第十三話 国王と皇太子
「ユウヤ、オンセンよかったよ!」
一週間のアルタミール領旅行から帰ってくるなり、エリヤは満面の笑みで転送ゲートで出迎えた優弥に叫んだ。危うくハグされそうになったのを、何とか直前で避けられたのは奇跡という他はない。
「それはよかった」
「シヨウニンたちのおミヤゲもいっぱいカえたね!」
「ハセミ陛下、私たちからもお礼申し上げます」
「奥さんもルカたちも楽しめたようでよかったな」
「それでユウヤ、リョウチのホウはモンダイない?」
「大丈夫だ。敵兵は基地に缶詰にしてある」
「チイさなセントウもなし?」
「ああ」
「それならアンシンしたよ」
移動は転送ゲートを使うので旅の疲れはほとんどないだろうが、快適な北の大地から蒸し暑いところに戻ってきたのだ。それにベゼル城の者たちも勇者の帰りを首を長くして待っていることだろう。
とても戦時中とは思えない毎日だが間もなく正念場を迎えることは、この場にいる誰もが知っていた。
「ユウヤのおじちゃん」
「うん? どうした、ルカ」
「負けないでね!」
「任せろ!」
互いに拳を突き出して合わせると、しばらくしてエリヤたちは再び転送ゲートを使ってベゼル城へと帰っていった。
◆◇◆◇
クーパー伯爵が帝国に旅立ってから、予定の二十日目となった。バール城でテヘローナ帝国の意思を確かめる日である。
「行ってくる」
「お館様、本当にお供しなくてよろしいのですか?」
「今回は降伏か交戦継続かの二択だからな。降伏なら何も起こらないし、交戦継続なら数百の騎士や衛兵を蹴散らすことになる。足手まといとは言わないが、俺一人の方が動きやすい」
「承知致しました。交戦となった場合の事後処理には現地の配下を存分にお使い下さい」
「ああ、そうさせてもらおう」
無条件降伏を受け入れるなら、玉座は空いており謁見の間に配置される衛兵の数はそれほど多くないはずだ。逆に受け入れないなら玉座には皇太子がいて、最初に訪ねた時よりもさらに多くの兵士が待ち構えていることだろう。
「ハセミガルド王国国王、ユウヤ・アルタミール・ハセミ陛下とお見受け致します!」
テヘローナ帝国城バールに到着。いきなり謁見の間に瞬間移動してもよかったが、ここはあえて正面から入ることにした。彼の姿を見て敬礼しているのは以前もいた門兵で、他に門の左右に二人ずつ合計四人が立っている。
城に続く道には赤絨毯が敷かれており、両脇を甲冑を身に着けた兵士が埋め尽くしていた。
「いかにも、
「「「「「ははっ!!」」」」」
五人の門兵が改めて背筋を伸ばし敬礼すると、その先の兵士たちが剣を抜き、一度頭上に掲げてから斜めに傾け左右からアーチを作った。
(ほう。これなら無条件降伏も期待出来るかも知れんな)
すると兵士たちの背後から美しい金髪女性二人が姿を現した。とはいっても完全に隠れていたわけではなく、出てくるタイミングを待っていたようだ。
「お初にお目にかかります。第七皇女のスカーレット・テヘローナと申します」
「同じく、第八皇女のオリビア・テヘローナですわ」
二人ともひざ上まで見えるフィッシュテールデザインのドレスを纏っていた。スカーレットはパステルブルー、オリビアはレモンイエローがよく似合っている。少々扇情的に感じられるが何となくその意図は読めた。
「私たちがご案内致します」
「うむ」
二人に先導されて城内に入ると、ほぼ隙間なく使用人と思われる者たちが進路を示すごとくにズラリと並んで頭を下げていた。三メートル間隔で剣を下に向けて立つ兵士の姿もある。
「お噂には聞いておりましたが、ハセミ陛下は本当に凛々しいお姿ですのね」
「私も驚きましたわ。不躾ながら年齢よりもずっと若く見えますもの」
「貴殿らは知らぬのか?」
「何をでございます?」
「皇帝の死因だ」
「もちろん存じております」
「これでも皇族ですわよ」
「ほう。俺が怖くないのか?」
「畏れは致しますが、怖くはございません」
「強い男性には憧れますわ」
「そうか」
二人は拍子抜けしたような表情の優弥を見て、クスクスと柔らかい笑い声を上げた。だが、どんなに平静を装っていても、ロッティたちのように過酷な試練を乗り越えない限り、生存本能は隠せないものである。
彼は二人の額に滲んだ汗を見て、政略結婚の道具にされる身の上に憐れみさえ感じていた。
やがて一度通ったことのある道順を辿り、三人は謁見の間の扉に着いた。
「ユウヤ・アルタミール・ハセミ陛下のご到着です。扉を開けなさい」
「「はっ!!」」
両側に控えていた兵士が脇に備えつけられたレバーを下げると、重厚な扉がゆっくりと開かれていく。そしてある程度開いた先に見えた光景は、彼に判断を迷わせるものだった。
「ハセミ陛下、どうぞこちらへ」
スカーレットとオリビアの二人が相変わらず先導を続ける。その先には玉座があり、座っている者はいない。だが、赤絨毯の左右には最初の時よりも多くの兵が控えている。
そして何よりも正面の玉座の前に、優弥よりも背が高く筋肉質のガッシリとした体型の男が立っていた。ダークブラウンの短髪にちょい悪風の顎髭、鋭い眼光は並の者なら睨まれただけで怯んでしまうことだろう。
その立ち位置では、空席となっている玉座に向かうのには邪魔でしかなかった。
「ハセミ陛下、ご紹介致します」
「こちらがテヘローナ帝国皇太子、ジュード・バルビノース・テヘローナですわ」
「…………」
「ハセミ陛下?」
「帝国の皇太子は口が利けんのか?」
「「えっ?」」
「そのようなことはございませんが」
「ほう。ちゃんと口が利けるではないか」
「ハセミ陛下、どういうことですの?」
「オリビア殿、他国とはいえ
「仰せの通りでございますわ」
「ならば皇太子はなぜ先に名乗らぬ?」
「それは……」
「こ、これは失礼致しました。オリビアが紹介してくれたのでつい……」
優弥が皇太子を睨みつけたことで謁見の間に緊張が走る。
「私はテヘローナ帝国皇太子、ジュード・バルビノース・テヘローナと申します」
「ハセミガルド王国国王、ユウヤ・アルタミール・ハセミだ」
だが、優弥は相変わらず皇太子を睨みつけたままだった。
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