第十四話 アリアの痛み

 魔法の効果を尋ねられてドブル会頭が取った行動とは――


「主の命令に背くことは出来ません。ほれ、平伏せ」

「ひっ!」


 彼女のか細い体が、何かに押さえつけられたかのように床に叩きつけられる。起き上がろうとして両手をつき、膝を曲げたところでようやく平伏した感じに見えた。


「このように。ですがご安心下さい。いくら見た目がよくても私には魔物と交わる趣味はございませんので、は生娘のままです」

「ガルシア、共和国の法では問題はないのか?」


「他国と同様に我が国もエルフは魔物扱いですから、売買に関して制限はございません」


「いかがでしょう。耳を切り落として万能薬を作るもよし。この容姿ですから愛玩動物として奉仕させるもよし。耳さえ落とさなければ痛めつけても人間より長持ち致しますので、いたぶって楽しむには打ってつけでございますよ」


 優弥は怒りに我を忘れそうだったが、ここでドブルを斬り捨てるのは他にもエルフ族を捕らえているとしたら得策ではない。というよりむしろ首を刎ねて簡単に死なせるには犯した罪が重すぎる。


「彼女の他にもエルフはいるのか?」

「いえ、現在はこれだけです。ただ、生息地は分かっておりますので、ご要望があれば捕らえて参りますが」


「その必要はない。彼女を買った場合、枷はどうなる?」

「もちろん、私のものは外してハセミ陛下を主とする枷を新たに施します」


「枷も必要はないが彼女は買い取ろう。金貨五千枚でいいんだな」

「はい。ですがよろしいので?」

「何がだ?」


「枷のことです。逃げられても責任は負えませんが」

「構わん。金は後ほど届けさせる。彼女はもらっていくぞ」


「申し訳ございません。金貨五千枚はさすがに我が商会としても高額です。引き換えでなければ……」

「ならばこれでどうだ?」


 彼は懐から出すふりをして、無限クローゼットからドラゴンの鱗十枚を差し出した。


「これは?」

「余が倒したドラゴンの鱗だ。オークションでは金貨五百枚が相場と聞く。これを十枚、担保としよう」


「ドラゴンの鱗……! いえ、これを頂ければ代金は……」


「担保だ。この鱗は余が認めた者にしかやらん。代金と引き換えに返してもらう」

「そこを何とか! これがあれば……」


「くどい! 属国の商会ごときが身の程をわきまえよ! 金はすぐに届けさせる。もし一枚でも返らぬ時は、その首はおろか一族郎党死罪と知れ!」

「しょ、承知致しました」


 ドラゴンの鱗はあくまで担保として預けるだけであるため、他人に見せたり商売の宣伝に使うことを彼は固く禁じた。


「商談成立だ。帰るぞ」


 優弥はガルシアとアリアを伴い、ドブル商会を後にして馬車に乗り込む。


 彼女によると、里の近くで生まれて初めて目にした人間に興味を持ってしまい、しばらく追いかけて気配に気づかれ捕らえられてしまったそうだ。


 他に里には三十人のエルフが住んでいるが、捕まった場所からは離れているし不可視の結界に守られているので、生息地が分かっていたとしても簡単には見つけられないだろうとのことだった。


はハセミガルド王国の国王、ユウヤ・アルタミール・ハセミと申す」

「国王……偉い人?」


「一応な。だが気にすることはない」

「アリア、酷いことされるの?」


「しないぞ。里とやらに帰りたくば送ってやるが」

「でも、国王はアリアを買ったのではないの?」


「お前を自由にしてやるために買っただけだ。いずれあの商会は潰す」

「ハセミ陛下、それは……!」

「アリアから話が漏れることはないさ」


「よく分かんないけど、アリアの仇を取ってくれるってこと?」

「仇?」


「痛いこといっぱいされた」

「「…………」」


 険しい表情で黙り込んでしまった二人の顔を交互に見るアリアだったが、困っている様子はなく単に次の言葉を待っているだけのようだった。


「どんな……ことをされた? いや、思い出したくなければ……」


「髪を引っ張って引きずられたり床に叩きつけられたり、お腹蹴られたり足を棒で殴られたり、あと鞭で打たれた。鞭は嫌。あれはものすごく痛いから」

「だ、大丈夫なのか!?」


「傷とか痣は一晩寝れば治っちゃうの。長老様からみみがみ様のご加護だって教えられたよ」

「耳神様……耳から万能薬ってのもハッタリってわけではなさそうだな」


「国王、アリアの耳取っちゃうの? アリア死んじゃうよ。アリア、死にたくないよ」


「ああ、怖がらせてしまったかな、悪かった。心配しなくてもそんなことはしない」

「本当? 痛いこともしない?」


「しないしない」

「国王、優しいね!」


 この無垢な少女を痛めつけるとは、再びふつふつとドブル会頭への怒りがこみ上げてきた。


(いや待て、エルフと言えば見た目と年齢が合わない種族の代表ではないか)


「なあ、アリア」

「なあに、国王」


「アリアはいくつなんだ?」

「いくつ? 何が?」


「年齢のことだよ。女性に聞くのは失礼だと承知してはいるが、気になったことがあってな」

「年齢? うーん、分かんない」


「陛下、エルフには年齢の概念がないと聞いたことがございます」

「そ、そうなのか」


(ますます謎だ)


「ならアリア、冬は何回越した?」

「えっと、毎日寒いが百五十回きてから後は覚えてないかな」


(ビンゴ! 少なくともアリアは百五十歳以上だ!)


 しかしそれにしては彼女の言葉遣いや態度が、見た目の年齢よりもずっと幼く感じられるのが不思議だった。


 この疑問は後に解消することになるのだが、エルフはその長寿故に一生の大半を眠って過ごす。そのためエルフ同士でも接触する機会は稀で、幼少期に両親から必要最低限の知識を学ぶだけなのだ。乱獲から種族を守るために、里から出て外部と接触するすることもほとんどない。


 また、食事はしないわけではないが特に必要でもなく、森の中なら生きるための糧は空気中から得られるのである。だから何日眠り続けても餓死する心配はない。ただし森や木々の生い茂る山などから離れると、生きるために食事を摂らざるを得ないのだった。


「ところでアリアはこの後どうしたい? 里に帰るか?」

「うーん、寝てばかりいるのも飽きたから国王と一緒にいたい」


「そうか。ならば余の城に連れていこう」

「ハセミ陛下、よろしいのですか?」


「構わん。それにな、ガルシア殿」

「はい?」


「余の元いた世界ではエルフは大変に貴重な種族でもあったのだ」


 笑いながらアリアを見ると、飽きたと言ったクセに眠そうにしていた。この馬車の乗り心地がいいのと、気が緩んだせいもあったのだろう。


「アリア、眠いなら余にもたれて構わぬぞ」

「ん、国王ありがと」


 ふにゃっと微笑むと、彼の肩に頭を乗せてすぐに寝息を立て始める。そんな彼女を見て、ドブル会頭への怒りがさらに増していくのだった。



――あとがき――

次話から第四章に入ります。

公開は明日の午前7:30前後を予定してます(*^_^*)

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