第六話 招待状

「ロッティさんのおナカマさんのカタキはトったね」

「勇者様、ありがとうございます」


 拙者だのお命頂戴だの、翻訳スキルがおかしいとしか思えなかったが、暗殺者が忍者っぽかったのでそうなったのかも知れない。


 それはともかくエリヤはルカともう一人の息子、六歳のアルビーを自然の中でのびのびと育てていたようだ。動物を狩り、血抜きをして解体する。そんなこともさせていたと言うので、血まみれになっても動じなかったのは頷けた。


 もちろん、城に戻ってから両親にこっぴどく叱られていたのは可哀想に思えてならなかったが。


「しかし暗殺者も一瞬だったな」

「はい。お館様が仰られた彼らのステータススタツスには驚かされましたが、それをあんな一撃であっさり」


「他人のステータスはあまり明かしたくないが、エリヤのは奴らの十倍を超えてるんだよ」

「あ、あのステータスのさらに十倍……!?」


「ロッティたちがいくら鍛錬しても、彼には敵わないだろうさ」

「やはり勇者様はお強いのですね」


「彼の必殺技のブレイブ・ストライクも、何度も子供たちに見せていたそうだ。だから伏せろって声にすぐに反応出来たんだろう」

「お館様の隕石弾メテオからは逃れる術がなさそうですが」


「お前に向けて放つことはないさ。俺を裏切って殺すことになったとしても、この手で直接葬ってやるよ」

「私がお館様を裏切ることなど絶対にございませんが、その時はお願い致します」


 ロッティは眉一つ動かすことなく、淡々とそう応えた。


「ところでお館様」

「うん?」


「あの場にもう一人、様子を窺っていた者がおりましたが、本当に捕らえなくてよろしかったのですか?」

「ああ、帝国の間者だろう。今回の件を報告させるために泳がしたんだ」


「念のため配下の者に追わせておりますが」

「手出しは無用。おそらくこれで帝国の予定も狂うはずだからな」


 ひとまず城からの外出禁止令は解除とした。それでも帝国の間者がいなくなったとは思えないので、ルカとアルビー、それにエリヤの妻サラサには必ず誰かがつくようにと命じた彼だった。



◆◇◆◇



「陛下、ヨリスとゲラードが勇者の暗殺に失敗したようです」

「何だと!?」


「勇者の放った一撃は凄まじく、二人も為す術がなかったとのこと」

「あの二人がやられたとなると……」


「このまま予定通りに宣戦布告なされますか?」


「いや、半年延期だ。二十万の兵のうち大半は徴募兵といえども、スタンノ、ハセミガルド、アスレアを落とすとなれば極力無駄にはしたくない。勇者に対抗しうるとまでは申さんが、可能な限り練度を上げよ」

「はっ!」


 テヘローナ帝国皇帝エズラ・バルビノ・テヘローナは、それでもさして勇者を脅威とは思ってはいなかった。


 どれほど凄まじい攻撃力を持っていたとしても、所詮相手はたった一人である。多少の犠牲を覚悟の上で万の軍勢で押し潰せば、倒せないはずはないと考えていたのだ。


「しかし国王ハセミ、奴自体は大したことはなさそうだが、勇者に加えて北の魔王とも繋がっておるとは」

「密偵の報告では、今回も勇者の後ろに控えていたそうです」


「大方ヨリスとゲラードが手に余ると、勇者の許に身を寄せていたのであろう」

「何せ奴の配下の密偵を、二人が罠に嵌めて始末しましたからね」


「密偵には主の力を上回る強者もいる。それを二人もやられたのだから、勇者に保護を求めたのも致し方なしということか」


「そう考えますと、竜殺し恐るるに足らずですな」

「全くだ」


 だが、この時の皇帝は気づいていなかった。真に恐れるべきは勇者でも魔王でもなく優弥本人であるということを。


「侵攻ルートはいかが致しますか? 勇者のいるベンゼンではなく、東のトルムト辺境伯領に迂回するのがよろしいかと愚考致しますが」


「いや、そうなると大統領府へ軍を進める途中で勇者と共和国軍に挟撃される可能性が高い。ここは奴隷兵部隊二万を犠牲にしてでも先に勇者を倒しベンゼンを落とす」

「なるほど、奴隷兵といえども二万もいれば勇者とて持たないでしょうね」


「直接勇者を討った者には奴隷から解放するばかりではなく、爵位と領地を与えると言って煽れ」

「かしこまりました」


 皇帝の目論見は大当たりし、奴隷兵たちの士気はこれまでにないほど上がっていった。そればかりか奴隷以外の徴募兵まで、ベンゼン攻略戦への参戦を願い出る者が続出したのである。


 結果的に初戦に参加する兵は三万近くに膨れ上がっていた。


「開戦は来年の夏だ。勇者を倒してベンゼンを落とし、その勢いで一気に大統領府まで進軍する。寝返りを求めた領の軍は最前線に送って使い潰せ」

「戦時に寝返る者など信用なりませんからな」


「うむ。途中の村や町では略奪を尽くし、我が帝国に逆らうとどうなるか思い知らせてやれ!」

「宣戦布告のタイミングはいかが致しましょう」


「勇者を倒してからで構わん。護りの要がすでにないことを知らしめ、絶望の淵に叩き落としてやるとよい。降伏も許すな」

「御意」


 そんな折、ハセミガルド王国から皇帝宛にとある招待状が届けられた。


「結婚式だと?」

「国王ハセミと元孤児の娘のようです。魔法国の王女とありますが、体裁を整えたに過ぎないでしょう」


「国王が孤児を娶るなど愚かなことだ」

「噂ではこの王女、かなりの美人だとか」


「ふん! いくら美しかろうと孤児は孤児。そのような者にうつつを抜かすとは情けない。いや、それほどに美しいなら余の奴隷としていたぶるのも悪くはないか」

「皇帝陛下に招待状を送りつけてくるなど、愚の骨頂でございますな」


「ま、女に腑抜けていられるのも来年までだ。出席などせぬが、何か適当に祝いの品でも贈ってやれ」

「承知致しました。雪土竜ゆきつちりゅうの剥製などはいかがでしょう」


「最も大きくほとんど傷のない物を送ってやれ。おそらく竜殺しが倒した雪土竜などよりも大きかろう」

「名案ですな。早速手配を」


 後に届けられた祝い品に優弥は驚かされた。むろん中身にではなく贈り物が届けられたことにである。単にスタンノ共和国との同盟が破棄されていない以上、招待状は社交辞令として送ったに過ぎなかったからだった。

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