第五話 里の候補地
「お館様、エルフ族の移住地ですが」
「いい場所が見つかったか?」
「王都からそう遠くない山間に盗賊団の村があったのを覚えておいでですか?」
ハセミガルド王国建国から二年ほど経過した頃、王都周辺の村が盗賊に襲われる被害が相次いでいた。その主犯たる賊が根城としていた村があり、優弥が
広さは五百メートル四方ほどで近くに小川も流れていた。
「あそこか」
「今は草地になっておりますが、エルフ族が住むにはよい土地かと思います」
「盗賊団が隠れ住んでいたほどだから、知らなければたどり着く者もいないだろうしな。一度長老と族長に見てもらうか」
「それがよろしいかと」
まずは瞬間移動で村の跡地に行って転送ゲートを設置し、城に戻ってからロッティを伴ってエルフの里に向かう。跡地と里の間には少々大きめの十人が通れるゲートを設置した。
「国王様、今日は何用かな?」
「移住候補地が決まってな。下見をしてもらいたいんだが」
「ほっほ。それはちょうどよかったわい。皆で話し合った結果じゃがの。移住を受け入れることになったんじゃ」
「そうか。それはよかった」
「ただ一つ叶えてもらいたいことがあっての」
「叶えてもらいたいこと?」
「自由に里と行き来出来るようにしてほしいんじゃ」
「ああ、そんなことか。問題ないぞ」
長老とアリアの父親である族長、それと長老が指名した数人のエルフに転送ゲートの起動権限を与えれば済むことである。
「これで俺やロッティたちがいなくてもゲートを自由に使えるぞ」
「ほっほ。それは重畳じゃわい。して、この転送ゲートとやらは一度に何人まで乗れるんじゃ?」
「十人にした。俺とロッティ以外に通れるのはエルフ族のみだから、万一招かれざる者がいたとしてもゲートに乗りさえすれば置いてけぼりに出来る」
「ほう。えらく都合がよいものじゃの」
「元々関係者以外には秘匿すべきものだからな」
仮に賊に人質を取られても、ゲートを使えば安全に脱出可能というわけだ。
「では早速下見に行きたいのじゃが、この中で同行を希望する者はおるか?」
長老の言葉に、全員が手を挙げた。とはいっても集まっているのは長老と族長以外は五人しかいないので、優弥とロッティを入れても定員オーバーにはならない。
「では起動試験も兼ねて、長老か族長がやってみてくれるか?」
「長老、私でよろしいですか?」
「よかろう。レジー、やってみてくれ」
「はい」
転送ゲートは問題なく起動し、九人は
「ほほう、これはよい場所じゃな」
「そうですね。里よりも広いですし」
共にやってきたエルフたちも気に入ったようだ。
「ここでよければ家やその他の建物は準備しておくが」
「なんの、それくらいは自分たちで何とかするわい」
「ただ婿殿よ」
(婿殿か。アリアの嫁入りは決定なんだな)
「どうした?」
「魔物の気配を感じるのだが」
「それなら心配する必要はない。不可視というわけではないがこの土地に結界を張る。敵意や害意がある者は出入り出来ない結界だ」
「なるほど」
敵意なく単に通りすがったり迷い込んだりする魔物に対しては、現在の里のように柵などを立てればいいだろう。
「その代わり魔物を討伐しようと考えたら、エルフ族も結界に阻まれるから気をつけてくれ」
「我々には魔物を討伐するような力はないから問題ない」
「ロッティの配下を何人か護衛として常駐させてもいいがどうする?」
「そうじゃの。今すぐには必要ないが、いずれ頼むかも知れん」
「承知した。城への転送ゲートも設置しておいたから、何かあったら訪ねてきてくれ。そっちは三人も通れれば十分だろう」
「至れり尽くせりで申し訳ないのう」
「気にするな」
しばらく土地を見て回るというというので、その前に小川を案内してから優弥が結界を張った。ただ、小川まで結界の範囲内に入れてしまうと、魔物が単に水を飲みにきていたところに出くわした場合に意味がなくなってしまう。
結界内で敵意なしから敵意ありに変わるからだ。そのため話し合った結果、水路を掘ることになった。距離にして十メートルほど掘るだけなので、それほど重労働でもないという。
「人員は足りるのか?」
「そういう魔法に長けている者がおるので大丈夫じゃよ」
「お館様、サーベルウルフです」
サーベルウルフとは剣のような牙を持つ狼で、かつて『追尾投擲』スキルが生えた時にグルール鉱山で見つけて、試し撃ちしの標的にした魔物である。その後も何度か遭遇しているが、優弥にとっては雑魚でしかない相手でもエルフたちには脅威だった。
先ほど族長のレジーが感じた魔物の気配とは、こいつのことだったのだろう。
「何頭いる?」
「三頭です。親子と思われます」
「長老たちは結界の中まで下がってしっかりと耳を塞いでくれ」
「耳を塞げ?」
「ああ、鼓膜が破れるほどの大きな音がするからな」
「そうか。皆、国王様の言う通りにするのじゃ」
エルフ全員が結界の内側に下がると同時に、小川の畔にサーベルウルフが姿を現した。子供と思われる小さな個体が二頭なので、大きな一頭は母親と見てまず間違いない。
三頭はどうやら水を飲みに来ただけのようで、始めは敵意を感じられなかった。だが、優弥たちの匂いを獲物と判断したようだ。母親が二頭を庇うように前に出て唸りながら威嚇してきた。
(水路には蓋が必要だな。敵意なく辿ってこられたら結界をすり抜けられてしまう。柵を立てるにしても念には念だ)
「お館様!」
考え事をしていたせいで、母ウルフが飛びかかってくるのに気づけなかった。ロッティが声を上げた時にはすでに魔物の前脚が彼の肩にかかり、首に牙を突き立てられていたのである。
「んだよぉっ!!」
だが、当然牙は一ミリも刺さることなく、彼は両手で狼の首を掴むとそのまま地面に叩きつけていた。
「キャン!」
母ウルフは犬が恐怖や痛みを感じた時に出すような甲高い鳴き声を上げたが、さらに二度三度と叩きつけられているうちに絶命する。それを見て逃げ出そうとした子ウルフは追尾投擲で仕留めた。
「子供とはいえ魔物だからな。情けをかけるわけにはいかんだろう」
「お館様! 心臓が止まるかと思いました!」
「ああ、すまんすまん」
「サーベルウルフごときにお館様がやられるとは思いませんが、あまり心配させないで下さい」
「悪かったって。ちょっと考え事をしていたんだよ」
「敵を目の前に考え事……」
自分にとってはサーベルウルフなど敵の内に入らない、と言いかけてやめた。珍しくロッティが涙ぐんでいたからである。
(目の前で首に噛みつかれたら、そりゃ焦るか)
「今度から気をつけるよ」
「出すぎたことを申しました」
「気にするな」
彼女の頭を軽くポンポンと撫でると、頬を染めて俯いてしまった。
なお、エルフたちが魔物から毛皮を取りたいとのことだったので、遺体はそのままエルフに引き渡す。後は里と往復しながら自分たちで移住を進めるということだったので、優弥とロッティは一足先にその地を離れるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます