第四話 帝国の暗殺者

「勇者がベンゼン領の領主だと?」


 テヘローナ帝国皇帝エズラ・バルビノ・テヘローナは、軍務大臣ピーター・ド・フリスからの報告に眉をしかめた。


「間違いないのか?」

「はい。名前も風貌も、かつてモノトリス王国で召喚された者と一致しているとのことにございます」


「それが何故共和国なんぞに」

「分かりません。ですがハセミ国王も勇者と同時に召喚された異世界人です。二人に繋がりがあっても不思議ではないかと」


「今まで勇者の居場所は掴めなかったのではなかったのか?」

「どうやら北のエシュランド島にある魔法国に移り住んでいたようです」


「北の? それにしてはやけに急ではないか?」

「相手は魔法国、どんな移動手段があっても不思議ではございません」


 さすがに帝国の間者といえども、はるか海の向こうにある魔法国アルタミラに渡る術はない。むろん船で向かうことは不可能ではないが、往復だけで何日もかかる先に間者を送る意味などなかったのである。


 転送ゲートの存在が知られていないのは無理もなかった。


「宣戦布告は予定通り三カ月後と致しますか?」

「今のところ変更はなしだ。に考えがある」


 帝国は三カ月後の冬にスタンノ共和国への侵攻を予定していた。しかし勇者が国境を接するベンゼン領の領主となったことにより、予定の変更を考えざるを得なくなってしまったのである。


 現状兵の練度は決して高いとはいえなかったが、これまで共和国を落とす程度なら問題ないと判断してきた。その先のハセミガルド王国やアスレア帝国進軍には正規軍の大量投入も必要と思われたが、小国のスタンノなど取るに足らない存在だったからである。


 ところがここにきて、一国を壊滅させる力があると噂される勇者が出張ってきた。


 ハセミガルドの国王も竜殺しなどと呼ばれているが、実態はせいぜいゆきつちりゅうを倒した程度だろう。


 帝国で十メートル級のドラゴンが討伐された時は二千の兵の大半を失った。それほどに強力なドラゴンは、どんなに力があっても個人が単独で倒せる相手ではないのだ。


 だが勇者は違う。万の軍務でかかったとしても、烏合の兵ならば全滅させられる可能性がある。練兵期間を延ばしたところで焼け石に水かも知れないが、やらないよりはマシだ。


 とは言え他にもやれることはあった。庭番衆でも屈指の二人、ヨリスとゲラードに勇者暗殺を命じることである。


 この二人の暗殺成功率は九十九パーセント。残り一パーセントは殺す前に相手に自害されたに過ぎない。つまり、実質失敗はないということだ。


「勇者がどの程度の力を持っているかは分からん。だが、お前たちなら成し遂げてくれると信じておるぞ」

「はっ!」

「命に代えましても!」


「では行け!」

「「ははっ!」」



◆◇◆◇



 スタンノ共和国で総選挙が行われた。結果、共和国史上初となる平民議員が誕生し、大統領はマックス・アーチャー・ガルシアが再選を果たした。


 理由は単純明快。最後に大統領特権を発動して、共和国がハセミガルド王国の属領に成り下がり、大統領を含む議員全員が処刑されるのを防いだからである。また、自らの足で王国に赴いた点も特に平民議員から賞賛された。


 なお、彼は優弥に言われた通り立候補者が一人しかいなかったため、対立候補として立ったに過ぎない。


「ガルシア殿、再選おめでとう。余は其方そなたをスタンノ共和国大統領に任命する」

「ありがたき幸せ!」


「今後は何かあれば余に相談するがよい。それと、年間予算の一割を公共事業費に上乗せせよ」

「それはどういう……?」


「貴国が我が国に納める税を使えと申している」

「ハセミ陛下……ありがとうございます!」


 議員報酬は一律に毎月金貨十枚、日本円にしておよそ百万円である。その他活動費として毎月金貨五枚、議長は金貨三枚、副議長は金貨二枚、書記や会計などの役職者には金貨一枚が支給される。


 ただし議員報酬以外については、使途を明確にすることも義務付けた。当然使わなかった分は年度末に国庫に返納となる。これは優弥が日本にいた頃の経験によるもので、使途については議会から独立した会計監査院で厳しく吟味することとした。


 また議員専用の馬車が人数分用意され、御者一人と秘書一人までの給金、馬のカイバ代などが国庫で賄われる。むろん議員の身分を失えば馬車は返上しなくてはならないが、ここまで手厚いのは今後議員を目指す有能な者を絶やさないためだった。


 ちなみに共和国の平民世帯の平均収入は金貨三枚前後なので、議員になれば破格の報酬を手にすることが出来るというわけだ。


「汚職や賄賂などはもってのほかだが、基本的に余は貴国の政治に干渉するつもりはない」

「まさかハセミ陛下は初めからそのようにお考えで……?」


「余は力のない国民から搾取するような真似はせぬ。力のある貴族の鼻をへし折るのは好むがな」

「へ、陛下!?」


「それはともかくテヘローナ帝国の動きが怪しいのは変わらぬ。早ければ三カ月後に同盟破棄の上、宣戦布告がなされるやも知れん」

「勇者様がいらっしゃるのに、ですか?」


「エリヤをベンゼンに置いたからといって開戦は避けられんだろう。帝国は共和国を落とした後に我が国とアスレア帝国にも手を伸ばすつもりのようだ」

「そ、それは確かなのですか?」


「余の諜報部隊は目にしておろう?」

「あの女性たちが……?」


「ここに送り込んだのはわずかな者たちだ。軍事機密故、正確な人数は教えてやるわけにはいかんがな」


 早ければ、というのは帝国の当初の予定だ。エリヤが国境の領地にいれば、その計画を遅らせる可能性もある。しかし、帝国とてただ手をこまねいているだけとは思えない。


 そこでまず考えられるのがエリヤの暗殺だ。勇者さえ排除出来れば、予定通り三カ月後に進軍が開始されるだろう。もっともどれほど手練れの暗殺者でも、エリヤであれば簡単にやられることはないはずだ。


(だからといってこちらが何もしないと思ったら大間違いだぞ、皇帝テヘローナよ)


 ロッティには帝国が暗殺者を差し向けてきたら始末するように命じてある。だが、敵わないと分かったら無理に追わず撤退するようにとも伝えてあった。だからこの時の彼は、まさか二人も命を奪われるとは想像すらしていなかったのである。



――あとがき――

本日はGW最終日ですので、夕方から夜のどこかでもう一話更新します😊😊😊

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