第四話 エルフ族の里

「おお、アリア! 本当ほんに無事じゃったとは。人族のお嬢さんから聞いた時は半信半疑じゃったが……」


 エルフの里は不可視の結界が効力を発揮する入り口付近から十分ほど歩いたところにあった。鬱蒼うっそうとした森に囲まれる中、そこだけが拓けている感じだ。


 ここに住むエルフ族は全部で三十人ほどだと聞いているから、開拓には相当な困難もあったことだろう。


 住居は大小合わせて十棟。他に集会所として使われている建物と、中央には井戸もある。その井戸の周りに長老と、眠っていないエルフが集まって優弥たちを出迎えていた。


 なお、彼らの容姿は長老がイケオジっぽい風体の他は、アリアとの年齢差が分からないほど若々しい。


(あれで百歳とか二百歳とか超えてるんだろうな)


「貴方様が国王様かの?」

「お初にお目にかかる。ハセミガルド王国国王、ユウヤ・アルタミール・ハセミと申す」


「ほっほ。人族の王が魔物と称されるエルフのわしに頭を下げるか」


「人より長き時を生きるエルフ族に俺は敬意を持っている。また、貴殿らを虐げてきた歴史には心より詫びたいとも思っているのだ」

「ほう。聞けば国王様はこの世界に無理矢理召喚された別世界の住人だったと聞いておる。それでもこの世界の人族として詫びると?」


「過去はどうあれ、現在の俺はこの世界の人間として生きているからな」

「ふむ。ま、こんなところで立ち話もなんじゃから集会所へ案内するとしよう」


 集会所に入ると木製のテーブルや椅子がきれいに並べられていた。椅子は全部で十脚あったが、当然優弥とアリア、それに護衛としてついてきているロッティと、長老を含むこの場にいる住人たち全員が腰かけるには数が足りない。


 すると着席したのは長老ともう一人、若く見える男性の二人のみで、他はきれいに整列して壁際に並んだ。ロッティはいつものように彼の背後に控えている。


「改めて娘を救ってくれたことに礼を言わせてもらおう。アリアの父、レジーだ。ここでは族長をやっている」


 そう言ったのは長老ではなく、もう一人の男性の方だった。アリアの兄と言われても違和感がないが、族長と言われて彼は驚く。


(長老が族長というわけではないのか)


「名乗るのが遅れたのう。長老のジョシュアじゃ」


「長老と父上、国王すごいんだよ!」

「アリア、待ちなさい。お前の話は後だ」

「ぶーっ!」


「ほっほ。そちらのロッティさんのお仲間さんから聞いたところによると、アリアはどこぞの商人に売られていたそうじゃの」

「ドブル商会だな。ずい分酷い目に遭わされたらしい」


「アリア、そうなのか?」

「痛いこといっぱいされたよ、父上」

「なんということだ!」


「そのことだが俺に考えがある。きっちりと落とし前をつけさせるから、しばらく時間をくれないか」


 現状、エルフ族は魔物扱いなので、アリアを痛めつけたことで罪を問うことは出来ない。しかも傷を負わされても治ってしまって痕も残ってないので、虐待の事実を証明することが難しいのである。


「そういうことならハセミ国王に任せるとしよう」

「儂もそれが最善と思う」


「決して悪いようにはしないと誓おう。ところでこれは提案なのだが」

「ほっほ。提案とな?」


「このままテヘローナ帝国にいてもいいことはない。我がハセミガルド王国に移住する気はないか?」

「里を捨てろと申されるのか?」


「住み慣れた里だ。手放したくないのは分かる。だからエルフ族が望むならロッティの配下の者たちに責任をもって維持させるようにする」

「我らは今のままでも問題なく暮らせておるが、移住するメリットを教えてもらえんかのう?」


「そうだな。ではその前にアリアの話を聞いてくれ」

「アリアの? 何かあるのか?」

「アリア、出番だぞ」


「うん! あのね、国王すごいの! ジャイアントエテコとボスエテコを倒しちゃったんだよ!」

「「なんと!?」」


 ジョシュアとレジーが驚いた表情で意図せずハモった。


「国王は私にジャイアントエテコの爪をくれたんだ。それを私が国王にあげればエルフ族の英雄でしょ?」

「ん? どういうことだ、アリア?」


「だからね、私、国王のお嫁さんになるの」

「は?」

「なんじゃと?」


 長老と父親から睨まれてしまった。だが、そんなことで怯むような彼ではない。


「成り行きでな。だが悪いことでもないと思うぞ。俺は国王だ。アリアが国王の妃となれば、エルフ族が魔物扱いされるのを改めることが出来る。族長には侯爵位と共に、木々が生い茂る森のある領地も与えよう」

「アリアを人間である貴殿に嫁がせよと言われるのか?」


「まあ、移住も含めて無理にとは言わんよ。俺にはすでに三人の妻がいるし、いずれ妻になる予定の者も一人いる」


「やはり人間とは節操のない生き物なのだな」

「待て待て、その言われ方は心外だぞ」


「父上、エビィリンお姉ちゃんもソフィア姉様もポーラ姉様も、国王のことが好きになってお嫁さんにしてもらったんだよ」

「今言った三人が貴殿の妃か?」


「そうだ。特にアリアは第三王妃のエビィリンと仲がいい。城に来てからは彼女の侍女見習いをさせていたんだ」

「侍女見習い?」


「ところがここに来る途中でボスエテコの群に遭遇してな。そいつらを倒したらアリアが嫁に来たいと言い出したんだよ」


 好きだの嫌いだのといったくだりはアリアの名誉に関わることなので省いたが、それでもさすがに父親も長老も彼女の性格から流れを理解したのだろう。二人とも額に手を当てて溜め息を漏らしていた。


「そういうことか……」

「なるほどのう」


「ただ、アリアとの結婚はまだ決定ではない。間もなくテヘローナ帝国は我が国の属国であるスタンノ共和国に侵攻してくるからだ。これの対処もあって結論は早くても秋になるだろう」

「もう決まったようなものだけどね!」


「戦争が起こるのか!? 帝国は強大なのに少しも焦っているようには見えないが……」

「帝国なんぞに負けないからだ。攻め込んできたら返り討ちにして、帝国も解体してやるつもりだ。しかしそうなると里に居続けるのは危険かも知れん」


「だから貴殿の王国に移り住めと? 帝国を出るだけでもここからどれ程の距離があるのか分かって……」

「そこは心配ない。転送ゲートを開く」


「転送ゲート?」

「瞬間移動の魔法みたいなものだ」


「そんな魔法が存在するのか!?」

「ああ。だからいつでも里とは行き来出来る」


「分かった。長老、私は移住してもよいと考えますが」

「そうじゃの。じゃが皆の意見も聞いてみんことには何とも言えん。国王様、返事は少し待ってもらえんか」


「構わんよ。こっちも移住に適した場所を探す必要があるしな」


 アリアはエビィリンの許に帰りたがったので、その日は連れ帰ることにした。とはいっても転送ゲートを設置したので戻りは一瞬である。


 念のため長老と族長にも転送ゲートでソフーラ城と往復させると、これでもかというほど目を見開いて驚愕していた。なお、一度に通れるのは六人までだ。


 その後、里の方針が決まったら連絡をもらうため、ロッティの配下に転送ゲート起動の権限を与える。これで何か不測の事態が発生してもすぐに駆けつけることが可能となった。


「ロッティ、戻ったら配下を使ってエルフ族の移住に適した場所を探してくれ」

「承知致しました、お館様」


 間もなく優弥たちはエルフ族の里を後にして、城へと帰るのだった。

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