第十一話 帝国からの使者

 テヘローナ帝国に激震が走った。スタンノ共和国との同盟を破棄し、宣戦布告したその日に皇帝エズラ・バルビノ・テヘローナが崩御ほうぎょしたと発表されたからだ。


 ただしそれはあくまでもしたことのみであり、暗殺された事実は隠されたのである。


「父上と近衛騎士たちをったのはハセミガルドの国王なんだな」

「その場に居合わせた者はおりませんが国王本人か、あるいは奇抜な格好をした女たちの仕業で間違いないと思われます」


「父上も最後の最後に焼きが回ったか。あの王は決して触れてはならん相手だ。即刻使者を送り、停戦交渉に入りたいと伝えさせよ」

「ですがジュード皇太子殿下、現場に残されていた書簡には……」


 優弥はロッティ配下の二人が仇討ちを成し遂げた後、謁見の間に帝国軍が大敗を喫した経緯を書き綴った書簡を残しておいたのである。同時に書簡には敗戦国として無条件降伏並びに属国及び属領の解放、帝政の解体要求も記されていた。


 なお、これを受けた皇太子は帝国軍が初戦で大敗した事実を確認するために、身体能力と疲労回復の魔法が使える者を使って早馬を飛ばしている。それでも結果が分かるまでに早くても五日はかかるだろう。


「戯けたことを。こんな要求に従えば取り返しがつかなくなることくらい分かっているはずだ。これは先に無理な要求を突きつけて、後から少しずつ下げていく交渉術だ。停戦交渉には必ず乗ってくる」

「確かに、国力を考えればむしろあちらの方が停戦を望んでいてもおかしくありませんね」


「普通の王ならな。だが奴が一人でドラゴンを倒したというのも眉唾ではないのかも知れん」

「と仰いますと?」


「手下の女を複数連れていたとはいえ、門兵を無力化して易々とこのバール城に押し入り、居合わせた近衛騎士団を皆殺しにして父上を惨殺した」

「ですが女たちが手練れの密偵なら不可能ではないかと思います」


「その手練れを束ねているから実力が底知れぬと言っているのだ。一人なら手練れの者でも自分より能力の劣る主に仕えることはあるだろう。しかし統率の取れた集団となると話は変わってくる」


「はあ……」

「つまり、その手練れが束になっても敵わないということだよ」


「まさか! 竜殺しといえども所詮は人間ですよ」

「だがその人間は異世界から来た者だ」


 それでもジュードは、無条件降伏の要求がハッタリだという考えは曲げなかった。望んでいるのは停戦で間違いない。何故ならこのまま戦争を続ければ、兵力の差でどちらが有利か目に見えているからである。


 まして帝政の解体など応じられるわけがなかった。間もなく彼は帝位を継承する。そうしたらハセミガルド王国と和平を結び、互いに利する関係を続けると見せかけてアスレア帝国を陥落させればいい。


 名目だけのことと分かってはいるが、ハセミガルド王国はアスレア帝国の属国である。宗主国がテヘローナに下ったとなれば、その時こそ必然的に竜殺しの国も属国になり下がるのだ。


「父上は何故こんな簡単なことが分からなかったのだろうな」

「寄る年波には……おっと、失言でございました」


「聞かなかったことにしてやる。さっさとハセミガルド王国に使者を送れ」

「タイラー・クーパー伯爵を送りましょう」


 皇太子の命を受けた伯爵が旅立ったのは翌日のことだった。



◆◇◆◇



 優弥たちがテヘローナの皇帝を暗殺してから二十日が過ぎた頃、ソフーラ城に帝国からの使者が訪れた。敵対結界を通ってこられたということは、使者に敵意はないと考えられる。


