第十話 皇帝暗殺
初戦が行われた翌日、テヘローナ帝国はスタンノ共和国との同盟を破棄、同時に宣戦が布告された。奇襲してからの大国による一方的な同盟破棄は、共和国はもとより帝国民をも動揺させずにはいられなかった。
「さて、ちょっくら行ってくるか」
「ユウヤ、どこイくの?」
「皇帝をぶっ殺してくる。約束してたからな」
「そうなの? ミーはイかなくてヘイキ?」
「ああ。ロッティ、向こうには何人待機してる?」
「十二名です。その中に例の二人もおります」
「分かった。じゃ、その子らと合流するか」
ロッティと共に、仕掛けておいた転送ゲートでテヘローナ帝国へと向かう。バール城内にも転送ゲートは設置してあったが、現地でロッティの配下と落ち合うため、転送先は城から少し離れた場所にした。
その日の密偵たちは、扇情的で露出度が高いくノ一のような衣装を身に纏っている。ロッティも含めて十三人を従えた優弥は、城に入ろうとしたところで少々鼻の下を伸ばした門兵に止められた。
「何者だ!? ここを皇帝陛下が
「知っているとも。その皇帝に会いに来た」
「なに? 演芸団か何かか? 許可証を出せ」
「そんなものないさ。口約束だからな」
「待て。確認して……」
そこで門兵が突然膝から崩れた。他の門兵たちも同様である。ロッティの配下数人に首を手刀で打たれたからだ。
城内に入れば使用人の目に留まる。だが、彼らは門兵が気絶させられたのを知らないので、優弥たちが侵入者だとは思ってもいないのだろう。一人のメイドが和やかに近寄ってきて頭を下げた。
「ようこそ、バール城へ。失礼ですがどちら様でしょう?」
「ハセミガルド王国国王、ユウヤ・アルタミール・ハセミだ」
「は? は、ハセミガルド王国……!?」
この一声で周囲の視線が集まり、たまたま通りかかった衛兵が駆け寄ってくる。
「何事か!?」
「こ、こちらの方がハセミガルド王国と名乗られまして……」
「ハセミガルド王国? ま、まさか貴方様は!?」
「ほう、
「な、何をしに参られた!? 貴国とは戦争状態にあるはずですぞ!」
「お館様がお尋ねです。お答えなさい」
ロッティの
ところが次の瞬間には、全員がロッティ配下の者たちによって床に組み伏せられていたのである。
「騒がれませんよう。大人しくして下されば皆様に危害は加えません。貴方は早くお答えを」
「そ、そうです。謁見の間でお顔を拝させて頂きました」
「そうか。ならば用件も分かっているのではないか?」
「ま、まさか皇帝陛下を……!?」
「俺は約束は破らない……ように心がけているからな」
「くっ!」
「抵抗はお止め下さい。次に動いたらこれが喉を貫きますよ」
「ひっ!!」
忍び足でその場から逃げようとしたメイドの目の前には苦無が飛んだ。おそらく助けを呼びに行こうとしたのだろうが、素人がプロの目を盗めるはずはない。
苦無を投げた者がそのメイドの背後に回り込んで、彼女の腕を捻じ上げる。
「い、痛い!」
「使用人の皆さんはこちらに。急いで下さい。でないとこの方の命がなくなりますよ」
そうして使用人と衛兵を一塊にすると、優弥は広めの完全結界で彼らを覆った。込めた魔力が少ないので結界は十分ほどで解ける。これなら窒息してしまうこともないだろう。
なお、閉じ込める前に使用人に聞き出した情報によると、この時間皇帝は執務室にいるそうだ。そこで彼は謁見の間に向かい、ロッティに皇帝を呼びに行かせた。
むろん、玉座で待つのは優弥だ。
ほどなくして慌ただしく鉄が擦れ合う音が聞こえてくる。勢いよく扉を開いて謁見の間に飛び込んできたのは、周囲を騎士に護られた皇帝、エズラ・バルビノ・テヘローナ本人だった。
