第十三話 金貨三千枚の品
ドブル商会とその傘下にある商会や商人によって、スタンノ共和国各地で武器や防具などの買い占めが始まっていた。彼らはテヘローナ帝国とも交易しており、国境を往き来する機会も多い。
つまり帝国の
優弥は議会を招集した翌々日、ガルシア大統領を伴って首都マスタリーノの一等地に建てられたドブル商会の本部を訪れていた。身分を隠す必要はなかったので、大統領府からさほどの距離もなかったが、物々しい数の護衛兵を引き連れての訪問である。
むろん、二人が訪ねることは前日のうちに伝えてあった。
四頭立ての馬車が商会の玄関前に到着すると、すぐさま入り口まで赤絨毯が広げられる。その両脇に護衛兵たちが背を向けて並ぶと、優弥とガルシアが馬車を降りた。
「ハセミ国王陛下、ガルシア大統領閣下、ようこそ我がドブル商会へ」
「うむ」
「当商会会頭のオリー・ドブルと申します。こちらは大番頭のオリーソン・ドブル、手前の息子にございます」
会頭のオリーは一言で言うとオークのような顔つきだった。豚を連想させる上を向いた鼻にずんぐりとした体型で、喋ると見える歯は全て金歯である。肌の色は人のそれだが指にはいくつもの指輪がはめられ、どれも大きな宝石が飾られていた。
一方の息子はというと、こちらも親子と疑いようのないオーク面だ。もっとも体型は父親と正反対でスラッとしており、身長も頭一つ分ほど高い。当然だが肌も緑色ではない。
彼らに導かれて商会の応接室に通された優弥は、その装飾品の数々に顔をしかめた。あくどいやり方で多くの商人たちを苦しめ奪い、その金で贅の限りを尽くしている。
人を見た目で判断してはいけないと分かってはいたものの、すでに武器や防具を買い占めている商会にフラットな印象を持つのは難しい。
さらにあの風体と金歯は嫌悪するに十分だった。
「竜殺しと勇名を馳せるハセミ陛下にお越し頂けるとは、我が商会の誉にございます」
一枚板のローテーブルは見事という他なく、あまり趣味がいいとは言えない部屋の飾りの中にあって、これにだけは他を圧倒する存在感を感じさせられた。
「本日は軍用の武器と防具をお求めと伺っております」
「そうだ。鎧、剣、弓、矢、盾、小手、ブーツ、また食料その他を運ぶ馬車と馬車馬など、あらゆる品を求めている」
「数はいかほどでしょう?」
「ひとまず剣は二千、弓は五百、矢は一万といったところか。その他は改めて必要数を知らせよう」
「それだけの数となりますとすぐのご用意は難しいのですが、半分でしたら一週間でお届け致します。やはりテヘローナ帝国と戦争になるのでしょうか?」
「軍事機密だ。貴様に答えてやる義務はない」
「これは失礼致しました。ところで陛下はご存じでしょうか?」
「うん?」
「このところ武具類はどれも品薄なため値上がっておりまして」
「ほう。それもすぐに用意出来ない理由の一つなのか?」
「はい」
彼はすでにロッティから情報を得ていた。ドブル商会には先ほど提示した数量のおよそ五倍の在庫がある。それを出し惜しみするのは、この先も値上がりを続けるのが間違いないからだ。
「ドブル会頭、ひとまず納品可能な分の代金はいかほどか?」
「国が買い取って下さるとのことですので、このくらいで」
「なっ! 以前の倍ではないか!」
「大統領閣下、どうかご理解下さい。機密と仰せでしたので探る意図はございませんが、私共商人の間では遅くとも一年以内にテヘローナ帝国と戦争になるとの噂が飛び交っているのです」
「ほう。だから今のうちに軍事物資を買い占めておこうという魂胆か」
「ハセミ陛下、滅相もございません。我々商人は、いざという時にそれらを滞りなく納品させて頂けるよう努めているのです」
「なるほど。そういうことならガルシア殿、会頭の申す通りの値段で買い取ることにしよう」
「陛下、よろしいのですか?」
「構わんよ。ドブル殿、足りない分は出来るだけ早急に仕入れてくれるか」
「かしこまりました。ただ、今回と同じ額で納めさせて頂けるかどうかは……」
「値が上がるということだな?」
「はい。誠に心苦しいのですが」
「よい。必要な物には金に糸目をつけん。今後も追加の発注があればドブル商会を頼るとしよう」
「ありがたき幸せにございます」
話が終わって帰ろうと立ち上がったところで、会頭が二人を引き留める。
「まだ何かあるのか?」
「実は大変に貴重な商品が手に入りまして」
「貴重な商品?」
「はい。オークションにかければ金貨三千枚は下らないと思いますが、その前にハセミ陛下にご覧に入れるのが共和国国民の義務と存じましたので」
「ほう、金貨三千枚とはずい分と大きく出たな」
(日本円で三億だぞ)
「ご興味がおありで?」
「本当に貴重な商品ならば金貨五千枚で買い取ってやろう」
「おお! それならばオークションに出すまでもございません」
「まだ買うとは言ってないぞ」
「きっとお気に召すかと。オリーソン、例の品をここに」
「かしこまりました」
大番頭が応接室を出てしばらくすると、彼は一人の女性を連れて戻ってきた。だが、彼女を見た優弥もガルシアも思わず言葉を失ってしまう。
シルバーブロンドの腰まで届く長い髪に、エメラルドのごとく透き通った大きな瞳。輪郭は完全な左右対称と思えるほど整った卵形で、睫毛は長く鼻筋が通り、若干薄い唇は美しい桜色の光沢を放っている。
年齢は十六から十八といったところか。
四肢は細く長く腰は情欲を掻き立てるほどに括れ、胸の膨らみは飾り気のない白いワンピースの上からでも分かるほどに大きい。とはいっても過度に大きいわけではなく、カップで言えばDくらいであろうか。
しかしそれだけならどうということはない。美しさではソフィアやポーラ、エビィリンも負けてはいないからだ。二人が言葉を失った理由、それは――
「こちらはエルフ族のメスにございます」
「エルフ……だと……?」
彼女の耳は、優弥がアニメなどで見た横に長く尖ったタイプだった。だがこの世界でのエルフは、人間以上の知性と並外れた魔力を持ちながら魔物と同等の扱いを受けている。
それは種族としてごく少数であり、魔力はあっても他者を攻撃したり身を護ったりする魔法が使えなかったからだ。さらにその耳が万能薬のもとになると乱獲されたため、今では絶滅したとも言われる種族だった。
なお、エルフは耳を切り落とされると体温調節が出来なくなって死んでしまう。優弥は彼女の喉元に不可思議なタトゥーが刻まれているのが気になった。魔法陣のような模様だったからだ。
「首の模様は何だ?」
「枷の魔法でございます。これのお陰でアリア、エルフの名ですが、この建物から外に出ることは出来ません。無理に出ようとすれば体が引き裂かれます。リードのような物ですね」
「他に効果はあるのか?」
こう言われて取ったドブル会頭の行動に、優弥は怒りを感じずにはいられなかった。
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