第十四話 矜恃
「残念ながら現在、我が国と貴国は先代皇帝の愚行により戦争状態にある」
「はい」
「この戦争を終わらせるため、
「それについて話しあ……」
「だが、この状況はなんだ!?」
「は、はい?」
「要求を呑むならそこをどけ、皇太子! それとも滅びの道を望むか!?」
「ジュード殿下はいずれ皇帝になられるお方ぞ!」
「小国の国王こそ無礼である!」
「「「「そうだそうだ!!」」」」
「スカーレット殿下、オリビア殿下、こちらへ!」
数人の兵士が優弥と皇女二人の間に入ると、彼女たちはそのまま脇に控える兵士の後ろに連れていかれた。
「待て! そのようなことは許しておらぬぞ!」
「ジュード殿下、敵国の将がのこのこ一人でやってきたのです。この機を逃す手はありません! 総員抜刀!」
「ならん! 剣を収めよ!」
「皇太子、もう遅い」
「ぎゃーっ!」
「うがーっ!!」
剣を抜いて斬りかかってくる兵士たちだったが、彼らが優弥の許にたどり着くことはなかった。次々と大岩が頭上から降り注ぎ、鎧ごと彼らを押し潰していたのである。
一瞬の出来事に他の兵士たちは硬直し、皇女二人は顔から血の気を失ってへたり込んでいた。
「皇太子、他国の王に対し剣を向けた無礼者を成敗したが、申すことがあれば聞こう」
「仰せの通り、一兵卒の分際で陛下に剣を向けたは無礼千万」
「では、余に非はないということでよいな?」
「……」
「思うところがあるなら申してみよ」
「この者らも武人。剣を合わせて敗れたならば何も言うことはございません。ですがこれではあまりにも卑怯にございます!」
「卑怯? 卑怯と申すか?」
「いかにも」
「余一人に大勢で斬りかかろうとしたこの者たちは卑怯ではないのか?」
「護衛を引き連れておられれば多対一にはならなかったでしょう。敵国の城に一人で参られた陛下にこそ非がございます。また、お一人でなければこの者たちも剣を抜かなかったかも知れません」
「ふむ。結果論ではあるが一理あるか。もっとも余が護衛を伴わずに参ったのは、これだけの兵に囲まれれば無事ではすまないからだ。護衛がな」
「陛下は……横暴です!」
「褒め言葉と受け取っておこう。ところでどうするのだ? 要求を呑むか呑まぬか。
「クーパー卿が申していた通り陛下の仕業……」
「余が張った結界だ。誰一人出ることも入ることも出来ん。要求を呑むなら解除してやるが、呑まねば中にいる者たちは餓死することになろう」
「お待ち下さい! 殿下、基地のこととは一体?」
周囲の兵士の中から、ヘルムに羽根飾りをつけた中年の男が声を上げた。
「見えない壁に阻まれて出入り出来ない状態が続いている。内外で音も遮断されているそうだ」
「そんな……あそこには息子が……!」
「ハセミ陛下、どうかここは一つ停戦でご了承頂けませんか。もちろん賠償金はお支払い致します。今後の友好のため、あそこにいる二人の妹たちも嫁がせましょう」
「ならん。要求は無条件降伏、属国及び属領の解放、帝政の解体だ。呑むのか、呑まぬのかのみを答えよ」
「無慈悲な……」
「余は敵対する者には容赦はしない。基地にいる者たちも戦のために集まったからには、死ぬ覚悟は出来ているはずだ」
「陛下には王としての矜恃はないのですか!?」
「矜持矜持と聞き飽きたぞ。矜恃で国民が飢えず、戦火に苛まれないならいくらでも持ってやろう。だが貴国はその矜恃とやらで我が属国に兵を進めたのだ。何の意味がある!? あれば示せ!」
「くっ……陛下は要求を呑まねば私を殺し、次代に要求を突きつけると仰せになられた。間違いはございませんか?」
「ああ」
「ならば私は敵わずとも刃をもって答えと致します。陛下も剣をお抜き下さい。ですがどうか、どうか基地の者たちには慈悲をお与え……」
そう言って皇太子は剣を抜く。しかし彼が腰の剣を抜くことはなかった。