「よう皇帝、せっかく警告してやったのにアンタ、脳みそ大丈夫か? それとも
「貴様! 無礼だぞ!」
「ああん? 騎士ごとき分際で
「ハセミガルドの国王よ、貴殿は何をしに参った? 停戦には応じるつもりはないぞ」
「停戦だ? バカ言ってんじゃねえよ。こっちが唯一認めてやるのは無条件降伏のみだ」
「それこそバカを申すでない! 無条件降伏などと本気で申しておるのか!」
「ま、それはひとまずいいわ。今日はこの前の約束を果たしに来てやったんだ」
「約束などした覚えはないが?」
「やっぱり耄碌したんじゃねえか。下の衛兵はちゃんと覚えてたみたいなんだがな」
「何を言って……」
「我が属国に攻め入るようなことがあればそれを蹴散らし、再び俺はこの地に現れる。その日は貴様の命日となろう。そう言ったはずだぞ。そして攻め込んできた三万の軍は言葉通り蹴散らしてやった」
「まさか、そんなはずは……」
「ああ、まだ一日しか経ってないから報告は届いてなかったか。だから奇襲に失敗したのに宣戦布告なんて噛ましてきやがったんだな」
「そ、そうだ! それなのに
「タネ明かししてやるつもりはないね。聞いたところですぐ死ぬんだし」
「なっ!」
「ハセミガルド王国国王、ユウヤ・アルタミール・ハセミの名において命ずる。テヘローナ帝国の騎士共、死にたくなければ皇帝を置いてこの部屋から去れ!」
「ふざけるな!」
「他国の王と我慢していれば図に乗りおって!」
「我らの前に姿を現したは運の尽きぞ! 奇抜な出で立ちの女を並べても、帝国最強と謳われる近衛騎士団が女の色香になど惑わされることはない!」
「我らの剣の錆となることを誇りに思え! 皆の者、かかれ!」
だが、彼らが剣の柄に手をかけ、一歩踏み出したところで全員膝から崩れ落ちた。ヘルムのわずかな目の部分の隙間に深々と苦無が突き刺さり、脳を貫かれていたのである。
「貴殿は騎士の矜持をなんと心得る!」
「お言葉ですが皇帝陛下」
「な、なんだ女!!」
「これが
「忍……だと?」
「お館様、二人にお許しを」
「許す」
「「ありがたき幸せ!」」
ロッティの配下二人が彼に頭を下げると、皇帝の許ににじり寄った。
「な、なんだ貴様ら! 無礼であるぞ!」
「皇帝、その二人はな、アンタが寄越したヨリスとゲラードって暗殺者に姉を殺されたんだよ」
「し、知らん! そんな二人は知らん!」
「まだすっ惚けるか。まあいい。どの道アンタはうちに宣戦布告したんだ。その日に暗殺されちゃう皇帝って滑稽だよな」
「ま、待て! 停戦だ! 停戦しようではないか!」
「はん! さっき俺は言ったはずだぞ。無条件降伏しか認めんとな!」
「分かった。降伏する! 無条件降伏だ!」
「ま、誰も聞いてないところで言われてもな。それに降伏しようがしまいが、俺は絶賛約束を守る努力中なんだ。二人とも、もういいぞ」
「「はっ!」」
「ま、待て! 待ってくぎゃあっ!!」
なぶり殺しとはこのことを言うのだろう。二人はすぐに死なせないよう、絶妙に急所を外して苦無を突き立てていく。刺してからグリグリと傷口をかき回し、また別のところを刺してと繰り返す。
痛みで気を失っても魔法で水をぶっかけて起こし、再び拷問を始める。それは皇帝の顔から血の気が失せ、失血でショックを起こす寸前まで続けられた。
「そろそろトドメを刺せ」
「「はっ!!」」
最後に二人で一振りの忍者刀を握り、息を合わせて力強く皇帝の胸に突き刺す。微かな痙攣の後、老体は帰らぬ人となるのであった。
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