、皆様は直ちに撤退の準備に入って下さい。結界は間もなく解かれます。決してスタンノ共和国には向かわれませんよう!」


「皇帝陛下が崩御って、まさか暗殺されたんじゃ」

「皇女殿下は我々の命を救うために無条件降伏をご決断なされたのか?」


「あの皇太子殿下が一騎打ちで敗れたってホントかよ」

「ハセミガルド王国、許せん!」


「だが撤退しなければ皇女殿下の命に背いたことになるぞ」

「くそっ! 何のために今までがんばってきたんだ」


 兵士たちが口々に疑問や不満を漏らす中、それらが収まり始めた頃合いを見て皇女は再び言葉を発した。


「皆様のお気持ちは察して余りあります。ですがどうか、心を落ち着けて撤退して下さい。これがテヘローナ帝国皇女としての……最後のお願いです」


 誰もがやり切れない気持ちを堪えていた。中には声を出して泣いている者もいる。演台から降りるスカーレット皇女もそれは同様だった。


 彼女は元々争い事を好む性格ではなかったが、まさか侵攻開始早々に大敗を喫し、父である皇帝が暗殺され、二人の兄まで失うことになるとは想像すらしていなかったのである。


 二番目の兄は自業自得ではあったが、それでも肉親に変わりはなく、失うことがこれほど辛いとは思いもしなかった。これまで帝国は半ば強制的に徴募兵と称して国民を戦場に駆り出してきた。そうして残された家族にこれほどの苦しみを与えていたのだと気づく。


(報い、なのでしょうね)


 演説を終えたスカーレットはふらついた足取りで会議室に戻った。そこで待っていたものは――


「くそっ! 何が心を落ち着けてだ! 皇女殿下、いや、売国奴め! 恥を知れ!」

「フレディ少佐、失礼でありますぞ!」


「ふん! 俺はこの女のせいで殺されるんだ! 今さら失礼も無礼もあるか!」


 肩から血を流しながらスカーレットに飛びかかろうとする少佐を、二人の兵士が両脇から押さえつける。だが、彼らもまた悔しさに震えていた。そしてその怒りは、傍らで様子を見ていた優弥に向けられる。


「戦場で戦って死ぬるならば本望。しかし我々は戦うことも許されずに敵に背を向けなければならないのです。スカーレット皇女殿下、我々は貴女方皇族に背中から斬りつけられた思いです」

「皇女殿下、これまで何のために私たちは帝国に尽くしてきたのでしょう」


 兵士二人がフレディを押さえたままスカーレットに視線を向ける。しかし、次に言葉を発したのは優弥だった。


「貴様たち、何か勘違いしていないか?」


 呆れた口調での問いに、二人の兵士は敵意に満ちた表情で彼を睨みつけるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る