第二話 里へ

 アリアがソフーラ城に来てから二カ月、間もなく寒さが和らぐ二月の下旬にロッティが思わぬ報せを持ってきた。


「お館様、エルフ族の長老からお会いしたいとの申し入れがございました」


 それは一度は取り消したエルフ族の長老に会いたいとの彼の願いを聞き、無理のない程度に里の捜索を行っていた彼女の配下がもたらしたものだった。


 長老の遣いが接触してきたのだという。


「場所はテヘローナ帝国直轄領、バズルベールにある森の中とのことにございます」

「そうか! でかした!」


「取り消されたご命令を勝手に遂行していたことをお詫び申し上げます」


「いや、無理のない範囲でやってくれていたのならありがたい。ただ、褒美を与えたいところなのだが、そうするとこの先無理をする者が出てこないとも限らないからな。命令に背いた罰と功績で相殺だと伝えておいてくれ」

「お館様のご配慮に感謝致します」


 本来は罰しなければならないところだが、功績と相殺としたことで決して無駄ではなかったということが伝わるだろう。


 里のあるバズルベールは帝都バルビノより北に馬車で二日、前回バルビノに向かう途中に八日目に寄った宿場町から西に約十キロのところにあるとのこと。それならまず宿場町付近に瞬間移動スキルで彼が飛び、転送ゲートを設置して戻ればアリアも連れていける。


 長老はアリアにも会いたがっているというので、転送ゲートが役に立つ。だがその前に、アリアの意思を確かめなくてはならない。何故なら彼女を城に連れてくる前に尋ねた時、里に帰ることを拒んだからだ。


 寝るのに飽きたとの言葉を、彼は鵜呑みにはしていなかった。もしかしたらドブル商会に捕まる前に、里で虐待を受けていたかも知れない。アリアは嘘を言えるような性格とも思えなかったが、可能性がゼロでない限りは慎重にならざるを得ないのである。


「アリア、長老が会いたがっているそうだが、お前はどうしたい?」

「え? 長老様が!? アリアも会いたい!」

「そ、そうか」


 心配は杞憂だったようだ。


「一時的に配下の者は不可視の結界を通れるようにされており、あちらはいつ来ても問題ないとのことです」


「ではロッティ、転送ゲートを設置しに行くから、宿場町からの案内を頼む」

「はっ!」


「ねえパパ、私も行っちゃだめ?」


「エビィリンの気持ちは分かるが、エルフ族に余計な警戒をされても困るからな。またの機会にしてくれるか」

「アリアちゃん、そのまま里に帰っちゃうの?」


「ううん。エビィリンお姉ちゃんのところに戻ってくるつもりだよ」

「エビィリンお姉ちゃん?」


「えっへへー、パパ、私お姉ちゃんになったんだよ」


「エビィリンお姉ちゃん、優しいから好き。国王も優しいから大好き!」

「おう、俺もアリアが大好きだぞ」


「お館様、私もお館様を敬愛申し上げております」

「こらこらロッティ、そこは張り合うところじゃないだろ」


「パパ、モテモテだね!」

「エビィリン!」

「きゃはっ!」


(なんだよ、このラブコメ展開は。てかアリアは百五十歳超えだぞ)


 実年齢のことはエビィリンにも伝えてある。それでもお姉ちゃん呼びさせているのは、単にアリアの見た目と精神年齢的なものが原因なのだろう。


 翌日転送ゲートの設置を終えて貴族と分かる衣装に着替えた彼は、アリアによそ行きの服を着せてロッティと三人で目的地に飛ぶ。念のため宿場町の近くにもゲートは設置してあるが、用もないのに立ち寄る必要はない。


 それでも正確な里の入り口は知らされてなかったので、魔物の出る森の中を進んでいくことになる。実はこれもエビィリンを連れてこなかった理由の一つだった。


「ロッティ、魔物が襲ってきても極力追尾投擲は使いたくない」

「アリアがいるからですね?」

「ああ」


「ついびとうてきってなあに?」

「魔物をやっつけることが出来るスキルなんだが、鼓膜が破れるくらいの音がするんだ」


「すごーいっ! 国王、魔物やっつけられるんだ!」

「まあな」

「アリア、大きな音でもびっくりしないよ?」


「そうか。でも大丈夫だ。このお姉さんと仲間たちが護ってくれるからな」

「ロッティお姉さんも強いの?」


「強いぞぉ。だから絶対に俺かお姉さんの傍を離れないようにな」

「分かった!」


 しばらく森の中を歩いていると、ロッティの配下が八人で辺りを警戒しながらついてきた。突然現れた彼女たちに怯える様子もなく、アリアは時々手を振っている。


 だが、和やかな雰囲気も束の間、彼女たちに緊張が走った。八人が優弥たちを庇うように囲み、苦無くないを両手に構えて立ち止まる。


「お館様、十頭以上のジャイアントエテコです。囲まれました。申し訳ございません」

「ジャイアントエテコ?」


「成体で体長三メートルほどの緑色の猿の魔物です。奴らは保護色で周囲に同化して好んで人を襲い、荷物を持ち去る習性があります」

「やれるか?」

「無傷では難しいかと」


「分かった。お前たちは下がって俺の後ろでアリアを囲め。完全結界を張る」

「お手数をおかけ致します」


「アリア、音が聞こえなくなるが追尾投擲を見せてやれそうだぞ」

「ほんと!? やったーっ!!」


「ロッティ、目になれ。耳は問題ないな?」

「はっ! 頂いた耳栓を使用させて頂きます」


 標的に保護色を使われると、さすがの優弥も目で捉えるのが困難になる。そんな時に頼りになるのがロッティの気配察知能力だ。スキルではなく純粋に鍛えられた密偵としての能力だが、魔物の保護色程度なら簡単に見抜いてくれる。


「お、一匹は見つけたぞ!」


 彼がそう言った次の瞬間、爆音が辺りに鳴り響き、眉間にゴルフボール大の風穴が開けられたジャイアントエテコの巨体が、スローモーションのように倒れるのだった。

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