第十六話 戦後処理【前編】

 翌日、優弥がテヘローナ帝国城バールの謁見の間を訪れると、玉座の左右にスカーレット皇女とオリビア皇女が立っていた。さらに彼女たちの左右には帝位継承権三位から六位までの、本来なら二人より立場が上となる四人の男女が控えている。


 皇后以下十五人の皇妃は余計な口出しをしてこないよう、ロッティ配下の者たちによってすでに、後宮や離宮で大人しく余生を過ごすようにとのが済んでいた。この場にいない他の皇族も同様だ。


 また、城に勤めていた法衣貴族たちにとっては寝耳に水だったようだが、逆らえば粛清の対象になると脅され、数人を除いてひらの使用人として仕事を続けることにしたとのこと。


 彼はゆっくりと玉座に向かい、ひざまずいた皇族を見ながら腰を降ろした。昨日落とした岩はそのままだったが、遺体は片付けられて飛び散った血も拭われている。この辺りは魔法によるものだろう。


 岩についた血痕もきれいさっぱりだったので、彼はそれらを再び無限クローゼットに収めた。


「確認だが、貴国はの要求を全て呑むということで間違いないな?」

「テヘローナ一族を代表して申し上げます。ハセミ陛下のお言葉の通りにございます」


「では一カ月後、属国及び属領の解放式典を催す。各地に使者を送りその旨を伝えよ。当日は国父、国母となる者たちの参列を義務づけるが、体調や年齢でこの地に来られない場合のみ代理を認める」


 その後彼はスカーレット皇女を伴って基地ノルランディに向かう。結界を解いた後に出入り口に殺到したり、そのまま共和国に攻め込んだりするのを防ぐため、彼女に演説させる必要があったからだ。


 ロッティによると基地は外からでも分かるほど混乱しているとのことだった。ただ、お陰で基地の中心部にはほとんど人がいない。そしてそこは空気を循環させるための、常時開放型の転送ゲートが設置されている場所でもあった。


 優弥と一緒なら皇女もゲートを通れるので、すぐに二人で基地内部に入る。すると将校らしき男が二人に気づいて近寄ってきた。


「あ、貴女様はもしやスカーレット皇女殿下ではございませんか?」

「その通りです。貴殿は確かフレディ・ロバート少佐だったかしら」


「はい! 本来ならきちんとご挨拶せねばならないところなのですが、我々は現在大変な危機に……そちらの御仁は?」

「この方はハセミガルド王国国王のユウヤ・アルタミール・ハセミ陛下です」


「なっ!? 敵国の王が何故!? それよりもどうやってここに?」

「この後説明させて頂きますが、ひとまず落ち着ける場所はありますか? そこに主だった者を集めて頂きたいのですが」


「それでしたら会議室に。現在も会議が行われておりますので、主だった者はほとんどそちらに」

「では案内して下さい」


「もしやそちらの……?」

「ええ、ハセミ陛下も同行します」


「わ、分かりました。ですが身の安全は保障出来かねますぞ」


 ロバート少佐はジロリと彼を睨んだが、それには気づかないフリをした。ここで争うのは面倒でしかなかったからだ。


 会議室に向かう途中で何人かが二人に気づいて駆け寄ってこようとしたが、少佐がそれを制した。いちいち相手をしていたらいつまで経っても会議室に辿り着けないと判断したのだろう。


 加えて同行しているのが敵国の王だと知られれば暴動が起きても不思議ではない。今、この基地にいる者たちは半狂乱状態と言っても過言ではなかったからである。


 やがて会議室に入ると、喧々囂々けんけんごうごうと議論が交わされていた。ただ、あまりに無秩序に発言されているため、何を議論しているのか分からない有様である。


 そこへ少佐が大声で皇女の来訪を告げ、ようやく室内が落ち着きを取り戻した。むろんその前に彼女がどうやって基地に入ったかという質問が飛んできたが、それも含めて説明するとして騒ぎを収めた次第だ。


「まずこちらの方をご紹介致します。こちらはハセミガルド王国国王のユウヤ・アルタミール・ハセミ陛下です」

「「「「はっ!?」」」」

「何故敵国の王がここに!?」


「皆様の疑問に一言でお答えするなら、我がテヘローナ帝国は敗戦したということです」

「「「「なっ!?」」」」

「「「「は、敗戦!?」」」」


「スカーレット皇女殿下、何かの間違いですよね?」

「いいえ、間違いではございません」


「ですが、我々はほとんど兵を失っておりません!」

「そうです! 第一陣が敗れたことは存じておりますが、ここにはまだ十七万の兵がおります!」

「我が帝国がたかだか三万の兵を失ったくらいで敗戦とは、とても信じられません!」


「それに失ったのは奴隷兵と徴募兵の一部のみ! 勝機は存分にございます!」

「皆様の仰りたいことは分かります。ですが、どうやって基地ここを出るのです?」

「そ、それは……」


「現在その方法を論じているところで……」

「食糧はいつまで持ちますか?」


「食糧は……あと数日は……」

「食糧が尽きる前に出られなければ、待っているのは餓死だけではありませんか? それに出られたとしても、その程度の食糧のみで行軍は不可能でしょう?」


「そうだ! 皇女殿下はどうやってここに? 殿下が来られたということは出ることも出来るのではありませんか?」

「食糧でしたら外に補給部隊も来ております!」


「「「「おおっ!!」」」」

「「「「そうだ!!」」」」

「「「「出られるぞ!!」」」」


「いいえ。敗戦を認めなければ皆様がここを出ることは出来ません」

「どうしてですか!?」

「皇女殿下は我々をお見捨てになられると!?」


「違います。私は皆様を救うために参りました。敗戦を認め、速やかに撤退することを約束して下さい」

「ですから何故ですか!? ここを出られればまだ我々には……」


「ここを出られないのは、ハセミ陛下が基地の周囲を結界で覆われたからです」

「「「「結界……?」」」」

「「「「そんな……?」」」」


「帝国はハセミ陛下より下された無条件降伏、属国及び属領の解放、帝政解体との要求を受け入れることとなりました。これは決定事項ですが、基地の皆様が知らずにスタンノ共和国に攻め入らぬよう、結界を解いて頂く前に私がご説明に参ったのです」


「皇帝陛下は……皇帝陛下もご存じなのですか!?」

「陛下は崩御ほうぎょなされました」


「「「「えっ!?」」」」

「「「「そんな……」」」」

「「「「嘘だろ……」」」」


「で、では、皇太子殿下は!?」

「兄上も……」


に一騎打ちを挑み、敗れたのだ」

「「「「!!!!」」」」


「貴様! 敵国の将の分際でのこのこと一人で!」


 フレディ少佐が我慢の限界とばかりに立ち上がって剣を抜いた。だが、優弥は蚊を払いのけるようにヒラヒラと手を振る。


「あー、それもう聞き飽きた。スカーレット殿、彼に剣を収めるように言ってくれ」

「フレディ少佐、おやめなさい!」

「で、ですが……」


「ハセミ陛下は兄上の剣を素手で受け止めたのです。貴方が……いいえ、ここにいる全員でかかっても敵う相手ではありません!」


「何なら貴様ら全員を殺しても構わんのだが、この後のスカーレット殿の演説のために基地内の者たちを集めてもらわねばならん。だからフレディとやら、今は無礼を見逃してやる。大人しく席に戻れ」

「くっ!」


「お願いですから陛下、何度も申し上げますが彼らを煽らないで下さい!」


 そう言って頬を膨らませながら窘める皇女を、彼は不覚にも可愛いと思ってしまったのだった。

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