第三話 帝国への歯止め
優弥がエビィリンと共に共和国を訪れてから二カ月が過ぎようとしていた。間もなく総選挙が行われる頃合いだ。
テヘローナ帝国に送った使者は門前払いされた。殺されなかっただけマシというものだが、そうなったらそうなったで即時宣戦布告となる。戦争の準備が整っていない中では、さすがに帝国も下手を打つわけにはいかなかったのだろう。
同盟に関しても同様で、現状共和国と帝国の国境も以前と変わらず開かれたままである。しかし国境から少し離れた場所には大規模な基地が築かれており、続々と帝国兵が集まってきているとのことだった。
これはロッティからの報告によるものだが、基地は壁で囲まれているため簡単に中の様子を窺うことは出来ない。物珍しさに商人や旅人が近づいても、門兵に問答無用で追い払われてしまうそうだ。
(
余談だが、彼は隕石効果を持たせた追尾投擲をメテオと呼ぶことにしていた。
なお、基地は最近出来たものではないという。そもそもスタンノ共和国がハセミガルドの属国になってから二カ月程度しか経っておらず、この規模の基地を新たに構築するにはあまりにも期間が短かすぎた。
おそらく帝国はいずれ共和国に攻め込むつもりだったと考えるのが妥当といったところだろう。基地はノルランディと呼ばれているそうだ。
「確かにデカいな」
「はい」
優弥はその日、ロッティに連れられて共和国との国境を越え、帝国に潜入し基地の外観を窺っていた。むろん正式な訪問ではないので旅人の装いである。さらに彼女の配下アリエッタの幻惑魔法により容姿が激変しているため、万が一彼を知る者に出会っても正体がバレる心配はない。
基地の壁は高さが十メートルほどもあり、ほぼ正方形の一辺はおよそ一キロにも及ぶ。東京ドームの直径が約二百メートルなので、二十五個がすっぽり収まる広さだ。
四隅とそれぞれの中間地点には高さ約三十メートルの塔があり、全ての塔に見張りの兵が配置されているのが窺えた。ロッティによると内側にはさらに強固な壁があるというので、基地というより要塞といった方がしっくりくるかも知れない。
(まあ隕石弾なら一発だけどな)
それはそれとして、彼はテヘローナ帝国のやり方に不快感を覚えずにはいられなかった。あの大国はやはりスタンノ共和国は元より、ゼノアス大陸全土を手に入れるつもりなのだろう。
今は周辺国との国境に最低限の兵を残し、共和国との戦争に備えるためにこの基地に兵力を集中させているに過ぎないと思われる。
ところで属領から集めた徴募兵の練度にバラツキがあるのは当然で、中には農奴もいるとのこと。目の前の基地はそうしたバラツキをなくすための練兵場でもあるはずだ。
ただ、彼らは戦で功績を挙げれば報酬を得られる上に、奴隷は解放まで約束されているため士気はそれなりに高い。これまでの侵略戦争後ではそういった約束はちゃんと果たされているらしいから、当然といえば当然であろう。
国境に敵対結界を張ってしまえば彼らの進軍は阻止できるが、それをすると国とは関係のない個人的な恨みつらみを持つ者まで弾いてしまう。結界は敵意の内容までは考慮しないので、野心を抱く商人の通行まで妨げてしまう可能性もあるのだ。
(属国とはいっても他国であることに変わりはないからな。そこまで干渉する必要はないだろう)
実際に宣戦布告がなされても、その時に基地ごと結界で覆ってしまうという手もある。もっともそれは帝国がルールを守って、宣戦布告してから兵を進めるのなら可能な手段だ。
共和国内に兵を進めてから宣戦布告されれば、基地を結界するだけでは進軍を止めるのは難しい。
(他に帝国に宣戦布告を躊躇させる何かがあればいいのだが……)
そう考えて、彼は一つ名案が浮かんだ。それはこれまで帝国が簡単に北進しなかった理由を思い出したからである。
「ロッティ、俺は先に戻る」
「かしこまりました」
「引き続き帝国の動きを探ってくれ」
「はっ!」
そして翌日、優弥は魔王ティベリアを伴い、かつて共に旧モノトリス王国に召喚された勇者、エリヤ・スミスの許を訪れていた。
「エリヤ、副大統領になってみないか?」
「ミーがヴァイスプレジデント!? でもミー、セイジのことはよくワからないよ」
「それは構わない」
彼はそう言ってからテヘローナ帝国とスタンノ共和国の現状を一通り説明した。
「エリヤには帝国との国境にある共和国直轄領ベンゼンに住んでもらいたい。もちろん報酬もはずむ。あそこには小さいが城もあるし、ご家族に危険が及ばないよう結界も張っておこう」
「ミーはツマのサラサとマオウサマがよければいいよ」
「私と子供たちはエリヤについていくだけですから」
「
「万が一帝国兵が国境を越えてきたら、ブレイブ・ストライクで薙ぎ払ってくれて構わん」
「ゼンリョクでいいの?」
「ああ。攻めてくるとしたら数万規模の軍勢だが、勇者にケンカを売る愚行を命をもって知らしめてやれ」
「ワかった! マカせて!」
数日後、エリヤ一家と魔王を伴った優弥はまず共和国に行き、ガルシア大統領と上級議員たちに彼らを会わせた。同時にエリヤが副大統領に就任し、ベンゼン領の城に住むことも伝える。
「勇者様が我が国に!?」
「「「「おーっ!!」」」」
「ガルシア殿、ベンゼンの城には誰か住んでいるのか?」
「代官は城の近くに邸宅を構えておりますので、城には住み込みの使用人しかおりません」
「なら好都合だな。エリヤが城主となる旨を一筆書いてくれ」
「承知致しました。領主ということでよろしいのでしょうか?」
「対外的にはそれで構わないが、彼は政治に疎いというから領政は引き続き代官に任せる」
「分かりました」
「それと帝国に勇者がベンゼン領城主となった旨を伝える使者を送れ。ただ、すぐにではなく十日ほど後に出発させろ」
すぐだと移動中を間者に狙われる危険性がある。彼が同行するのでどうということはないが、エリヤの妻や幼い子供たちに血生臭い光景は見せたくなかったのだ。
エリヤの存在がテヘローナ帝国による共和国への進軍に歯止めをかけられるかも知れない。今となっては期待は五分五分だが、簡単に攻め込んでくることはないだろう。
三日後、一行はベンゼンの中央にあるベゼル城に到着し、魔王にソフーラ城と大統領府へ抜ける転送ゲートを設置してもらうのだった。
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