第五話 ブレイブ・ストライク〜勇者の一撃〜

「エリヤ、城の住み心地はどうだ?」

「ワルくないよ! シヨウニンもミンナよくしてくれてるね」


 優弥はテヘローナがエリヤに暗殺者を差し向けたとの情報を入手したためベゼル城に来ていた。


 というのもロッティたちが暗殺者の始末に失敗したからだ。その際、配下が二人返り討ちに遭ってしまったという。どうやら相手は相当の手練れらしい。


 彼は即座に暗殺者の追跡を禁じた。これ以上彼女たちを危険に晒すわけにはいかないからだ。それに、奴らの目的はエリヤなのだから、待っていても向こうからやってくるはずである。


「その二人の仇は俺が取ってやる」

「お館様のお手を煩わせることになってしまい、申し訳ございません」


 暗殺者の始末はすでに決定事項だった。彼は自分に敵意を向ける者はもちろん、身内に害を及ぼした者も決して許すことはない。仮に方針を変えて暗殺者が何もせず帰っていったとしても、地の底まで追い詰めてその罪を償わせるつもりだった。


 確かに密偵はその任務の性質上、常に死と隣り合わせである。彼女たちもそうと知っているのだから、覚悟は出来ているだろう。


 だが、それを仕方ないと嘆くだけでは主は務まらない。きっちりと落とし前をつけなければならないのだ。ハセミ三人衆とその配下に手を出せば、本人と雇い主がどうなるか思い知らせる必要がある。


 むろん、思い知った時には命などない。


(皇帝テヘローナ、貴様は取り返しのつかない過ちを犯した)


「というわけだ。エリヤ、片が付くまで家族と使用人たちを城の外に出すなよ」


「ミーはなにをすればいい?」

「家族を護れ。敵は俺が伐つ」


「イけドりにしてテイコクにツきつけたりしないの?」


「ロッティの配下がやられるほどの相手だ。捕まえたところで素直に雇い主が誰かなんて吐くとは思えないからな」

「ロッティさん、おナカマのごメイフクをおイノりするよ」


「勇者様、ありがとうございます」

「それにしてもミーにアンサツシャをオクってくるなんてユルせないね! サイテーアンハッピー!」


「巻き込んでしまってすまん」

「ユウヤのせいじゃないからキにしないでいいよ」


(いや、俺のせいだよ)


「ま、どんな手練れだろうと俺の結界は破れんさ」


 しかしそれから一週間は何も起こらなかった。城から出られないこの期間は、幼い子供にとっては苦痛でしかなかっただろう。だからこの事件は起こるべくして起こったとも言える。


「お館様、申し訳ございません。ルカ殿のお姿が見せません!」

「何だと!?」


「城内をくまなく探しましたがどこにも見当たらず、現在は配下の者が総出で城下を捜索中にございます」


 ルカ・スミス、八歳になるスミス家の長男である。こうなることはある程度予想していたので、城内の至る所にロッティの配下を配置していた。それでも彼女たちの目を盗んで城外に出たとすれば、勇者の血を色濃く継いでいるのかも知れない。


 ともあれエリヤの子を外に出してしまったとすれば明らかな失態である。死人に鞭打つようだが、暗殺者に殺された二人はロッティの制止を聞かずに深追いし、逆に罠に嵌められたそうだ。命を落とすなとの厳命に背いたのも失態と言える。


 だが彼は、ロッティたちを責める気にはなれなかった。エリヤの家族の監視を命じたのは彼だし、暗殺者を始末せよとの命令を下したのも彼自身だったからである。部下の失態は主の失態。ルカに万一のことがあれば、エリヤに合わせる顔がない。


