第二部 第三章 テヘローナ帝国
第一話 共和国訪問
オープンタイプの馬車から手を振る優弥とエビィリンに、スタンノ共和国国民は沿道から大きな声援を送っていた。
共和国がハセミガルド王国の属国になることを知った国民は、当初陰鬱な空気に包まれていた。だが、それを払拭したのが間もなく第三王妃となるエビィリンの姿だった。
この類い希なる美しさを誇る未来の王妃が、圧政を強いるはずなどないとの希望を与えたのである。それはロッティ配下の者たちが巧みに流した噂の
ハセミガルド王国には善政が敷かれていること、また国王と特にエビィリンは民に慈悲深いことを、パレードに合わせるようにしてそれとなく吹聴したのである。
さらにあの美しい魔法国王女が実は元孤児であったという事実も、歓迎される助力となった。
スタンノ共和国でも圧政が敷かれていたわけではない。しかしどこの国でも貴族は横暴だと思われているし、実際に傍若無人な振る舞いをする貴族もいる。議会議員には貴族しかなれないということにも、不満を持っている国民は少なくなかった。
それがハセミガルド王国の属国となることにより、平民の声が政治に取り上げられるというのだ。そんな国はどこを探しても見つからない。
しかも他国との関係上、さすがに大統領は貴族から選出されることになるが、いずれは平民出身の議員にもその門戸が開かれる日が訪れるという。
大統領の身分は国王や皇帝よりも下になる。故に無礼があってはならない。しかし平民には言葉遣いから所作まで、必要な作法を知る者が少ないのが実情だ。正式な場では知らないでは済まされない場面が多々ある。
そのような理由から現段階では国のトップとなる大統領は貴族から選出するしかない。優弥のように誰に対しても
間もなく一行が大統領府の正門前に到着すると、すでに裁定に反対した下級議員たちが後ろ手に縄を打たれ並ばされていた。馬車の上でピンクを基調としたドレス姿のエビィリンと共に立ち上り、彼らを一瞥してから優弥は一際大きな声で叫んだ。
「
集まった民衆は無言のまま頷き、彼の次の言葉を待った。
「ここに縛られている者たちは余の下した裁定を不服とし、共和国国民と我がハセミガルド王国国民を戦火に晒そうと画策した戦争犯罪未遂犯である!」
「…………」
「この者たちからは爵位を剥奪の上、領地があれば召し上げるものとする。当然議会からは除名、未開地の開拓を命ずる」
「そんな……!」
「陛下! 私は戦争を企ててなどおりません!」
「私もです!」
「「「「私も!」」」」
「黙れ! 発言を許した覚えはないぞ!」
「「「「…………」」」」
「この者共を引っ立てよ!」
「「はっ!」」
兵士たちに急かされ、下級議員たちは渋々立ち上がって集まった民衆の前から姿を消した。
「さて、皆も知っての通り、間もなく共和国議会は解散となり、その約一カ月半後に総選挙が行われる。余はそれに際して議員定数を六十とし、半数の三十を平民の議席とする
「「「「おおーっ!!」」」」
「その後、貴族議員より大統領が選出されるが、そうなると何が起こるか分かるか?」
「「「「…………?」」」」
「投票権を持つ貴族は二十九人、対して平民議員は三十人となる。厳密には立候補者も一票と数えると同数となるが、立候補者の投票権は数えない。つまり平民議員が全員反対すれば、落選または不信任になるということである!」
「「「「おおーっ!!」」」」
「自分たちの代表となる議員は慎重に選べ。なお、議員選挙並びに大統領選挙において不正が行われることのないよう、我が国より選挙管理員を遣わす。議員として立ち上がろうという者は、
さらに各領地では領民の人数により、最低一名から最大三名の地方議員を選出するなどの方針が語られた。なお、地方議員は国政議員を兼ねることは出来ず、領主が地方議員を兼任することも不可とした。これには権力集中を防ぐ意図がある。
馬車の上では優弥が下がってエビィリンが前に出た。
「皆さん、初めまして。エビィリン・アルタミラ・ハセミです」
「「「「殿下ぁーっ!!」」」」
「「「「エビィリン殿下ぁーっ!!」」」」
「スタンノ共和国がハセミガルド王国の属国となることに、不安がある方もいらっしゃることでしょう。ですがユウヤ陛下は民を重んじる慈悲の王であらせられます。どうか皆さん、安心して日々をお過ごし下さい」
彼女の透き通る声に、民衆の興奮は最高潮となる。それから間もなく一行は門の中へと消えていった。
大統領府の議会場には大統領と議長の他、伯爵位以上の上級議員が三十名ほど集まっている。ガルシア大統領によると上級議員はこれで全員とのことだ。
優弥とエビィリンは議長席に用意された、一際豪華な装飾が施された椅子に腰掛けた。二人の左右にはメイド服姿のロッティとミリーが控えている。
間近にエビィリンを見た彼らは顔を上気させたが、ロッティたちに気づくと一瞬で表情を凍てつかせた。議長の右手には包帯が巻かれている。
「お前たちに聞きたいことがある。手を挙げて直答せよ」
「「「「はっ!」」」」
「テヘローナ帝国のことだ。最近コンタクトはあったか?」
「ハセミ陛下、よろしいでしょうか」
手を挙げたのはローワン・ボリッシュ伯爵だ。ルドルフ辺境伯が援軍要請する際に引き合いに出した貴族である。
「コンタクトはございませんが、このところ商人を装った帝国の間者を多く見かけるようになりました」
「ほう、何かそうと分かる特徴でもあるのか?」
「何と申しましょうか。言葉でのご説明は難しいのですが、共和国国民とわずかな違いが感じられるのです」
おそらくそれは欧米人が日本人と中国人、韓国人を見分けられないのと似たような感覚なのだろう。言葉を交わさなければ、日本人ですら中国人と韓国人を見分けるのは難しい。
決定的な違いでもあればロッティたちの参考になったのだろうが、どうやらそれは望めないようだ。
「交易に関してはどうだ?」
「今のところは特に変わった点はございません」
「そうか」
「ハセミ陛下」
「ガルシア殿、どうした?」
「まさかテヘローナが攻め込んでくるなどということは……?」
「十中八九あるだろうな」
「そんな……!」
「心配しなくても余が蹴散らしてやる。だがある程度の犠牲は免れないと覚悟しておいてくれ」
すでにドミニクが送った使者が帝国に到着しているはずだ。だから少なくとも共和国がハセミガルドの属国になったことは知っていることになる。
「テヘローナ帝国よりお越しのデニス・ヤンセン伯爵閣下が、ハセミ陛下にお目通りを願っております」
帝国がどのような出方をしてくるか考えを巡らせていると、議会場の扉の向こうから衛兵の声が聞こえた。刹那、ロッティとミリーが
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