第二部 第四章 開戦

第一話 ドブル商会

 エルフのアリアを買い取る際にドブル商会に担保として預けてあったドラゴンの鱗は無事に戻ってきた。


 ただ、実際に金を届けに行ったロッティの報告によると、執拗に鱗の譲渡を迫られたそうだ。最終的に配下と数人で囲んで苦無くないを突きつけることになったらしい。


 ちなみに共和国のいくつかの要所にはすでに転送ゲートを設置済みだった。


「それで?」


「はい、ので、お館様のお言葉に逆らった反逆罪で首を刎ねられるか、金貨五千枚を諦めるかを選ばせました」

「よくやった」


「お館様のお言いつけに従わせて頂いたまでのことにございます」

「よし、その内の千枚をロッティと配下の者たちに褒美としてつかわす。好きに使え」


「ありがたき幸せ!」

「ああ、それとな」

「はい?」


「出来ればエルフ族の長老とやらに会ってみたい」

「かしこまりました。最善を尽くさせて頂きます」


「ん? ロッティにしては珍しいな。やはり里を見つけるのは難しいのか?」


「いえ、見つけるだけでしたらそれほどでもございませんが、里に入るのに手間取るかと思います」

「結界のことか」


「不可視の結界は里の存在をただ隠すだけでなく、その先の道も隠されてしまうのです」

「つまり、迷うと?」


「はい。迷えばまず出られません」

「分かった。取り消そう」

「よろしいので?」


「長老には会ってみたいというだけで、お前たちに命を賭けさせるほどのことでもない」

「ご配慮、心より感謝申し上げます」


 当のアリアは城に連れ帰ってから、彼女をいたく気に入った様子のエビィリンに侍女見習いとして任せることにした。他に侍女が二人ついているが、エビィリンは彼女たちを自分と同等に扱っている。


 部屋にいる時に限ったことだが、彼女は昔から同じテーブルで侍女と食事を共にしているのだ。第三王妃となった今でもそれは変わらず、侍女たちが困っていたので彼が正式に許したのである。


(エビィリンに任せておけばアリアも困ることはないだろう)


 それから数日後、彼はスタンノ共和国の大統領府を訪れていた。


「ガルシア殿、ドブル商会を潰すと共和国はどのくらい困る?」

「物流が滞るのはもちろんですが、傘下の商会まで含めると少なくとも五千人以上が路頭に迷うことになるでしょう。末端までとなると想像もつきません」


「ならばぶんどって国営化してしまえばいい」

「そうは申されましても理由が必要です」

「理由ならあるではないか」

「はい?」


「ドブル商会は現在、最低でもが要求した武具類の数の五倍は在庫を持っている」

「えっ!? 証拠はあるのですか?」


「帳簿を手に入れてある。言い逃れは出来んよ」

「なるほど」


「つまり奴は余に嘘をついたというわけだ。宗主国の王に偽りを申したのだぞ。立派な反逆罪ではないか」

「愚かなことを……」


「ひとまず今回発注した分の代金は早々に支払ってやれ。以降は三カ月後にまとめて納品とし、代金もその時に支払うものとする。それまで追加発注を繰り返せ」

「金を使わせるだけ使わせて、最後に叩くということですね」


「ああ。全てを奪い取り、ドブル商会は取り潰し。ドブル会頭は反逆罪により死罪とし、一族は身分を犯罪奴隷に落とす」


 それは非常に過酷な処分であった。犯罪奴隷には基本的に身分回復の余地はない。よくて鉱山での労働、戦争になれば最前線に送られることもある。


「商会の後を引き継いで国営商会として続ければいいだろう。従業員も希望する者は待遇を変えずに雇ってやれば、路頭に迷うこともないはずだ」

「労せずして軍事物資も手に入るというわけですか。傘下の商会はいかが致しましょう」


「そこは議会で決めてくれ。共和国に脅威となる規模の商会ならドブルと同様に潰してしまえばいい」

「容赦ないですね」


「鼻が利くのは商人として結構なことだが、国家は決して敵に回してはならん相手だ。その程度のことも分からんような奴は存在自体が無用なんだよ」


 そこでふと彼は、ドブル商会を見せしめにすると言った時に、議員たちがニヤリと笑っていたのを思い出して何故かとガルシアに聞いてみた。


「貴族からも平民からもいい印象を持たれていないとのことだったが?」

「それですか。常に足許を見る商売をしているからですよ」


「足許を見る? 大なり小なり誰でもやっていることではないのか?」


「やり方が姑息なんです。さらにドブル商会に騙されて店や商売そのものを乗っ取られた貴族や平民は少なくありません」

「いくら何でも商会相手なら契約書を交わすだろう?」


 ところがその契約書が問題だという。ドブル商会から物を仕入れるに当たり、仕入れ価格は変動相場制のような仕組みが導入されるのだ。


 この世界では日本と比べてかなり高価な塩を例に取ると、契約時の相場が一キロ当たり小金貨一枚、日本円でおよそ一万円だったとする。商会はそれを七掛けの七千円で商店や料理店に卸す契約を交わす。その代わり定量購入が条件で期間は最低でも十年。


 この時点では顧客はこれまでと比べ、仕入れ値が三割も安くなる。しかし半年ほどで塩の市場価格が値上がりを始め、一年経った頃には市場価格は倍の二万円となり、七掛けでも一万四千円になってしまうのだ。


 むろんこれは商会による市場操作が原因なのだが、分かった時は後の祭り。訴えても契約書は正当なものであるし、始めは儲かったのだから商会が市場操作した事実を証明出来ない限り勝ち目はない。


 当然商会は証拠を握らせるようなヘマをするわけもなく、小さな商会、商店主はもちろん貴族でも歯が立たないのが実情だった。議会も商会の正当性の前では弱者を救うことが叶わず、常日頃から歯噛みしていたというわけだ。


 また、この世界ではそれほど経済学が発達していないから、経験豊富な商人でもなければ目先のわずかな利益にコロッと騙されてしまうのである。


「定量購入に長期縛りの契約。加えて変動相場制とくれば、怪しさてんこ盛りなのに引っかかるとは。よく商売なんかやってられるよな」

「陛下は仕組みがお分かりなのですか?」


「余ならそんな恐ろしい契約など結ぶものか。定量購入で長期契約、しかも変動相場制なら少なくとも変動の上限は決めておくのが基本だ」


 まして市場原理など理解していないであろう者が、性善説で百戦錬磨の商会を相手にするなど自殺行為も甚だしい。現に一家離散や自殺に追い込まれた者も少なくないという。


 情報網もろくになければ、ドブル商会の悪事を知るのは実際に引っかかってからになるだろう。


「ま、それもこれも三カ月後にはきれいさっぱりだろうがな」


 優弥はその間にこれ以上被害が出ないことを祈るばかりだった。

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