第十二話 砦の建設

 とうとうその時がきてしまったようだ。前回のレベルアップは海竜を倒して【海王】の称号と『瞬間移動』スキルを得た時だった。


 あれ以降は特に強力な魔物を倒したりということもなかったし、すでにレベルアップに必要な歩数は、普通に生きていては到底達成出来るものではなかったのである。


 それが一気にレベルアップ手前まで経験値が増えたのは、ビネイア軍を殲滅したためだった。


 女神ハルモニアは以前夢に出てきた時、無闇に人を殺しても経験値にはならないと言った。それは召喚者がその絶大なる力をもって殺戮を繰り返すのを防ぐためとのこと。


 ただし、盗賊や戦争相手などのいわゆる自分以外にも敵となる者であれば、魔物と同等の扱いとなるとも言っていた。


 つまり現在は戦争状態にないため、基地ノルランディに集結しつつあるおよそ二十万の帝国兵を殲滅しても経験値にはならないが、宣戦布告後なら十分に経験値の対象となるということだ。


 もっとも彼は、殺人による経験値獲得を良しとはしていなかった。敵意を向けてくる相手に容赦しない方針に変わりはないが、だからと言ってそれで経験値が増えるのを望ましいとは思えなかったのである。


 なお、前回のレベルアップでは主要ステータスは2億を超えたが、今回のレベルアップで4億を超えてしまった。この世界で生きる限り必要のない値である。


 だが新たに増えたスキルは非常に有用だった。これまでは魔王に頼るしかなかった『転送ゲート設置』が加わったのである。設置と維持にはMP魔力を消費するが、これは大いに喜ぶべきスキルだった。


 魔王ティベリアには遠く及ばないが、MPも12800に増えた。しかもいくつもある転送ゲートの維持にMPを消費している彼女と比べて、彼はな状態である。


 それに開いたゲートも待機スリープにしておけば、消費MPは百分の一で済む。代わりに起動時に余分なMPを消費するが、常時起動しておくことに比べたら全く問題にはならないだろう。


「開戦は来年の夏だ」


 その日優弥は、ガルシア大統領に命じてスタンノ共和国議会を招集した。議会には大統領を含む六十人全員が顔を揃えている。


「ハセミ陛下、それは間違いのないことなのでしょうか」


 平民議員のルーベンスが沈痛な面持ちで手を挙げた。彼は現在エリヤが住んでいるベンゼン領の隣、カンズス男爵領から選出された二十八歳の若手だ。


 ベンゼン領が落ちれば、大統領府もある首都マスタリーノに向かう帝国軍は、位置的にカンズス領に進軍する可能性が非常に高い。


「間違いない」

「どのくらいの規模でしょう?」


「今のところは奴隷と徴募兵からなる第一陣が約三万と分かっている」

「第一陣で三万……!?」


「だがそれはエリヤに対する部隊だ。最終的には総勢で二十万を超える軍が押し寄せてくることになるだろう」

「に、二十万……」


「しかもエリヤを倒せば破格の報酬が約束されているから奴隷兵といえども士気は高い」

「か、勝ち目はあるのですか!?」


「なければお前たちを集めたりはせんよ」

「「「「おおっ!!」」」」


「だが、共和国軍の犠牲も避けられんと覚悟はしておけ」

「それは当然でございます」


「各領主には領軍の八割を共和国軍に従属させるよう命じよ。直轄領も同様だ。兵一人につき金貨一枚を協力金として領に、兵には一日当たり小金貨一枚を支給し、戦闘に加わった場合は別途一日につき金貨一枚を支給する」


 つまり兵を百人出せば領に金貨百枚、日本円にしておよそ一千万円が支払われ、兵には日銭として毎日一万円と、参戦すれば十万円が日数分支給されるということになる。


「傭兵の扱いはいかが致しましょう」

「個人であれば兵と同じ報酬とする。組織の場合は長を領主と同等に扱い、人数に応じた枚数の金貨を出そう」


「それですと組織が個人を取り込む可能性もあるのではないかと」

「構わんよ。取り込んだ傭兵の責任を取らせればよいだけのことだ」

「領軍の八割もの供出に応じるものでしょうか」


「応じぬ領主は改易かいえきだ。国のためにならぬ者に領地を任せる必要などない。なお、領の治安悪化に対する索だが、戦時下において罪を犯した者はたとえ軽微な犯罪でも国家反逆罪で死罪とする」


 領軍がいなくなれば治安は悪化するのは避けられない。それを防ぐために、例えば飴玉一つを盗んだだけでも死罪としたのだ。


 しかも現行犯に限ったことではあるが、捕まれば弁明の余地なくその場で首が刎ねられる。


 ちなみに改易とは身分を平民に落とし、家屋敷や報酬などを全て没収することである。


「ベンゼン領に砦を建築し、共和国軍の駐屯地とする。ルーベンス議員、カンズス男爵には優先して男爵領から人足にんそくを雇うからと希望者を募らせろ」

「かしこまりました」


普請ふしんには各領からも人を出してもらう必要がある。報酬は一時間につき銀貨一枚(日本円で千円ほど)で、一日の労働が八時間を超えた分については、追加で一時間当たり銅貨三枚(日本円で三百円)を支給する」


 むろん経験者や現場監督を担う者には、それなりの報酬が上乗せされる。中抜きやピンはねは当然死罪である。


「時間単位の報酬ですか」


「ガルシア殿、この方法なら稼ぎたい者はとにかく働けばよいし、それほど稼ぎを必要とせず、単に人数合わせで駆り出されただけという者は短時間の労働で終わらせるという手もあるのだ」

「なるほど」


「働いたら働いただけ金が手に入る。公平でいいと思わないか?」

「陛下の仰る通りにございます」


 なお、一日の最大就労時間は十二時間とし、必ず一時間は休息を取ることを義務づけた。さらに三日働いたら最低でも一日休まねばならず、連日の長時間労働で疲労が蓄積して事故に繋がってしまうことのないよう対策も講じた。


「砦はどの程度の規模をお考えでしょうか」

「常時五千、最大で三万の兵が駐屯出来ればいい。二十万の軍とはいっても一度に二十万が攻めてくるわけではないだろう。そもそもベンゼンは落とさせんからな」


「砦の主たる役割は補給、と考えてよろしいのでしょうか」

「そうなる。砦の中には商人を入れて町も作れ」


「この動きを商人が察しますと、武器や防具などを買い占めにかかるのではないかと思われますが」


「構わんさ。国が必要としているのにそんなことをすれば国家反逆罪で取り潰すまでだ。買い占めたそれらは無償で召し上げる」

「なんと……!」


「鼻の利く商人や商会はすでに買い占めを始めているのではないか?」

「言われてみればこのところ武器、防具共に値が上がってきているように思います」


「一番の元凶はどこだ?」


「ドブル商会ですね。共和国首都マスタリーノで最大の商会です」

「ならばそこを見せしめにするか」


 優弥の一言に議員全員がニヤリと笑った。何故ならドブル商会は貴族からも平民からも、あまりいい印象を持たれていなかったからである。

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