第十五話 玉座

「スカーレット殿、オリビア殿。これが皇太子ではだめだ」

「はい」

「異存はありませんわ」


 追尾投擲を放つ直前、優弥は二人の皇女を完全結界で覆った。この後話をしなければならないのに、鼓膜が破れて耳が聞こえなくなってしまっては都合が悪かったからである。


 残された兵士たちの多くは耳がやられたためか、ジュードが殺されたことに対する怒りが飛んでしまったようだ。皇女二人からは第二皇子のせいでしんみりする雰囲気さえ消されていた。


基地ノルランディの兵士たちを救いたいならこの場でが出した要求を呑む必要があるが、スカーレット殿にその決定権はあるか?」

「残念ながらございません。ですがハセミ陛下、彼らが死んでしまえば我が帝国の軍事力は大きく削がれます。それをお望みなのではないのですか?」


「勘違いしているようだが、余は殺戮を好んでいるわけではない。敵兵といえども十七万もの人間が餓死するなど、考えただけでもゾッとするぞ」

「で、では!」


「だが一国の王としてけじめは必要だ。やむを得んことはどうしようもない」

「…………」


「要求を呑んでも呑まなくても帝国は終わりだ。ならばスカーレット殿、余と共に基地に赴き、兵士たちに退くよう演説するのはどうだ?」


「基地に入ることが出来るのですか!?」

「まあな」


「分かりました。陛下のお言葉に従います。オリビア」

「はい、姉上」


「貴女は兄上や姉上たちにハセミ陛下からの要求を呑むと伝えて下さい」

「分かりましたわ」


「亡くなられた二人の兄上たちのお姿を見れば反論はされないと思います」

「ええ。あの方たちは臆病ですから」


「それと陛下」

「うん?」


「属国や属領の者たちは復権し、独立を望んでいるのですよね?」

「そうだ」

「そうなると私たちは……」


「正式な決定は帝政解体後となるが、帝都バルビノを含む帝国本国と全ての帝国直轄領は我が国の属領とし、現皇族は直系のうち何人かを侯爵位、他の者は伯爵位に。また城にいる法衣貴族は身分を剥奪の上、戦争に加担した者は悉くを死罪に処する」


 むろん彼の意に従わない皇族は死罪だ。この決定に周囲に残った兵士のうち、追尾投擲の爆音に耐えた耳の持ち主たちがどよめく。無理もないだろう。これまで最強と信じて疑わなかった帝国の行く末が、たった一日で崩壊し小国の属領となってしまうと決まったからだ。

 納得出来ない者がいるのは当然である。


「スカーレット皇女殿下に申し上げます!」


「ハセミ陛下、よろしいですか?」

「構わん」

「許します。申してみなさい」


「皇女殿下は我が帝国を、我々をそこの小国の王に売り渡すおつもりですか!?」

「言葉が過ぎます! 私たちは戦争を仕掛けて敗北した敗戦国。そしてハセミ陛下は戦勝国の王です。是非はありません」


「ですが基地にいる兵の多くは徴募された者たち。対して帝都に拠点を置く正規軍は十分な戦力を残しております!」

「貴様! 我が息子を見殺しにしろというのか!」


 叫んだのはヘルムに羽根飾りをつけた中年の兵士だった。


「国の礎となって死ねるならば本望でしょう。スカーレット皇女殿下、どうか我々にその者を討ち取るご命令を!」

「なりません!」


「雑兵ごときが余を討ち取るとは片腹痛い」

「雑兵だと!」


「おやめなさい! これ以上ハセミ陛下を怒らせることは許しません!」


「他にも頭の悪い雑魚どもがいるようだ。まとめて相手をしてやっても構わんが岩に押し潰されるだけだぞ」

「ハセミ陛下、彼らを煽らないでほしいですわ」


「オリビア殿、先に無礼を吐いたのはそこの雑魚兵の方なんだがな。それにこれでも余はかなり我慢しているのだ。本来ならこの城ごと破壊しても飽き足らぬほどに憤っているのだぞ」


「兵士たちに告げます。我がテヘローナ帝国はハセミガルド王国に対し宣戦布告し、敗北しました。敗戦した帝国は戦勝国であるハセミガルド王国に従う他はありません」

「ですがスカーレット皇女殿下! 我々には基地の様子は分かりませんし、そこの王を名乗る者とて本物かどうか」


「何を言うのです!」

「百歩譲って王が本物だとしても、あの基地は巨大です。それを結界で出入り不能にしたなどとはとても信じられません!」


「否は認めません! 帝国の決定に従えないというのなら、今すぐこの国を去りなさい!」

「こ、この売国奴ばいこくどめっ!!」


 突然先ほどの兵士が剣を抜いてスカーレットに斬りかかる。だが、それにいち早く反応したのは羽根飾りのヘルムを着けた兵士だった。彼は背後から逆臣の首を刎ね飛ばし、その場にひざまずく。


「皇女殿下に刃を向けた不埒者を征伐いたしました。ですが神聖なる謁見の間を血に染めたは我が罪。御免!」


 そう言って自らの首を貫こうとした剣を、優弥が蹴り飛ばして自害を許さなかった。


「な、なにを……?」

「神聖なる謁見の間を血に染めた罪と言っておきながら、自らの血でこの場を染めるとは何事か!?」

「そ、それは……」


「そんなことより息子が基地にいるんだろう? ならば頭の悪い雑兵どもを、皇女に従うよう説得してみせよ」

「ハセミ陛下、お手を煩わせたこと、お詫び申し上げます」


「全くだ。後になって要求には従えないと言われても面倒だな。スカーレット殿より帝位継承権が上の者はこの事態を日和ったとして投獄とし、後に余が裁定を下す」

「は、はい?」


「テヘローナが我が属領となった後、貴殿を領主に任ずると言っている。オリビア殿は副領主として姉を支えよ。余を悪魔呼ばわりしたことには目をつぶってやろう」

「はえ?」


 いきなりのことにオリビアが変な声を出した。


「明日までに可能か?」

「は、はい。もちろんです」


「では明日また訪れるとしよう。分かっているとは思うが玉座は開けておけよ。明日も今日と同じようなら今度こそ本当に城を潰し、皇族を皆殺しにする」

「しょ、承知いたしました」


 それを聞いて優弥は、最初に来た時と同様に瞬間移動スキルでその場から姿を消した。残された者たちは二人の皇女も含めて呆気に取られていたが、彼がそれを知る由もなかった。

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