第十一話 返礼品の意味

 巨大な帝国城バールが眼前に迫った時、優弥たちの馬車が多くの兵に囲まれた。後方には贅の限りを尽くしたと言っても過言ではないほどの装飾が施された、四頭立ての馬車も見える。それらに行く手を遮られたので、アリエッタは仕方なく馬車を停めた。


 すると中でも多くの勲章で飾られた鎧を纏った騎士が馬から降りて声を上げた。


「ハセミガルド王国国王、ユウヤ・アルタミール・ハセミ陛下とお見受け致します」

「いかにも、はユウヤ・アルタミール・ハセミである!」


 荷台の後方から優弥はロッティと共に飛び降り騎士の前に出る。次の瞬間、周囲の兵たちが一斉にひざまずいた。


「ようこそ、テヘローナ帝国へ。と申し上げたいのですが、先触れも護衛もなく陛下がご自身でお越しになられたのが解せません。婚礼祝いの返礼品を届けに参られたと聞きましたが」

「その旨の書状は送ったはずだが? それに先触れなく我が属国に使を送り込んだのは貴国の方が先だ」


「はて、そのような話は聞いておりませんが」


「詳しく話してやってもよいが、そうなると互いに戦争状態になるぞ」

「は?」


「いいから皇帝に取り次げ。返礼品を届けにきたのは本当だ。荷台にこの国にはない調理器具が積んである。それとこれだ」


 彼は懐からドラゴンの骨の欠片とトランプを取り出して騎士に手渡す。


「これは?」

「トランプと申す遊具とドラゴンの骨だ」


「は? ああ、承知致しました。ひとまず城内にご案内致しますので、申し訳ございませんが陛下お一人にてあちらの馬車にお移り下さい。荷台の品はこちらでお運び致します」


「分かった。ロッティとアリエッタは戻っていいぞ。馬車を返しておいてくれ」

「「はっ!」」


「それと兵たちよ。二人を追ったりせぬようにな」

「…………」


「お前たちの身のためだ。余の従者があの二人だけということをよく考えろ。下手なことをしたら命はないものと思え」

「お前たち、余計な手出しは許さん!」

「「「「はっ!!」」」」


 騎士は何かを覚ったのか、ゴクリと喉を鳴らしてから彼らに命じた。わざと垂れ流させたロッティの殺気に当てられたのだろう。


 彼女たちを見送ってから優弥は、用意された馬車でバール城の敷地に入ってから応接室に通された。城の建築面積は少なく見積もってもソフーラ城の二倍はあり、いくつかある塔の高さもそれに比例している。


 おそらくこの規模を見れば、小国の王なら恐れをなして萎縮してしまうのではないだろうか。


 それからほどなく彼は謁見の間に呼ばれた。これはあくまで皇帝が上、優弥は下と位置づけるために他ならない。確かに国王より皇帝の方が位としては高いが、そんなことで威厳を保とうとする皇帝に彼は心底呆れるのだった。


(まあ、それほど待たされなかったのは意外だったけどな)


 あまりに待たせたり、兵を差し向けてくるようならこの城を半壊させるつもりでいた。だが、書状は出したものの突然押しかけてきた彼をすんなり城に入れて、その日のうちに謁見するというのだから考えられる理由は二つ。


