第七話 婚礼の儀

 穏やかな秋晴れの中、ハセミガルド王国では優弥とエビィリンの婚礼の儀が盛大に執り行われた。彼女も十八歳となり、一つ歳を重ねただけで大人の色香をより一層際立たせている。


「これよりハセミガルド王国国王ユウヤ・アルタミール・ハセミと、魔法国アルタミラ王女エビィリン・アルタミラ・ハセミの婚礼の儀を執り行う。皆、祝福の拍手で二人を迎えようぞ」


 ハルモニア神教枢機卿すうききょうのクロストバウル・ロザン・ロメロが高らかに宣言すると、ソフーラ城の大広間の扉が厳かに開かれた。


 白いタキシード姿の優弥は、純白のウエディングドレスを纏ったエビィリンをエスコートしながら、赤絨毯の上をゆっくりと祭壇に向けて進む。


 参列者は第一王妃ソフィアと第二王妃ポーラに七人の王子王女。レイブンクロー大帝国皇帝トバイアス・レイブンクローと魔法国アルタミラ魔王ティベリア・アルタミラ。アスレア帝国皇帝ジョセフ・ノルド・アスレアとその一族。スタンノ共和国からも大統領マックス・アーチャー・ガルシアが駆けつけていた。


 むろんウィリアムズ伯爵を始めとする王国貴族に加え、アスレア帝国やスタンノ共和国からも多くの貴族が顔を揃えている。


 なお、テヘローナ帝国からは祝いの品は届いたものの一人の参列者もいなかった。


 それでも優弥に縁のある貴族以外の者たちも多く招待されていたため、大広間は人で溢れかえっている。中にはヴアラモ孤児院のシスター・マチルダと子供たちもおり、テーブルに並べられた豪華な料理に目を輝かせていた。


 早く食べさせてやりたいが、厳かな式典なのでそういうわけにもいかない。


 壇上に設置された祭壇の中央に二人が立つと、会場では再び大きな拍手が沸き起こった。しばらくエビィリンと二人で会場の左右に笑顔で手を振っていたが、やがて枢機卿が制すると今度はシンと静まり返る。


「皆、よく来てくれた。今年はまだ終わりではないが実に激動の一年であった。その締めくくりに美しいエビィリンを娶れたことは、の三大幸運の一つである! 今後も王都の名が示す通り、皆がサイコーハッピーになれるよう余は力を尽くす所存。そこには皆の助力が何よりも必要不可欠だ。これからもよろしく頼む!」


「「「「おおーっ!!」」」」

「「「「陛下! 陛下!」」」」

「「「「陛下! 陛下! 陛下! 陛下!」」」」


「静粛に! それでは新たに第三王妃となられたエビィリン殿下、よろしく頼みますぞ」


「ロメロ枢機卿様、ありがとうございます。皆様……サイコーハッピー!?」

「「「「うぉーっ!!!!」」」」

「「「「サイコーハッピー!」」」」


 エビィリンは一発で招待客の心を掴んでしまった。このやり方は反則だが見習いたいものだと、優弥は隣の新妻に心底敬意を払う。


「失礼致しました。実はこれでも少し緊張してるんですよ」

「きゃーっ! 王妃様、可愛い!」


「ありがとうございます。皆様もご存じの通り、私は孤児でした。五歳の時に陛下と初めてお会いしましたが、その時からずっとこの日を夢見ておりました」


「ユウヤがロリコンだったとはシらなかったよ」

「「「「わはははは!!」」」」


 最前列の卓にいたエリヤがわざと皆に聞こえるように言うと、会場にどっと笑いが起こった。優弥にこんな軽口が叩けるのは、現状では勇者以外にはいないだろう。


「うふふ。一緒にお風呂に入った時は、子供ながらにドキドキしたものです」

「真正のロリコン……」


 参列者たちが若干引いているのが分かって、さすがの優弥も慌てずにはいられなかった。しかも今言葉を発したのはエリヤではなく大統領のガルシアだったのである。


「お、おい、エビィリン」

「私は十五歳で成人するまで、時々陛下としとねを共にすることもありました」


「国王陛下、有罪ギルティ!」

「「「「有罪! 有罪! 有罪! 有罪!」」」」


 もはや国王としての優弥を恐れる雰囲気はかき消されていた。式典はいい意味で最高の盛り上がりを見せている。


「ま、待て待て! エビィリン、さすがにそれは!」

「うふふ。でも陛下は何もして下さいませんでしたけど」

「「「「ほっ……」」」」


「ほって、お前たち、口に出して言うな!」


「この私をご覧下さい。陛下は身分で人の優劣をお決めになることはありません。例えばそちらにご列席下さっているウィリアムズ卿は貴族ですが、陛下に心底お仕え下さっているため、格別の計らいを得てご領地は大いに栄えておいでです」


「いやはや、私はただ陛下をお慕い申し上げておるだけです」


「このように、ウィリアムズ卿は正しく正否を判断する目をお持ちなのです。また、ロレール亭女将のシモンさん」

「ひゃ、ひゃい!?」


「かつて貴女はソフィアお姉様とポーラお姉様を匿い、身を以て陛下をお諌めされたことを、陛下は高く評価されておいでです」

「そんな……あの時は兄さん……国王陛下を懲らしめるつもりで……」


「それです。貴女がこの場に招かれたのは、甘言ではなく真心で陛下に苦言を呈したからなのですよ」

「エビィリンちゃん……じゃなくて殿下」


「ちゃん、で構いません。私の立場はこの国の第三王妃ですが、貴女には変わらずエビィリンちゃんと呼んで頂きたいと思っております」

「「「「エビィリン殿下……」」」」

「「「「殿下! 殿下! 殿下! 殿下!」」」」


「皆様、特に属国となったスタンノ共和国はテヘローナ帝国という脅威に晒されることでしょう。ですが我が夫、ユウヤ陛下に付き従っていれば恐れることはありません。いずれは私の義母ははたるティベリア・アルタミラも陛下に嫁ぐ予定です」


「「「「マジか……?」」」」

「「「「魔王って確か……」」」」

「「「「幼女っぽい見た目って聞いたぞ」」」」

「「「「ロリコン陛下……」」」」

「「「「ロリコン! ロリコン! ロリコン! ロリコン!」」」」


(いや、だから待てって)


「ところで皆様、先ほどから陛下をロリコンと呼んでおられますが……」

「「「「…………??」」」」


「私はれっきとしたオトナですっ!!!!」


「「「「うぉーっ!!」」」」

「「「「エビィリン殿下ぁっ!!」」」」

「「「「殿下、可愛いっ!!」」」」


 とにかく厳かな婚礼の儀はゆるゆるの内に幕を閉じた。その後のバルコニーでの国民へのお披露目も滞りなく終えて、優弥の部屋には二人の姿しかない。


 そこは彼の完全結界が張られており、ロッティですら足を踏み入れることは出来なかった。


「エビィリン……」

「パパ……好き……」


 唇を重ねる二人を邪魔する者は、一人としてこの世に存在していなかったのである。

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