第二話 帝国の挑発
予期せぬ来訪者に驚かされたが、彼は特に慌てることもなくテヘローナ帝国よりやってきたデニス・ヤンセン伯爵の入室を許可した。大統領府に限らず共和国に多く潜むロッティ配下の密偵の網を潜り抜けたのだから、只者ではないだろう。
しかしエビィリンも二人の密偵も、彼の張った敵対結界に護られている。どんな不意打ちだろうとこちらが傷つくことはない。
「お初にお目にかかります。デニス・ヤンセンと申します」
「ユウヤ・アルタミール・ハセミだ。こちらは魔法国アルタミラの王女エビィリンだ」
「エビィリン・アルタミラ・ハセミと申します」
「何と美しい! 王女殿下にお会い出来たこと、生涯の誉れにございます」
「わざわざ会議中に割り込んできたということは、それだけ重要な用件なんだろうな」
「もちろんでございます。我が主、エズラ・バルビノ・テヘローナ皇帝陛下は同盟国たるスタンノ共和国の早期解放を望んでおいでです」
「断る、と言ったらどうする?」
「困ります。そのような返答を想定しておりませんでしたので」
「ほう?」
「我がテヘローナ帝国はこの大陸で最大。その大国を統べる皇帝陛下に背く者がいるなどと夢にも思いませんでしたので。もちろん、冗談でございますよね?」
「余は冗談は嫌いではないが、つまらん冗談は頭の悪い使者よりも嫌いでな」
「それは安心致しました」
「うん?」
「先ほど陛下が仰せになられた『断る』というのはつまり、つまらない冗談ということにございましょう?」
「ほう。貴殿は余の言葉をつまらんと申すか」
「いえ、滅相もございません。陛下はつまらない冗談の例えをお示し下されたと申し上げた次第でございます」
「ふん! 帰って皇帝とやらに伝えるがよい。解放してほしくば自ら足を運び、余の前に
「よろしいのですか? 我が帝国軍はビネイアなどと規模も練度も比べものになりませんよ」
「余が竜殺しであることを知らんのか?」
「はっはっはっ! ドラゴンなど、これまで我が軍も倒しております。それに、本物のドラゴンがどのような相手かご存じですか? 立ち上がった高さは優に十メートルを超えるのですよ」
「十メートル?」
優弥が裏拳一撃で倒したドラゴンは四十メートルを超えていた。そこから察するに十メートル級など幼竜に過ぎないと思われる。
「
「ああ、なるほど。それは大したものだな(失笑)」
「お分かり頂けましたか? 我が軍はその本物のドラゴンをわずか二千の兵で仕留めたのです。もっともそれなりに犠牲は出ましたが」
「おお! なんと勇敢な兵士たちだ(失笑)」
「我が主は陛下が事を穏便に済ませるのであれば、こちらを下賜してもよいとまで仰せになられました」
そう言って彼の前に差し出したのは
「なんだ、雑魚の鱗か? (失笑)」
「な、何を無礼なことを! これこそ我が帝国軍が犠牲を払ってまで仕留めたドラゴンの鱗でありますぞ!」
「ふーん。犠牲者の冥福は祈らせてもらうがドラゴンの鱗ねえ。いらんわ」
彼が倒したドラゴンの鱗で出来たプレートを見たことがある議員たちも、笑いを噛み殺すので精一杯だった。
「共和国が火の海に呑まれますぞ」
「同盟国に攻め込むと?」
「貴国の属国となったスタンノ共和国との同盟など、破棄されるに決まっております」
「余は同盟の継続を望んでいるのだが、それを一方的に破棄すると申すのだな?」
「致し方ありません」
「ヤンセン殿、貴国との同盟がありながら余が共和国に対し宣戦布告をほのめかした際、助けを求めなかったのは何故なのか不思議でならん。もしかして対等の同盟ではないのか?」
「それについては私から」
「ガルシア殿か。教えてくれ」
「軍事的な助力をテヘローナ帝国に求めた場合、報酬は兵一人につき一日当たり金貨一枚。加えて
一万の兵なら対価だけで毎日金貨一万枚、日本円換算で約十億円である。さらに戦闘で死亡した兵には見舞金として金貨三十枚、およそ三百万円を支給しなければならないという。
だが、帝国が送り込んでくるのは正規兵などごくわずかだ。士気の低い奴隷や貧民をいくら送られても戦力にならず、結局無駄に対価を支払う羽目になる。
国内にいればある程度は保護しなければならない彼らの存在は、帝国からすれば財政の負担でしかない。それが厄介払い出来た上に金に変わるのだ。
スタンノ共和国にとってこの同盟は直接帝国から攻め込まれないだけで、搾取されるだけのものでしかなかった。
「という認識らしいぞ」
「ガルシア閣下、これまでの恩をお忘れですか!?」
「恩とは?」
「吹けば飛ぶような貴国を生かしておいたことです」
「なるほど、本来帝国とは横柄だからこそ帝国だったな。アスレアの皇帝が異質というわけか」
「ハセミ陛下、後悔なさいませんな?」
「そっくりそのまま返してやるよ。大国が小国との同盟を一方的に破棄すれば、他国から
「構いません。それらの国々もいずれは我が帝国の属領となるでしょうから。もちろん陛下の国もです」
「そうか。ならばその日がくるのを楽しみに待つとしよう」
優弥の尊大な態度と言葉に、ヤンセンは苦虫を噛み潰したように表情を歪めることしか出来なかった。
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