第三話 アリアの小さな作戦

「ウキャッ! ウキャキャ! ウッキャ!!」

(なるほど猿の魔物か。見た目はゴリラっぽいのに鳴き声は確かに猿だな)


 優弥はそんなことを考えつつも、声を出したせいで居場所が分かった一頭に向けて二弾目を放った。最初の一頭と同様に魔物は眉間を貫かれて絶命する。


「お館様、あちらの木の上に一頭います」

「見えた!」


 三頭目を倒した時に動いた影を見つけて、そのまま四頭目を仕留めたところで状況が変わった。これまで倒したジャイアントエテコの倍の大きさはあろうかという巨体が、突然目の前十メートルほどのところに飛び降りてきたのだ。


「お館様、ボスエテコです!」

「ボスエテコ?」


「おそらくこの群のボスです。手練れの騎士百人でようやく倒せる相手と聞いております」

「ほう、なら奴はきれいなままで死んでもらうとするか」


 それはまさにボスエテコがこちらに向かって走り出そうとした瞬間だった。いきなり見えない壁に当たって動きが止まったかと思うと、急に苦しみだしたのである。


 それを見た群の魔物たちがボスを護るようにして一斉に集まってきた。全部で八頭。だがこうなると彼らは単なる的である。八回の爆音でジャイアントエテコの群は全滅していた。


「お館様、何をなされたのですか?」

「いや、どうせ倒すなら剥製にするのもいいかと思ってな、ボスエテコってのをほとんど隙間のないように完全結界で覆ってやったんだ。苦しさに首を掻きむしろうにも結界で傷は付かないし、すぐに窒息して死ぬと思うぞ」


 余分に苦しみを与えることになるが、徒党を組んで襲いかかってきたのは向こうが先だ。彼はボスエテコが絶命したのを確認してから、遺体を無限クローゼットに収納した。


「アリア、どうだった?」

「国王、すごい!」

「そうかそうか」


「あのお猿が出るとアリアたち、逃げるしかなかった」

「お前たちもご苦労だった」

「「「「はっ!」」」」


「お館様が剥製にするのを望まれたのは、もしかして帝国から雪土竜ゆきつちりゅうの剥製を贈られたからですか?」

「まあ、それもないとは言えないかな。騎士百人で相手するなら、雪土竜より討伐難易度が高いだろ」


「雪土竜は騎士が五人いれば倒せますので雲泥の差があるかと」

「無傷なら度肝を抜いてやれるってことか」


「表皮も硬いので、槍や剣で何度も突いたり斬りつけたりしなければなりません。魔法も効きにくいと言われておりますので、無傷での討伐などまず不可能ではないかと思われます。帝国に送りつけるのですか?」

「そのつもりだったが、話を聞いたらもったいなく思えてきたな。ま、追々考えるさ」


「国王」

「ん? どうした、アリア」


「あのね、ジャイアントエテコの爪、もらえないかな?」

「爪?」

「うん」


「いいぞ」

「やったーっ!」


「どうして爪なんかが欲しいんだ?」

「えっとね、ジャイアントエテコの爪持ってるとエルフ族の英雄になれるの」


「アリアは英雄になりたいのか?」

「ううん、違う。英雄は国王。アリアから国王にジャイアントエテコを倒した証、贈るの」

「ほう」


「それでね、アリアは国王のお嫁さんになるの」

「そうかそうか……はぁ!?」


 ロッティを始めとする密偵たちが額に手を当てて盛大な溜め息を漏らす。


「ちょっと待て、アリア」

「なあに?」


「ジャイアントエテコを倒したのは誰だ?」

「国王だよ」


「それだとアリアが俺に爪を贈るってのはおかしくないか?」

「なんで?」


「俺が倒したから爪は俺の物だろ?」

「うん」

「俺の物を俺に贈るっては……」


「だってさっき国王、爪くれるって言ったよ」

「言った。確かに言った。しかしなあ……」


「ね、アリアさん」

「なあに、ロッティお姉さん」


「人からもらった物を人にあげるっていいことなのかな?」

「えっ!? そ、それは……」


(ロッティ、ナイスアシストだ!)


 アリアをいじめているようで彼の心は痛んだが、セルフ英雄というのはもっと気が引ける。


「で、でもでも、アリアは国王が大好きだし、国王もアリアのこと大好きって言ってくれたもん!」

「いや、だからその大好きってのは違う意味で……」


「国王がアリアのこと好きって言ってくれたのは嘘だったの?」

「う、嘘なんかじゃないぞ」


「だったらいいじゃん! エビィリンお姉ちゃんもソフィア姉様もポーラ姉様だって、国王のことが好きって言ったらお嫁さんにしてもらいなさいって言ってたよ」

「マジか……」


(まったく、あの三人は何を考えて……)


 もっともエビィリンが賛成した理由は分からないでもなかった。おそらく彼女は絶滅危惧種とも言うべきエルフ族の保護を考えたのだろう。アリアが優弥に好意を抱いていたことも都合がよかったというわけだ。


 彼女がハセミガルドの王族に嫁げば、少なくともハセミガルド王国とスタンノ共和国において、エルフ族は魔物認定から外されることになる。加えて必然的に保護対象ともなるのだ。


 エルフの里は現在、仮想敵国とも言えるテヘローナ帝国領内にあるが、知っている者はそう多くはないはずである。しかも里自体が不可視の結界に覆われているため、容易に見つけることは出来ない。


 さらにアリアを娶ることで、一族をハセミガルド王国に移住させることも可能となるわけだ。もっとも移住はエルフ族が了承すれば、の話ではあるが。


「ティベリアお姉ちゃんも賛成じゃって」

「え、魔王まで? てかいつ来たんだ?」


「よく遊びに来てるよ」

「そ、そっか」


 どうやら外堀はほぼ埋められてしまったらしい。頼みの綱のロッティに目で助けを求めても、小さく首を左右に振るばかりだった。


「分かった。だが少し考えさせてくれ」

「どれくらい?」


「秋までには答えを出そう」

「えー、そんなに待たなきゃだめなの?」


「アリアをいじめたドブル商会と、テヘローナ帝国を懲らしめなきゃならないからな」

「そっか、仇を取ってくれるって言ってたもんね」


「任せろ。だから待てるか?」

「うん!」


 ところがこの時の彼は気づいていなかった。すでに新たな称号として『エルフ族の英雄』が生えていたということを。



――あとがき――

本日は更新予定ではなかったのですが、関東から北陸、東北は雨の地域が多いようなので更新しました(^o^)

気晴らしになるといいな。

明日と明後日は更新をお休みさせて頂きますm(._.)m

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