 それでも彼はたっぷり五日間待たせてから面会に応じた。場所は最も狭い応接室。敵国の使者を謁見の間に通す必要などないからだ。


「私はタイラー・クーパー。テヘローナ皇帝陛下より伯爵位を賜った者にございます。我が国の皇太子、ジュード・バルビノース・テヘローナ殿下の遣いで参りました」

「ユウヤ・アルタミール・ハセミだ。使者が来たということは、無条件降伏に応じるのだな?」


「これは手厳しい。陛下がそのようにお望みと伺ってはおりますが、現実的ではございません」

「ほう。どの辺りが現実的ではないと申す?」


「こう言っては失礼と承知の上で申し上げますが、我が国と貴国では国力に差があり過ぎます」

「具体的には?」


「兵力に歴然とした差があるのです。このまま戦争を継続すれば、今はよくてもいずれ兵力差で貴国は必ず敗北するでしょう」

「なるほど、兵力差か」


「はい。ですからここは互いに血を流すことを止め、まずは停戦交渉から和平条約を締結。もちろん我が主はスタンノ共和国の解放を望んではおりません」


「そうか。ところでクーパー殿はテヘローナ皇帝の死因をどのように聞いている?」

「詳しいことは何も。ご高齢の身で激務をこなしておいでのようでしたから、疲労が原因かも知れませんが私の憶測に過ぎません」


「なるほど、真相を知りたいか?」

「まさかハセミ陛下はご存じなのですか!?」


「敵国の情報だ。皇族以外に隠されていることを知っているやも知れんぞ」

「それは……お聞きするのが少々恐ろしくもありますね」


「正直でよい。ではこの部屋に余と貴殿の他は、そこの給仕の女しかおらんことをどう思う?」

「不敬罪に問いませんか?」


「つまり不敬なことを考えているわけだな。よい、問わぬから申せ」

「少々無防備が過ぎるのではと思っております」


「やはり貴殿は正直でよいな。では先ほどの提案だが、答えはノーだ」

「ノー……とは?」


「停戦交渉に応じるつもりはない。テヘローナ帝国の無条件降伏並びに属国、属領の解放と帝政の解体。受け入れないというのであれば、皇太子は皇帝と同じ道を歩むことになる」

「お、お待ち下さい! まさか、皇帝陛下はハセミ陛下が……!?」


「察しがよすぎると命を縮めることになるぞ。貴殿は戻って皇太子に余の言を伝えるに留めるがよかろう」

「そんな……!」


「無条件降伏もその他の要求も、本来余の望むところから何段も下げたものなのだ」

「ハセミ陛下の本来の望みとは?」


「余の身内に手を出した者が等しく歩むべき道筋を辿ること。すなわち、テヘローナ一族の粛清だ」

「鬼……」


「身内からは優しいと言われ慕われているのだがな」

「お館様は敵意ある者には容赦なされません。そこを無条件降伏とその他いくつかの条件で収められるのですから、今までにない寛大なご処置なのですよ」


 ロッティはいつの間にかクーパー伯爵の眼球まで数ミリのところに苦無くないを突きつけて言った。


「クーパー殿、これで分かったかな? 余の護衛は彼女が一人いれば十分なのだ。極論を言えば護衛など必要ないのだがな。ロッティ、そろそろ苦無を引っ込めてやれ。クーパー殿の顔色が真っ青だ」

「これは大変失礼致しました」


「クーパー殿が帰られてからきっちり二十日後にバール城を訪れよう」

「はい?」


「帰国して皇太子に余の言葉を伝えるには十分な日数だと思うが?」

「まさかこの後ハセミ陛下も我が国に向かわれるのですか?」


「そうなるな。そこで要求を呑むなら謁見の間の玉座を空けておくよう伝えろ。呑まぬなら皇太子は玉座にて待つがよい。ただし、その瞬間に皇太子の死に場所が決まるということだ」

「は、ハセミ陛下!?」


「さらに、次の皇太子も同じ答えを繰り返すなら、余の要求は本来のものに格上げとする」

「テヘローナ一族の粛清……」


「孫の代までな。謁見の間に兵を何百と控えさせておいても構わぬぞ。むろんそれら兵も皆殺しの目に遭うと覚悟するように伝えておくがよかろう」

「しょ、承知致しました」


「そうだ。帰る途中で基地ノルランディに寄ってみよ。面白いものが見られるぞ」

「面白いもの?」

「見れば余の言を皇太子に伝えやすくなるであろう」


 クーパーが応接室を出てから、彼はロッティに伯爵の追跡を命じるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る