第八話 テヘローナ帝国へ
「お館様、テヘローナ帝国は来年の夏頃に侵攻を開始するようです」
ソフーラ城の執務室で、優弥は宰相のドミニク・キャンベルと共にロッティからの報告を受けていた。
「宣戦布告はどうするって?」
「ベンゼンの勇者様を倒してからとのことです」
「やはり正攻法では来ないってことだな」
「はい」
テヘローナ帝国から贈られた祝い品は、
「さすがに祝いの品を贈られた以上、返礼せねばなるまい」
「もしやドラゴンの鱗やプレートを?」
「そんなもったいないことするものか! そうだな、ドラゴンの首の骨でへし折れた部分の欠片があっただろう?」
「展示は難しい故、宝物庫に保管してございます」
「あれをくれてやるか。あれだけなら俺が倒したドラゴンの大きさも分からないだろうし」
「むしろ知らしめた方が侵攻を食い止められるのではありませんか?」
「いや、中止はまずないだろう。二十万の兵を向けてくるそうじゃないか。それだけ用意してやっぱり侵攻はやめるなんてことになれば、皇帝の求心力は地に落ちる」
「確かに仰せの通りにございますね」
「よし、俺が直接行こう」
「はい!?」
「ドミニク、骨の欠片を用意しろ」
「お、お待ち下さい、陛下!」
「こないだ
「悪天候で足止めされなければ馬車で十日ほどかと」
「遠いな。ま、今回は一人で行ってくるし天気は関係ないか」
「お館様、本当にお一人で向かわれるのですか!?」
「そのつもりだ」
「危険です!」
「何がだ?」
「それは……失礼致しました。危険なのはテヘローナ帝国でございます」
「一応返礼品を届けるとの書状を送っておいてくれ」
「かしこまりました」
「ちょ、どうして二人で話を進めているのですか!」
「ドミニクは早く骨を取ってこい」
「いや、ですから」
「あとはそうだな、トランプとバーベキューセットもくれてやるか」
「どうしてもお一人で行かれるのですか?」
「まあ、昼間は馬車か徒歩で距離を稼いで、夜はこっちに戻ってくるさ。たまにはあっちの宿で過ごすかも知れないが、風呂はどうしてもな。それに帰らないとエビィリンが寂しがる」
「はぁ……」
ドミニクが大きな溜め息をつく。ロッティも表情には出さないものの、やはり心配なのだろう。だが、転送ゲートと違って瞬間移動スキルは彼一人しか使えない。
いくら優秀な密偵とは言っても、彼女を現地に一人残すという選択肢などあり得ないのだ。
それでも彼女は引き下がれないようだった。
「お館様、私の同行をご再考下さい」
「だめだ」
「私なら中継地となる村や宿場町も把握しておりますし、お館様が夜間こちらにお帰りになられても、現地には配下の者たちがおります」
「危険はないと?」
「はい。翌日の馬車の手配も致しますし、悪天候で馬車が動かなくとも徒歩のお館様についていけます。それに配下に書状を届けさせるにしても、ベンゼンで託した方が早く済みます」
「それはそうか。しかしなあ……」
確かにベンゼンまでなら同行した方が効率はいいだろう。加えて単独で潜入するよりロッティと夫婦を装った方が、旅人の
(夜、現地を離れる際はロッティの周囲に敵対結界を張っておけば危険も防げるか)
「よかろう。同行を許可する」
「あ、ありがとうございます!」
「ただし、俺がいる時は俺の周囲半径二メートルから外に出るな。結界を張るから身を挺して俺を護ろうとする必要もない」
「承知致しました」
「向こうの間者に狙われる可能性は?」
「アリエッタの幻惑魔法で容姿を変えても、魔法が効かない相手もおりましょうから、十日間のうち少なくとも一度は」
「な、なんですと!? 陛下、やはりお止め下さい!」
「ドミニク、やかましいぞ」
「ですが……」
「俺が帝国に行くのはすでに決定事項だ。いいからさっさと骨を取りに行けよ」
「ぐぬぬ……」
その後、宰相からドラゴンの骨を受け取り、彼はロッティと共に転送ゲートでベンゼンへと向かった。トランプもバーベキューセットも無限クローゼットにストックしてあるので、改めての調達は必要なかったのである。
ベンゼンに着いてからエリヤに一言挨拶するか迷ったが、結局そのままベゼル城には寄らずに帝国との国境を越えた。優弥もロッティも平民のような格好に着替えると、どこからどう見てもその辺にいそうな旅の夫婦である。
ただしこの世界では、目的もなしに長距離を旅する者はほとんどいない。まして国境を越えてまでとなると、商人か旅芸人くらいのものだろう。
故に国境の検問は厳しくなる。前回は密入国だったが、今回はまともに国境を越えようとしたから、案の定警備兵に声をかけられた。
「そこの二人、止まれ!」
「はい、何でしょう?」
「ここから先はテヘローナ帝国領だ。何用で国境を越える?」
「私たちは商人です。帝都バルビノを目指しております」
「商人だと? 荷はどこだ?」
「私たちが売り込もうとしておりますのはこちらでございますので」
そう言って優弥は懐から一組のトランプを取り出して見せた。
「これは……カードか? やけに色んな絵が描いてあるようだが」
「兵士様さえよければ遊んでみませんか?」
「遊ぶ? するとこれは遊具なのか?」
「はい」
「ふむ、遊び方を教えてみろ」
兵士は言ってから仲間を数人呼び寄せた。国境の警備が疎かにならないようにするためだろう。
そこでは簡単なババ抜きを教えて、実際にロッティと兵士を交えてやってみた。いたく気に入ったようである。
「商人、これは複数所持しているのか?」
「ええ、何組かは」
「よし。では通行料の代わりに一組置いていけ」
「よろしいのですか?」
「構わん」
何組かしか持ってないことを不審がられたが、目的はこれを売ることではなく、遊び方と共に製法を売って権利で儲けるためだと説明して納得された。
さらに他の遊び方も聞かれたので、ウィリアムズ伯爵邸で大騒ぎとなった神経衰弱を教えたら、兵士様も大盛り上がりとなった。
こうして優弥とロッティの旅は始まりを告げるのだった。
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