 彼の訪問を重大事として捉えているか、彼を見くびっているかだ。どちらかはこの後すぐに分かるが、十中八九後者であろう。


 謁見の間では、部屋の両側に三列ずつ兵士が控えていた。二百人はいるのではないだろうか。


 壇上の玉座では皇帝エズラ・バルビノ・テヘローナが、わずかに顎を上げて両側を兵士に挟まれた優弥を見下ろしていた。初老で口髭は白く、顔に刻まれた皺もそこそこ多い。


「ここで止まれ!」


 皇帝まで十メートルのところで左右の兵士が槍を交差させて彼を止めた。


「貴殿がハセミガルドの国王であるか」

「いかにも」


「皇帝陛下の御前であるぞ! 跪け!」


「他国の王に対しこのような無礼を許しているとは、帝国のレベルも大したことはなさそうだな」

「き、貴様!」


「黙れ! いかな小国とはいえ王は王。兵ごときが無礼である! その者を斬れ!」

「へ、陛下!?」


 すぐさま数人の兵士が駆け寄って、無礼者はその場で斬り捨てられた。


「やるねえ」

此度こたびは兵の非礼が過ぎたが、貴殿が余に跪かぬのは何故なにゆえか?」


「俺のポリシーでね。女神にだって跪くつもりはないぞ」

「貴殿は異世界からの召喚者と聞く。なれば女神の恩恵は絶大ではないのか?」


「冗談じゃねえ。勝手にこの世界に連れてこられた上に、初めははした金渡されて放り出されたんだぞ。恩恵など微塵も受けてねえんだよ」

「そ、そうか……」


「それより皇帝さんよ」

「なんだ?」


「色々と面白えことしてくれたじゃねえか」

「面白いこととは?」


「ヨリスとゲラード、知らねえとは言わせねえぞ」


「はて、そんな者がおったか記憶にはないが、その二人がどうかしたのか?」

「俺の配下を二人も殺しやがった」


「それは痛ましきこと。殺された配下の冥福を祈ろう」

「まあ、今のところは惚けておくといいさ。だがな、俺は身内に手を出した者も、その飼い主も許すことはない」


「余を疑っておるのなら見当違いもいいところだぞ」

「残念だ。認めればこの場で貴様を殺してやれたんだが」


「ハセミガルドの王よ。口が過ぎるのではないか? 並の者ならその首はとうにないぞ!」

「やれるもんならやってみな。俺がのこのこ一人でやってきたと侮っているなら後悔するぞ」


「貴様! 陛下に何たる無礼!」

 堪忍袋の緒が切れた数人の兵が剣を抜いた。


「陛下、この者を無礼討ちするご許可を!」

「ならん! と言いたいが、余に止めることが出来るかのう」


 皇帝がニヤリと笑うと、それを見た兵五人が同時に彼に襲いかかる。


「剣を抜いたということは、死ぬ覚悟は出来ているんだろうな!」


 彼はSTR力強さDEF防御力を5千万まで上げ、振り下ろされる剣を素手で受け止めると、横薙ぎに蹴りを繰り出した。兵士たちは鎧が擦れる軋み音を発しながらいかだのように横一列に重なると、体が完全にくの字に折れ曲げられて吹き飛ばされる。


 そしてそのまま五人が控えていた兵を巻き込んで壁に叩きつけられ、巻き込まれた者も含めて十名ほどが絶命していた。


「皇帝、俺を試すのはいいが、そろそろ真面目に止めた方がいいぞ」

「う、うむ。お前たち、控えよ!」

「「「「は、ははっ!!」」」」


 一瞬の出来事に呆気に取られていた兵士たちは、冷や汗をかきながら慌てて皇帝の声に応えた。


「そうだ。何はともあれ婚礼祝いには感謝する。当てつけにしても見事な剥製だった。今日はその返礼品を届けに来ただけのつもりだったんだが」

「兵が無礼を働いたことは詫びよう」


「いいさ。だが覚えておけ。身内を殺したことは絶対に許さん。今は生かしておいてやるが、我が属国に攻め入るようなことがあればそれを蹴散らし、再び俺はこの地に現れる。その日は貴様の命日となろう」


 そう言うと彼は紙切れ数枚を残し、瞬間移動スキルでその場から姿を消した。


「き、消えた……?」

「なんだ、その紙切れは?」


「はっ! 失礼致します! と……ランプの……トランプの遊び方とバーベキューセットの使い方が書いてありますが」


「返礼品のことか?」

「そのようです」


「バーベキューセットは調理器具、トランプは遊具……つまり我が帝国を料理するなど遊びのようなものと言いたいわけか!」


 腐っても皇帝は皇帝。帝国を展示品として飾るに値しない、つまり見る価値すらないと揶揄したドラゴンの骨の意味には気づけなかったが、他の返礼品に込められたメッセージは正しく理解したようだった。

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