第七話 落日のドブル商会

「おかしい……」


 ドブル商会の会頭オリー・ドブルは、度重なるスタンノ共和国からの追加注文に頭を痛めていた。共和国内の武具などの価格は日々、過去最高値を更新し続けている。彼が困っていたのは商会に届けられたハセミガルド王国からの書簡が原因だった。


 その内容とは、現在ドブル商会と傘下の商会が抱えている未収の売掛金についてである。どの取引先も支払い能力があるように見えなかったので、全て王国が肩代わりするという内容だ。


 債権の焦げつきにより健全な商取り引きに悪影響が出るのを防ぐためとのことだったが、同時に債務者には一切の請求をしてはならないとあった。王国が金を払ってくれるというのだから、それだけなら特に問題はない。


 だが、まず既存店を乗っ取るために周囲に出させた店が軒並み営業停止に追い込まれてしまった。多少の調べでは商会との繋がりを勘づかれてしまうことはないだろうが、それだけに口出しが出来ない。


 理由は営業許可を受けていなかったからだというが、そんなことはあり得なかった。きっちりと許可証も発行されたはずだからだ。しかし、いざ提出を求められる段になったら保管してあった場所から消えてしまっていたという。どの店も全てだ。


 さらに王国が肩代わりすることになった売掛金は、注文を受けた武具類の代金と合わせて支払うという。


 ドブル商会の金は底を尽きかけていた。


 というのも共和国が発注してくる武具類その他の代金は、仕入れてから二週間以内に仕入れ元に全額現金で決済しなければならない。これも国と契約を取り交わしてから急に可決された法案だった。


 さすがに抗議したが、他の商会や商人が値上がりを見越して共和国が発注した品を買い占めることを防ぐためだという。要するにドブル商会の保護が目的だと言われてしまったのだ。


 それなら自分たちは国に尽くしているのだから決済期日の例外を認めてほしいと懇願したが、国が差別するわけにはいかないとけんもほろろだったのである。


 気づけば大量の在庫を抱え、早々に代金を支払って引き取ってもらわなければ、金はもちろん倉庫までパンクしてしまいそうな状況だった。しかし納品はまだ一カ月以上先である。


「どうにか売掛金を先に。不可能でしたら半分、いえ、三分の一でも構いませんので、武具類の納品と代金の支払いを前倒しして頂けませんでしょうか」


「ドブル殿、貴殿の困窮は理解したが支払い期日や条件はすでに議会で決定済み。これを前倒しするとなると再度議会を招集しなければならない」

「大統領閣下、そこを何とか。そうだ、ハセミ陛下にお願いして……」


「戯けたことを申すな。そのような個人的なことを陛下にお願い出来るわけがなかろう。と言いたいところだが、確かに金にも保管場所にも困っていると言うならこの先の仕入れにも差し障るな」

「おお! では!」


「ひとまずハセミ陛下に奏上してみよう」

「あ、ありがとうございます!」


 その一週間後、ドブル会頭は共和国議会に呼び出された。


「喜べ会頭。陛下はご理解をお示し下されたぞ」

「ガルシア大統領閣下、ありがとうございます!」


「うむ。まずは陛下からのご回答だ。議会にてよく吟味しドブル商会によきよう計らえ、とのこと」

「は、はい?」


「これより新法案を作成し、議会を招集して吟味することになる。法案作成におよそ一週間、議会は現在予算案の話し合いが進まない状況ではあるが、おそらく十日ほどで可決されるだろう」

「お、お待ち下さい……」


「その後もいくつかの審議が予定されているので、支払い期日の前倒しに関する議論は……これでは前倒しにはならないかも知れぬな」

「大統領閣下! あんまりです!」


「仕方なかろう。ハセミ陛下への陳情を願ったのは貴殿だ。陛下の決定には大統領特権も及ばぬ故、もはやどうすることも出来ぬ」

「そんなぁ……」


「余計なことを言わずにおればあと一カ月ほどで納品の期限だったのだがな。もっとも数が多いため検品には時間を要するにだろうし、支払いは早くて二カ月後といったところだったが」


「そ、それでは破産してしまいます! そうだ、国庫からお金を融通して頂くわけには参りませんでしょうか?」

「先ほども申した通り、現在議会は予算案の審議中だ。ドブル商会に融通する予算など組み込まれておらぬ」


「まさか……謀られた……?」


「無礼者! 商会の会頭ごときが共和国議会を愚弄するか!」

「し、失礼を申しました! お許し下さい!」


「ならん! 議会に対する暴言は共和国に対する叛意はんいと同義。ひいては宗主国ハセミガルド王国国王、ユウヤ・アルタミール・ハセミ陛下を冒涜したも同然。許される罪ではないわ! ドブル会頭を引っ立てよ!」


「「「「はっ!!」」」」

「お待ち下さい、閣下! ガルシア大統領閣下!」


 捕らえられたドブル商会会頭オリー・ドブルの裁判は、三日間の拷問の後に開かれた。


 そこでは優弥が商会本部を訪れて発注した際に、在庫を偽ったことも追及され反逆罪が確定。その他市場を混乱させたばかりか、姑息な手段で健全な商会や商人を罠に嵌め、乗っ取りを繰り返していたことも明らかとなった。


 それまでコツコツと働いて築いた財を失い、絶望して一家心中した者も一人や二人ではない。


 結果、ドブル商会は共和国に召し上げられて国営商会となり、会頭のオリー・ドブルと大番頭のオリーソン・ドブルは死罪。ドブル一族は身分を犯罪奴隷に落とされ、過酷な鉱山労働や開拓民として未開地に送られることとなったのである。


「害虫は一掃したということだな」


 優弥は後日、ロッティから報告を受けて満足げに頷いた。タダ同然で手に入った武具類は、現在ベンゼン領に建設中の砦に集められる予定だ。


 季節は春。すでにテヘローナ帝国が侵攻を開始するまで、三カ月を切っていた。

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