「すまない、エリヤ」

「ダイジョウブよ、ユウヤ。そのうちひょっこりカエってくるから」


 しかし、エリヤの思いは無情にも叶わないものとなった。その日の夜、ヨリスと名乗る者から脅迫状が届けられたのである。


『子供を返してほしくば深夜二時に城門を出られたし』


 優弥の結界はベゼル城をすっぽり覆っているが、城門の外はその範囲外だ。つまり敵は城門を通ることは出来ないが、その前までなら来ることが出来る。


 そして深夜二時ともなれば、外に出ている領民は皆無だろう。


「ユウヤ、ミーはすごくオコね」

「本当にすまない。ルカは俺が必ず助け出す」


「ノンノン、ユウヤはテをダさないで。ミーがやる!」

「あなた……」


「サラサ、シンパイしないで。ルカはミーがゼッタイにタスけるから」


「エリヤのことだから敵に遅れを取ることはないと思うが、ロッティの配下がすでに二人やられている。そして相手は二人だ。用心してかかれよ」


 現在のエリヤのHP体力MP魔力は6万を超え、STR力強さDEF防御力も8万を超えている。一般的な成人男性のHPは500、STRは700だから、十分に化け物じみたステータスだ。優弥を除けばこの世界に彼を倒せる者など存在しないだろう。


 それは魔法国に移り住んだ後も鍛錬を怠らなかった証拠とも言えた。


 そして迎えた深夜二時、エリヤに続いて優弥も城門へと向かう。脅迫状が届けられた後も使用人を含めた全員でルカの捜索に当たっていたが、結局見つけられずじまいだった。


 時間になると、幼いルカに猿ぐつわを噛ませ後ろ手に縛り上げて引きずる二人の男が現れた。


「ルカ!」

「んー! んー!」

「キサマたち、すぐにルカをハナすね!」


「勇者殿とお見受け致す。拙者はヨリス、こちらはゲラード。子供を返してほしくば抵抗せずに刀の錆になられるがよかろう」


 ゲラードはルカを盾にしたまま、ヨリスが刃渡り四十センチほどの忍者刀二振りを構えた。優弥は即座に彼らのステータスを覗き見る。


「STRが4900と4800だと? ずい分高いな」

(ロッティの配下二人がやられたのも納得出来る)


「そちらの御仁はハセミガルド王国国王だな。貴殿はステータススタツスを見られるのか?」


「まあな。お前らじゃエリヤには敵わないぞ。早々に子供を離して投降しろ」

「戯けたことを。異世界から来た勇者とて所詮は人間。我らに倒せぬ者ではない!」


 ルカを押さえるゲラードの頭を追尾投擲で吹き飛ばすのは簡単だ。しかしそれではエリヤはともかくルカの鼓膜が破れてしまうし、何より彼は子供に無残な光景を見せたくなかった。


「ルカ! パパがタスけるからもうスコしガマンしてるね!」

「ん!」


「だけどアトでおセッキョウよ!」

「ん!? んー! んー!」


 いざとなったら瞬間移動スキルでゲラードを背後から襲い、ルカを奪い返すことも考えていた。しかしエリヤが自分で助けると言った以上、子供の期待を裏切るわけにはいかない。


 子供にとって、特に男の子にとっての父親は強く頼れる存在であるべきなのだ。殺されたロッティ配下の二人の仇討ちは勇者に譲るしかなかった。


「これがサイゴよ。カンネンしてトウコウするね」

「黙れ! 勇者殿、お命頂戴つかまつる!」


「ルカ! フせるね!」

「ん!」


 ルカがその場にしゃがんだ次の瞬間――


「ブレイブ・ストライク!」


 エリヤが剣を抜いて横一線に振り抜くまで一秒もかからなかった。勇者の放った衝撃波はルカの頭のほんの少し上をかすめて、二人の敵の胴を真っ二つに切り裂いていたのである。


 辺り一面におびただしい血飛沫が飛び散り、当然ルカも血まみれになったが、怖れている様子は微塵もなかった。その様子に驚かされた彼だったが、さらにルカが何やら呪文を唱えると、あっという間にきれいになってしまったのである。


「お、おい、エリヤ……」


「ルカはキタえているからモンダイないね。チをミてもヘイキよ」

「お前、なんちゅう教育しとんねん」


 何故か関西弁。しかもどうやら優弥のルカに対する気遣いは無用だったらしい。


 自由になって駆け寄ってきたルカの猿ぐつわと縛られていた縄を解くと、思いっきり父親に抱きついていた。ところが恐怖から解き放たれて泣き出すのかと思いきや、エリヤを見上げて彼はこう宣った。


「ブレイブ・ストライク、サイコーハッピー!」

「なんちゅう教育しとんねん」


 呆れて力が抜けた瞬間だった。

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