「下らん。なぜ余がそんなことに付き合ってやらねばならんのだ。命を捨てると言うなら望み通りにしてやろう。だがそれでも基地にいる兵十七万は餓死だ」
「で、でしたら今しばらくお時間を! 基地から兵を引きます!」
「いいことを教えてやろう。全ての属国、属領の元王侯貴族たちは解放と復権を望んでいる。彼らは帝国の解体を心待ちにしているのだ」
「そんな……嘘です!」
「念書もあるぞ。解放後は自治に勤しみ、礼金として我が国に毎年金貨一枚を納めるとな」
彼は無限クローゼットからそれら念書を出してジュードに突きつけた。
「署名と花押……本物……」
「要求を呑むのか、呑まぬのか! これが最後の問いだ!」
「兄上!」
「兄上! 要求を呑みましょう! その方は人ではありませんわ! おそらく勝ち目はありません!」
「オリビア殿、それはさすがに傷つくぞ」
「いいえ! 陛下は悪魔に違いありません! でなければ十七万の兵を餓死させるなどと……!」
「ならば問おう。一方的に同盟を破棄し十七万、元は二十万の軍勢で共和国に攻め入ろうとしたのはどこの誰だ!?」
「それは父上、前皇帝が勝手に……」
「皇帝が勝手にだと? 笑わせるな! その皇帝と同じ血が貴殿らにも流れているではないか!」
「……」
「二十万の兵は戦う術のない市民を虐殺、略奪を繰り返すために集まったのだ。中には望まなかった者もいるだろうが、戦場で剣や槍、弓を引くことに変わりはない!」
「ですが!」
「余が悪魔と申したな。少なくとも余は罪のない市民をむやみに殺したりはせぬぞ!!」
「私たちは和平を望んでおります! そこに慈悲は頂けないのでしょうか!?」
「警告を無視し、戦争を仕掛けてきたのは貴国だ。我が属国の兵士にも死者が出ている。そこに帝国の慈悲があったと申すか!」
「どうあっても要求を下げては頂けないのですか?」
「クーパー伯爵から聞かなかったのか? すでにこの要求は下げたもの。本来の要求はこれらに加えてテヘローナ一族の粛清だったのだ!」
「「ひどい!」」
「ジュード殿、そこをどいて玉座を明け渡せ」
「申し訳ございません、陛下。私はあの世で十七万の兵たちに詫びましょう。スカーレット、オリビア、後のことは残った皆で話し合ってくれ」
「「兄上!?」」
「よいのだな? 貴殿が命を捨てても余は情けはかけぬ。無駄死にになるのだぞ」
「それでも、私の矜恃にございますから」
皇太子はいきなり剣を上段から振り下ろす。それを素手で受け止めると、彼はそのまま刀身をへし折った。
「なっ! 素手で!?」
「余が剣を抜く前に振り下ろすとは。そこまで言うなら相手をしてやろうと思ったが見損なったぞ!」
繰り出された拳は皇太子の顔面を捉え、何かが弾ける音と共に頭が粉々に吹き飛んでいた。皇女二人は目の前で起きた無残な光景に絶句し、兵たちもその場から一歩も動けずにいた。
その時である。
「いやー、お見事お見事!」
拍手しながら一人の男性が謁見の間に入ってきた。彼は周囲の兵士に軽い調子で手を振りながら優弥の手前五メートルのところで立ち止まる。
「君が竜殺しの王だよね。ボクはテヘローナ帝国の第二皇子……だったんだけど、兄さんが死んじゃったから第一皇子、帝位継承権も第二位だったし皇太子になるのかな」
「その未来の皇太子が何の用だ?」
「さすが竜殺しは伊達じゃないね。ボクが皇帝になったらハセミガルドだっけ? 第一の属国に取り上げてあげるよ。よかったね!」
直後に爆音が轟き、皇女二人を除いて多くの兵士たちが耳を押さえていた。そんな中、倒れた自称皇太子の額にはビー玉大の穴が開いていたのである。
――あとがき――
明日6/5(月)は更新お休みさせて頂きます。
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